第8話 白石あずき「近接格闘戦なら負けない(キリッ)」
迷宮にはしばしばボスフロアと呼ばれる階層が存在する。
入り組んだ迷路や小部屋が存在しない代わりに、大きな部屋に、強力な魔物が出現するフロアだ。
栄ダンジョンにおいては3層と5層がそれにあたる。
「いや、いやいやまだっす! 3層のボス部屋! そこで追いつくっす!」
ボスがいる階層は、ボスを倒さない限り先の階層へ進めない。
「相手ははふりーを背負ってるっす、両腕が封じられてるっす、そんな状況でフロアボスを倒せるっすか? 否っす、倒せるわけがないっす!」
本当に、そうだろうか?
言いながら白石は、自分が丁寧な前振りをしているようにしか思えなかった。
理由は簡単。
(の割には、最短ルートの魔物がきれいに一掃されてるんっすよねー)
魔物は死後、靄となって大気中に溶けていく。
一般には、迷宮内部に満ちている魔素と名付けられた素粒子に還元されていると考えられている。
故に、彼女の行く先に魔物の死体は転がっていない。
しかし、ドロップアイテムは消えずに残る。
他の探索者が倒した魔物なのだとするならば、戦利品であるドロップアイテムを回収しているはずだ。
そうしていないのは、ドロップアイテムを回収するメリットをデメリットが上回る場合のみ。
そう、たとえば攻略速度を重視した、RTAの最中などだ。
(両手が塞がれた状態で、道中の魔物も倒しながらダンジョンを攻略してるっすか? それ、本当に人間にできる動きっすか?)
横目に配信状況を確認すれば、彼女のリスナーが、彼女の勝利を切に願い、渇望し、一助になることを祈って応援の言葉を寄せていることがわかる。
白石は下唇を噛んだ。
嫌な予感がひたひたと迫りくる。
そしてそういう場合、彼女は自分の勘が的中しがちなことを知っていた。
「あちゃー、倒されてるっすね……」
果たして、3階のフロアボスは既に討伐された後だった。
開通している下層への扉を目指しながら、白石がリスナーに呼びかける。
「リスナー諸氏に聞きたいっすけど、栄ダンジョン3階のフロアボスのリポップ時間ってどんくらいっすっけ?」
白石が聞けば、普段栄ダンジョンを根城にしている探索者や、そういった探索者の配信をよく見るリスナーからすぐさまコメントが寄せられる。
『5分』
『5分だね』
『前に検証した人がいたけど、5分だった』
「5分っすか……」
白石は考える。
(一緒にスタートして、先攻したのははふりーのチーム。つまりアタシより先にこのフロアに到着しているはずで、でもその姿は既にいない)
考えられるパターンとしては2通り。
一つは、他の探索者がボスを倒したばかりのところを二人が通り抜けたパターンだ。
しかしそれは楽観的な考え方だと、白石は否定した。
ボスのリポップ感覚があまりにも短いからだ。
ちょうどタイミングよく他の探索者が討伐したばかりだったというのはできすぎだ。
それに、何より、ドロップアイテムが放置されたままなのだ。
必然的に、消去法で、もう一つの場合に絞り込まれる。
「はふりーたちが倒したみたいっすね……。どんだけ先行してたか知らないっすけど、ほとんど瞬殺だったんじゃないっすか?」
◇ ◇ ◇
白石あずきは栄ダンジョン5層に到着した。
渋谷と栄で勝手が大きく異なるとはいえ、自己ベスト記録を大きく上回るタイムが出た。
その理由は明白。
道中の魔物が、すべて倒されていたから。
「あ、白石さん、到着しましたね。意外と早かったですね」
「皮肉っすか、ひどいっす。どうなってるっすか。はふりー、その人いったい何者っすか」
息も絶え絶えに、白石が問いかける。
「ふっふっふ。先ほども紹介した通りです。ダンジョン協会伊勢志摩支部、特務通信整備局、志葉先輩です!」
「いや、おかしいっす……絶対おかしいっす」
もしや自分が無知なだけで、世のSCMBはみんなこうなのだろうかと白石は不安を覚える。
しかし、喜ばしいことにその懸念は杞憂であった。
『いやおかしいだろ』
『あずきが追いつけないってどゆこと』
『SCMBってスゲー』
『ワイSCMBあれを期待されても困る』
『向こう視点無いの?』
『確かに、向こう視点気になる』
集いし視聴者たちが同じような感想を抱いたことで、彼女の客観性は保証された。
「みんなもきになるっすよね」
うんうんとしきりにうなずき、白石が、まるで犯人を指摘するような動作で追及する。
「はふりー、詳細な説明を要求するっす!」
「ご用意しました。こちら配信アーカイブです」
「配信してたっすか⁉ 聞いてないっすよ⁉」
「URLは白石さんが配信説明文に貼っておいてくれると思うので、そちらからご参照ください」
「し、仕事増やされたっす!」
尻尾を踏まれた猫みたいなうめき声をあげて、白石が大慌てでURLを説明文に追記する。
せっかくなので彼女自身もリンクを踏み、来宮たちのダンジョン攻略動画を視聴する。
「……なんすかこれ」
ぶれっぶれであった。
画面が激しく揺れてまるで何もわからない。
そのうえ、時折画面全体黒いコマがサブリミナルのように差し込まれており、それが画面酔いに拍車をかけている。
『カオス』
『新 人 カ メ ラ マ ン 奮 闘 記』
『人類には早すぎる動画』
『スロー再生してもなんもわからん』
『志葉さん何者?』
『志葉さんは忍者の末裔だよ』
『どこ情報だよそれ』
ちなみに配信は来宮も確認しているので、打ち込まれたコメントは彼女も確認済みだ。
いい具合に関心が強くなってきた頃合いを見計らい、次の手札を切る。
「言いましたよね、白石さん。勝負にならないって」
挑発的な笑みを浮かべて問いかければ、白石は反抗心を見せる。
「なんではふりーが得意げなんすか! もっかい! もっかい勝負っす! 次は負けないっす!」
「志葉さん、大丈夫ですか?」
「え? まあ、はい。こちらの体調に変化はありません」
「ムキーっす!」
志葉にその気は無いのだが、1層から5層まで全力疾走し、息切れしていた白石には「え? まさかこの程度でへばる軟弱者なんていませんよね(笑)」みたいに聞こえていた。
そんな内心など知りようのない志葉は突然激昂した白石におっかなびっくり少し委縮する。
(落ち着くっす。冷静さを失ったら勝てる勝負も勝て無くなるっす)
息を整え、昂る感情を抑制する。
鷹が空から景色を見下ろすように、状況を俯瞰的にとらえ、思考を広く巡らせる。
(速度では勝ち目がないっす、悔しいっすけど。けど、対人戦なら?)
普通、探索者というのは対人戦を考慮しない。
彼らが戦うのは魔物相手が主であるからだ。
たとえばオーガを討伐したことがある探索者パーティでも、その戦法は遠距離からひたすら銃撃、という場合、接近戦においては素人同然の実力しか出せないということは大いにありうる。
白石あずきは違う。
彼女は実家が空手道場で、その都合で幼いころから組み手を繰り返してきた経験がある。
故に、彼女が頼みにしているのは己の拳。
手に何も持たない空手からは離れ、ガントレットで武装するようにはなったが、その経験はいまもなお、彼女の探索者生活の礎として確かに役立っている。
(見た目はやや痩せ。まず武闘派ではないはずっす。格闘技ならアタシに分があるんじゃないっすか?)
胸の前で拳をカンカンと突き合わせて、肺に溜まった空気を押し出す。
「近接格闘戦を挑むっす。手加減は無しっす」
「え」
「大丈夫っす。試合は
志葉の視線が泳ぎ、来宮に助けを求めた。
無言のメッセージの内容は、手加減無しだとまずくないですか、だ。
来宮はその意図を正しく理解したうえで、サムズアップで応えた。
ぶっ倒してきて大丈夫ですという意味だった。
「えー、じゃあ、はい」
志葉が懐からシリンダーを取り出すと、そこから黒い、砂状の何かがあふれ出した。
しばらく宙を漂っていたそれらは、突然渦を巻くように動き出し、そして志葉の両腕に武装のようにまとわりつく。
ガントレットだった。
(あれ? もしかして近接戦も得意だったりするっすか?)
白石あずきの首筋に、冷や汗が伝う。
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