第18話 八朔の匂い
宇宙は母を送り出して、思い煩っている間は無かったのだった。
誰もが経験するかは、分からないが…年老いた人を介護したり、看取ったりする位置の人間は、皆このような事をやり終えて来てるんだなぁ〜って思った。
宇宙は、母に親孝行出来ていない自分を思い煩らって居た日々を懐かしく思ったのだった。
未知の世界であった頃は、介護?えっ…そうなったらどうしよう?とか…思い煩う事が実に多かったように思う。
だが、今の宇宙はもうやるっきゃない!の現状に立たされ続けているのだ。
母は、このアパートにかなりの年月、住んで居たので、ちょこちょこ要らないものは処分しながら来て居たつもりだったのが…
本当にこのアパートを引き払うとなると…。まだまだ、捨てるものが山のようにある。
捨てるにしても、どこで処分出来るのか?とか…
色々、丁寧に確認しながらの作業は実に大変であった。
最近…腰の痛みと、足の付根の方の痛みがある事で、この重たい荷物を、僕一人で抱えて持って行く事が出来るか?という不安もあった。
ダメ元で…友人に声をかけたが…アッサリと断られてしまった。
宇宙は愕然としていたが…でも…なぜか?宇宙には底力があって、何クソ根性が湧いてきて…不可能だと思っていた重い荷物も、アパートから出して処分する事が出来たのだった。
宇宙は我ながら…『僕は素晴らしい』と思ったのだった。
長年お世話になった大家さんにも、丁重にお礼を行って鍵を渡して、宇宙は母ちゃんとの家を後にしたのだった。
その帰りに…海が見たくなったので、車で海辺までやって来て、車を降りて、少し歩いて見たのだった。
その時にふと…短歌を思いついたのだった。
八朔の
匂い恋しき
母の掌に
いつか帰らん
彼岸の果てに
宇宙は、母ちゃんがよく冬の季節になると、八朔を僕にむいてくれていた。
僕の甘え癖の中に、母の手を掴んで、『僕のほっぺをさわってぇ〜』な所があるので、その時に母の手のひらから『八朔の匂い』がした事を思い出したのだった。
今の宇宙にはその頃の思い出から感じてくる『八朔の匂い』が愛しくて…恋しくてたまらない気持ちが溢れて来ていた。
昨日のことのように、宇宙の心の中では、あの時の『八朔の匂い』の記憶が鮮明に残っていて懐かしくて…泣けてきた。
そして思ったのだった。
母はおそらく、〇〇施設が『終の棲家』となるだろう。
〇〇施設に行っても、あの『八朔の匂い』の思い出のような楽しい時間を、これからも送ってほしいと…。
願いを込めて…。
宇宙はこの短歌を、海の波の音をバックに涙を拭いながら、愛情を込めて祈りのように優しく歌い続けたのだった。
母ちゃ〜ん。
また、かぁ〜ちゃんの好きなお菓子を買っていくからね〜。
離れてても
僕とかぁ〜ちゃんとの絆は
永遠だからね〜。
かぁ〜ちゃん、僕をここまで
育ててくれて
ありがとうね〜
〇〇施設では、笑って楽しく
過ごしてね〜。
そんな言葉を海に向かって
叫んでいて…ふと思ったのだった。
今の僕だからこそ
出来ること
あるじゃないか…と。
その時にまた思い出したのだった。
宇宙の会社の理念を…。
『自分がエンターテイナーに
なりなさい!!』
今までも宇宙なりには、仕事を業務化するだけではなく、利用者さんと少しでも楽しくやって行ける自分でありたいと思っては来ていた。
だがしかし、世の中は、そういう会社の理念に沿った社員というのは、古株の年配層の社員に、ことごとく潰される流れであるのはあった。
過去、宇宙も…試みてやっていたが…やはり…お局軍団に…イジメられたり、嫌がらせを受けたりで…。
そんな思いをしてまで、するのもなぁ〜っと控えては居たのだった。
しかし、宇宙は今回は何か?もう必然的な流れを感じていて、多少の反感なんて…くそ食らえだーぐらいになれていた。
母親の介護をしてきた事で、宇宙への周りからの評価が著しく上がって来ていて、どんどん宇宙推しが増えて来てくれて居るのだった。
宇宙のファンっていう、利用者さんも沢山増えて来ている。
宇宙の得意分野である。
エンターテイナーになること!!
宇宙が宇宙らしく
イキイキのびのび
笑いと喜びと感動の世界!!
これは宇宙にしか出来ないこと
俺は最高の
エンターテイナーになるぞ!!
とっても夕日が綺麗で
海の波の音もとても穏やかだった。
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