幻影騎士の底辺からの成り上がり 〜夢見る少年と穢れ聖女が織りなす英雄譚〜 試し書き

小日向ななつ

ハジマリを告げる激突

 立ち上る黒煙。崩れ落ちた家屋に、埋もれた人の身体。

 かつて美しい王国の城下町と呼ばれたそこは、戦禍の中心になっていた。


 鎧を着たゴブリンやオークなどが暴れ回り、空を支配するドラゴンが灼熱の息吹を吐き出しては戯れている。

 逃げ遅れた人々は容赦なく弄ばれ、生命を奪われていた。


「パパ、パパ! 起きてよ、パパー!」


 そんな悲惨な事態が起きている場所で、一人の少女が泣いていた。

 逃げている途中で建物が崩れ下敷きになった父親の手を握り、彼女は懸命に呼びかける。


 だが、どんなに呼びかけても父親は動く様子を見せない。

 よく見ると地面に血が広がり、目は虚ろだ。


 それでも少女が手を握り、必死に呼びかけると父親は「うっ」と声を漏らした。


「パパッ」


 生きていることに安心したのか、少女は息を吐き出し胸を撫で下ろした。

 しかし、危険な状態であることには変わりない。

 なぜなら父親は死んでいてもおかしくない状態だからだ。


「待ってて、すぐに助けるから」


 少女は父親を助けるために瓦礫をどかそうとした。

 だが、まだ子どもの彼女には無謀な試みである。

 小さな木屑ならまだしも、家を支えていた柱や壁をどかすなんて力は少女にはない。

 それでも父親を助けようと力を振り絞った。


「ブゴォッ?」


 嫌な声が少女の耳に入る。

 思わず視線を向けると、剣を持ったオークが三体も少女に迫ってきていた。


 格好の獲物を見つけたためか、三体のオークは嘲笑いながら少女に近づいていく。

 捕まればどんなひどい目に合うかわからない。

 しかし、彼女は逃げず、それどころか身体を震わせながらも父親を助けようと腕を引っ張った。


「しっかりして、パパ! すぐに助ける、からぁ!」


 少女は懸命に父親へ呼びかける。

 例え反応がなくても、一緒に逃げようと叫ぶ。


 刻々と近づいてくるオークは、そんな少女を捕らえようと腕を伸ばした。

 彼女の命運はここで尽きる。大好きな父親を助けることもできず、壊れるまで弄ばれ生涯を終えるはずだった。


 本来ならば――


「ブゴォォォッッ!!!」


 唐突にオークが悲鳴を上げる。

 それと同時に少女を捕らえようと伸びていた腕が切り飛ばされ、宙を舞っていた。


 様子を見ていた仲間のオークが反射的に剣を握り、戦闘態勢を取る。

 だが、思いもしないことが起きた。


「ブゴッ!」


 切り飛ばされたはずの腕が一体のオークへ突撃し、その喉を抉ったのだ。

 血飛沫が飛び散る中、腕が飛ぶ。

 仲間が剣を振り、切り裂こうとするがその攻撃は簡単に躱されてしまった。


「ブゴゴッ?」


 腕を切られ、片腕となったオークは何が起きたのかわからずに不思議な光景を見ていた。


 切り飛ばされた自分の腕によって仲間の一人がやられ、思わず絶句する。

 その間にもう一人が喉を握られた。


 咄嗟に襲いかかってきた腕を振りほどこうとするが、すぐにコキリッという嫌な音が響き渡る。

 すると、仲間は力なく地面へと倒れた。


 まるで意思を持つかのように飛び回る腕に、片腕のオークは恐れを抱いた。

 そんなオークに狙いを定めた腕は、生命を刈り取るべく突撃する。


「ブゴォーッ!」


 片腕のオークは手にしていた剣を反射的に振ると、偶然にもその攻撃が当たり腕は落ちる。

 すぐさまオークは雄叫びを上げ、二度と動かないように剣で腕を地面に突き刺すと息を切らしながら激しく肩を上下に揺らしていた。


「フゴッ、フゴッ、フゴォッ」


 次第に呼吸は落ち着いていき、戦いを見ていた少女へオークは振り返る。


 何が起き、自分の腕が切り飛ばされたのか。

 どうして仲間達がやられたのか。


 何もかもがわからないからこそ、オークは少女で発散しようとした。

 しかし、それは叶わない。


「たいした精神だな」


 勇ましい男の声が聞こえた。

 オークは反射的に振り返り、男へ攻撃しようと拳を握る。

 だが、おかしなことにオークの視線は地面へと向かっていく。

 気がつけばオークは見上げており、倒れていく自分の身体が目に入った。


「とっとと逃げればよかったものを。お前はバカだよ」


 それは、漆黒の鎧に身を包んだ銀髪の男だった。

 手には黒く染まった剣があり、呆れた顔を浮かべてオークを見下ろしている。


 何が起きたのかわからず、オークは目を見開く。

 そもそも、こんな男が近くにいるなんてオークはわからなかった。


「ま、生まれ変わったら教訓にしろ」


 男はそう言って、頭だけになったオークの額に剣を突き立てる。

 直後、オークの意識は途切れ、そのまま事切れた。


「これでよし」


 オークが死んだことを確認した男は少女に顔を向ける。

 すると彼女は、男のことが怖いのか柱の影に隠れてしまった。


「あー、そうだな。そりゃ怖いか」


 男はどうしたものか、と考えていると「クロードさーん」という声が聞こえてくる。

 大通りだった場所に顔を向けると、そこには一人の槍を持った兵士が駆け寄ってくる姿があった。


「突然走らないでくださいよ。姿も消してしまいますし」

「悪い悪い。こうしないと助けられなかったもんでな」

「助けられなかったって……きゃっ、オーク!」

「そこに子どもがいる。助けてやれ」


 クロードと呼ばれた男がそう告げると、追いかけてきた兵士がやれやれと頭を振った。

 そして言われた通り、兵士は少女に近づいていく。

 警戒する少女だったが、自分達を守ってくれる兵士を見てか柱から顔を出す。

 そんな少女を見て、兵士はニッコリと笑った。


「大丈夫? ケガはない?」

「う、うん。でも、パパが……」


 少女が倒れている父親に視線を向けた。

 その視線で父親の存在に気づいた兵士は、すぐに彼の元へ駆け寄る。

 すぐに腕を握り、脈を測るのだが兵士は険しい表情を浮かべた。


「ダメか?」


 様子を見ていたクロードの問いかけに、兵士は頷いた。

 どうやらオークと戦っている間に父親の生命は尽きてしまったようだ。


 クロードは思わず舌打ちをし、少女に背を向ける。

 そんなクロードを見て、彼女は少女に近寄った。

 父親が死んでしまったことを説明し、自分達は間に合わなかったことを謝るためだ。


「ごめんなさい。お父さん、助けられなかった。でも、あなたは絶対に守るから。だから――」

「そんなことない。パパ、死んでないよ。助けてよ、ねえ。パパを助けてよ!」


 兵士は切ない表情となる。

 それでも少女は父親を助けてと訴え続けた。

 次第に目から涙があふれ、口から放つ言葉も言葉として成り立たなくなってくる。


「パパを、助けてよぉぉっっっ」


 必死に少女は訴える。

 兵士はそんな少女の身体を抱きしめ「ごめんね」と謝った。

 クロードはそんな光景を見て、やるせない気持ちを抱く。


 魔王軍が王国に攻め入ってまだ日が浅い。

 にも関わらず、城下町があっという間に破壊されてしまった。

 多くの人を結界が張られている中心部へ避難させることはできたが、助けられなかった人も大勢いる。


 この事実に、クロードはまた舌打ちをした。


「今は目の前にいる敵を倒すことが先決か」


 残された人々を守り、攻め入った魔王軍を退ける。

 まずはやるべきことをし、この戦いで受けた教訓を活かすのはその後だ。


 クロードはそう考え、少女を抱きしめている兵士に顔を向け、声をかけた。


「オルレア、そろそろ行くぞ」

「この子を送り届けてからなら」

「なら俺一人でいく。いいか?」

「……はい」


 オルレアと呼んだ兵士の返事を聞いたクロードは、一人で歩き出した。

 だが、オルレアはずっと少女を抱きしめたまま動こうとしない。

 そのことにクロードは小さく唸り、根負けしたかのように大きなため息を吐いて振り返った。


 そのまま動かないオルレアの元へ戻り、彼は苛ついた顔をしながらこう言い放つ。


「一旦戻るぞ」

「え?」

「いつまでもガキと抱き合ってるなって言ってるんだよ! 状況わかってるのか、お前は!」


 クロードの言葉を聞き、オルレアは嬉しそうな表情を浮かべた。

 そんな顔を見たクロードは大きな大きなため息を吐く。


 優しさは捨てたつもりだったが、オルレアを目の前にすると否応がなく引き出される。

 そう思うほど、クロードは頭が痛くなった。


「はい! ありがとうございます、クロードさん!」

「時間がない。とっととガキを送り届けて魔王をぶっ飛ばすぞ」

「はい!」


 オルレアは少女の身体を抱き上げ、クロードと共に安全な場所へ移動しようとした。

 だが、ここは戦場。いつ、どこで、どんな敵が待ち伏せているのか常に警戒しなければならない。


 例え、殲滅しながら突き進んできたとしても敵は必ずどこかにいる。


「ガアアアアアッッッ」


 空からけたたましい雄叫びが響き渡った。

 クロード達が咄嗟に振り向くと、そこには大きく口を開いているドラゴンの姿がある。


 その口は赤く煌めき、どんどん光が大きくなっていく。

 ドラゴン最大の攻撃である【灼熱の息吹ドラゴンブレス】が放たれようとしている光景に、クロードは叫んだ。


「オルレアッ、結界を張れ!」

「はい!」


 オルレアはクロードの指示通り、白く輝く結界を周囲に展開した。

 直後、ドラゴンの口から強烈な攻撃が放たれる。

 それは瓦礫と化した建物や地面を簡単に燃やし、一瞬にして灰へ変えた。


 圧倒的な破壊力で周囲が火の海に包まれるが、オルレアが張った結界は無傷だった。

 それを見たドラゴンはもう一度、必殺の一撃を放とうとする。


「させるかよ」


 突然、結界から強烈な光が放たれた。

 それはドラゴンの目を眩ませるほどの強い光だ。


 だが、同時にありえないものをドラゴンは見た。

 それは天を貫くほど伸びた大きな漆黒の刃だ。

 光で目がおかしくなったのか、それとも魔法の類なのか。

 ドラゴンは判断をつけられず、敵意を剥き出しにしてもう一度息吹を放とうとした。


「とっとと死ね」


 クロードはそんなドラゴンを見て剣を振り下ろす。

 動き出した刃を見てドラゴンは必殺の一撃を放つが、刃は折れない。

 それどころかドラゴンの身体を真っ二つに切り裂き、そのまま叩き落とした。


 少女はそんなクロードの強さを目の当たりにし、身体を震わせる。

 同時に、とても怖い人だと認識した。


「行くぞ、オルレア」

「はい」


 そんな少女を抱っこするオルレアは、優しく笑いかけていた。

 ドラゴンとの戦いによってか、顔を隠していた兜がどこかに飛んでなくなっている。

 だから彼女の顔を見て、少女は目を大きくした。


「きれい……」


 亜麻色に輝く長い髪と優しさに包まれた碧い瞳。

 大人びた顔つきを見て、少女はそんな言葉を口にする。


 思いもしない言葉を受け、オルレアは少女に顔を向けた。

 するに顔を隠していた兜がなくなっていることに気づき、「あら」という言葉をこぼす。

 そんなオルレアを少女はずっと見つめていた。


 それが何を意味するのか。

 オルレアは少女に優しく微笑みかけ、お礼の言葉を口にした。


「ありがとう」


 これは、ハジマリを告げる魔王と人間の戦い。

 同時に人が住む王国を守る聖女と少女の出会いにもなる。


 だが、この出会いは単なるハジマリにすぎない。

 だからこそ、まだ戦いの主役でない少女はすぐに起きる悲劇を知らないでいた。

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