魂の羽の魔術師・魂の楽器の魔術師・魂のつやつやの魔術師

 ちゃんちゃらん、かんぴー、ちゃらん、ちゃん……――

「〈楽器〉。ちょっとうるさすぎるわ、これ」

 いくつもの管が突き出た、妙な形状の楽器。それを無我夢中といったようすで演奏する小さな魂の背を、魂の羽の魔術師は「かわいそうに」と撫でてやった。

 魔術が走り、ひょんと、その指がなぞったところから羽が生えてくる。

 運命に翻弄される姿はいつまでも見ていたいいじらしさがあるが、魂が新鮮なうちに向かうべきところへ行かせてやらねばならない。

「いいじゃないのよぉ、生まれてすぐ死んじゃったんだから。賑やかにしてあげたいじゃない」

「生まれたことすら気づいてなさそう」

 なにも知らず、なにもわからないまま楽器を奏でる魂。それでも、背中についたなにかで飛べることには気づいたようだ。

 よほど気に入ったのか楽器は離すまいと必死に抱えながら、小さな羽でよたよたと浮いてみせる。その危なっかしさには母性に似た庇護欲をかきたてられるが、魂の羽の魔術師が手を貸すことはない。この世でもっとも可愛らしい羽つき魂の飛翔を自分ごときが邪魔するわけにはいかなかった。

「〈羽〉はまたそうやって……」

 魂の楽器の魔術師は呆れた視線を寄越してくるが、こちらはこちらでご立派な趣味を持っているのだ。魂専用の楽器を作り、無理やり演奏させたがるほうが歪んでいるではないか。

 とはいえ彼女の組む楽器は誘蛾灯のように魂をおびき寄せるため、簡単に身体から魂を取り出せるのは助かる。

「あれぇ、そういえば〈つやつや〉は?」

「石樹のとこね」

 周辺には、陽のほうへまっすぐ伸びる水晶の柱に似た透明な樹々。

 樹とはいえ枝葉はなく、てっぺんは平らな泉になっている。そのひとつへ向かい、ふよふよちゃらんと魂が飛んでいく。

 天面付近で魔術の足場を組んで高く浮かび、その訪れを待ちかまえる者がいた。

「来たぞ、来たぞ!」

 小さな足場で器用にはしゃぐこの女、放っておけば神聖な石樹をよじ登ろうとしたくらいには倫理観や常識をぶら下げておけない性質の人間だ。また例に漏れず、魂の艶出しに執念を燃やすという、なかなか高度な趣味の持ち主。

 そんな魂のつやつやの魔術師も、魂の持つ運命で作られた水鏡を扱ううえで、この魔術には欠かせない存在だ。


 ちゃんかんかん、ちゃんかんぴー。

「可愛いわぁ」「可愛すぎる」見る側面は違えど、二人の声が揃った。

「この無垢な感じ、癖になりそう」と魂の楽器の魔術師。

「もうなってるわ」と魂の羽の魔術師。

「やっぱりぃ? でもこれを毎日って、なかなかよねぇ」

 そうねと、魂の羽の魔術師は、見上げたまま視線を動かすことなく返事をした。

 一年間毎日、生まれたばかりの魂を捧げる魔術など、本来はもっと大人数で行う儀式だったに違いない。

「そんなことさせる精霊が人間の味方だなんてねぇ……その言い伝えは誰得なのよ?」

「さあね。歴史なんてそんなものよ」

 自分たちの性癖が若干――かなり魂寄りであることは否定しない。だがそれを除けば、ごく一般的な魔術師らしい探究心で水鏡の精霊の真実を知り、またそれにまつわる魔術を完成させたいと思っている。

 そのために集めることのできた仲間がたった二人だけ、というのも情けない話ではあるが。

「――うっひゃ、こりゃすっばらしいつやぁ!」

 上空で、魂のつやつやの魔術師が奇声のごとく歓声をあげた。

 魂が泉に溶けて鏡の一部になったのだろう。しかし、下から見てもさしたる変化はない。

「……水鏡の精霊って、ほんとに聖人みぃんな滅ぼしちゃえたのかしら」

「さあね」

「だいたい聖人って、魔女の男版みたいなもんなんでしょお? ぜったい無理よねえ」

「きっかけくらいにはなったんじゃないの。知らないけど」

 早々に満足したらしく、「聖人の魂って、つやっつやしてそうだよねえ」と降りてくる魂のつやつやの魔術師。

「聖人って言うんなら、それこそ荘厳な羽を生やしてほしいわね」

「昔どっかにさぁ、羽びとの集落の伝説がなかったっけ? あそこの音楽が――」


 話は膨らみ、最初の夜が更けていく。

 ここから一年。無垢な魂とともに巡る季節の、はじまり。

 気心の知れた友人と語り明かしながら、しかし魂の羽の魔術師は思うのだ。

 ――さて、毎日生まれた赤子を殺せるような人間に、人間らしい切実な思いなんてあるのかしら、と。

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