第14話 ミュンヘハウゼン

 街を囲む壁の上から魔王軍を見下ろすコアン達。眼下に広がる魔王軍の中で、四天王のチンロンは一番先頭に立っていた。

 壁の高さはおよそ十メートルあり、いきなり攻撃が届くような距離ではないが、集まった魔王軍を見るとやはり恐怖を感じるため、警備兵たちはおびえている。

 そして、もうすぐ攻撃の命令を出そうとしていたところである。


「あの竜人っぽいのが親玉でいいの?」

「たぶん」


 魔王軍は四天王と五将軍がいる軍はそれぞれの軍旗を掲げることになっていた。だから、今そこに四天王が来ているというのがわかるのである。

 そして、それが南門の前に掲げられていたので、ここに四天王がいるとわかったのだ。そこで一番強そうなオーラを出しているのが当然四天王というわけである。

 チンロンが持っている槍が見えたメッテイヤは驚きから目を見開く。


「あの槍は!」

「知っているのかメッテイヤ!?」


 フレイヤは驚きを見せるメッテイヤに訊ねた。


「うむ。あれこそまさにドワーフの秘宝と言われる魔槍龍角燦」


 ――魔槍『龍角燦』――


 ドワーフの伝説の名工ゴホンがエンシェントドラゴンの角から作り出したと言われる魔槍。エンシェントドラゴンの魔力を帯びて、身体強化の魔法が付与されていると伝えられている。ゴホンはその他にも剣や斧も作ったが、龍角燦を超えるものは無く「ゴホンといえば龍角燦」と言われている。

 ――ミュンヘハウゼン男爵著『武器の博物誌』より――


 そうメッテイヤが説明した。


「歴史学者として名高いミュンヘハウゼン男爵の書物にそう記してあるなら本当だろうな。すると、やはりあれが四天王か」


 フレイヤは改めてチンロンを見た。言われてみれば魔槍は薄い魔力の光をまとっている。


「問題ありません」


 とコアンが言う。そして、指示を出した。


「マヤさん、ニーナに支援魔法を」

「はい」


 マヤがニーナに支援魔法をかける。


「後はニーナがやってくれます」


 コアンがそう言うと、ニーナはとびっきりの笑顔を見せた。


「すぐ終わらせてくる」


 ニーナは壁から飛び降りた。

 それにはチンロンも驚いた。


「この高さを飛び降りてくるとは、それなりの実力者とみえる。手負いの剣聖よりは楽しませてくれそうだな」


 驚きながらも龍角燦を構えるチンロン。

 ニーナは笑ってこたえる。


「私がその剣聖よ。手負いではないけど」

「本当か?剣聖はオーガロードに腕を落とされたと聞いたが」

「情報が古いわね」


 ニーナはそう言って口角を上げるとショートソードを抜いた。そして大地を蹴る。


「ぬっ!」


 チンロンもそれに反応して龍角燦で受けようとしたが、ニーナの振るうショートソードがそれをすり抜けた。実際にはすり抜けるなどということはないのだが、チンロンはそう感じたのである。

 そして、すり抜ければもちろんチンロンを斬ることになる。鎧ごと胴を斬り、それが致命傷となった。

 切り口からは血が噴き出し、それがニーナを真っ赤に染める。

 ただの一撃で四天王が倒されたことに、敵も味方も声を失った。ただ茫然と突っ立っているのを見逃すニーナではない。手近なところから魔王軍の魔物を斬りはじめた。


「ギャウ」

「ギャワ」

「ベブッ」


 悲鳴を上げて斬られる魔物たち。それを見た生き残りは仲間を見捨てて、我先に逃げようとする。


「逃げるな!」


 副官が声をあげた。

 彼はチンロンのそばにありながらも攻撃を受けなかった。もちろん、ニーナには考えがあって見逃していたのである。

 血まみれのニーナが副官に言う。


「引く?それとも全滅するまでやる?もっとも、お行儀よく撤退してくれないと、ここで全滅させるけどね。人を襲わずに魔王の領地まで戻りなさい」

「わかった――――」


 副官は力なく頷いた。

 四天王のチンロンを一撃で屠る強者に対し、力こそが全ての魔王軍の一員としては、素直に従うしかなかった。

 既に南門の軍は恐怖が蔓延しており、潰走寸前となっていた。このまま潰走させてしまえば、逃げた魔物たちがはぐれとなって、無秩序に人を襲うことは確実であった。

 ニーナはそのことをわかっているので、四天王の次に強そうなものを残しておいたのである。それがまさしく副官だったというわけだ。

 そこまでは当然紅夜叉のメンバーでもわかる。

 しかし、それは通常の戦闘の場合である。四天王を一撃で屠れるような実力があるのであれば、いまここで魔王軍を全滅させておいた方が良いのではないかと思えた。

 その疑問をマヤが口にする。


「ねえ、魔王軍を逃がす必要ある?あの強さなら全滅させられるんじゃない?」


 その疑問にフレイヤがこたえた。


「いかな剣聖の動きといえども、攻撃すればショートソードは脂や刃こぼれなどで切れなくなっていく。殺しきれるだけの剣を用意していない時点で、全滅させることは不可能だ。まあ、街中から剣をかき集めればというのもあるが。それに、どうせこれがコアンのスキルの作り出したフロー通りなんだろう。最適解だよ」


 そう言うとフレイヤは笑った。そこには諦めのようなものがあった。万全の状態でコアンの支援を受けた剣聖の動きを見て、自分はあそこまで到達できないと悟ったのである。

 今後もコアンと一緒に依頼を受ければ、それを達成することは可能であろうが、剣聖と同じことが出来るかといえば、それは無理なこと。

 例えるなら、高速道路を使って100km先の目的地に2時間以内に到着するという達成条件があったとして、軽自動車でもスポーツカーでもその条件を達成できる。しかし、到着時間についてはどうしても差が出来る。そういうことだ。


「ま、いずれにしても依頼は達成だ。臨時で仲間に入れた彼女以外は、マヤの支援魔法くらいしかやってないがな。これで報酬をもらうのも気が引ける」


 フレイヤは苦笑いをした。

 それに対してメッテイヤがにやにやと笑いながら問う。


「辞退するかのう?」

「まさか。ここで報酬を断れば、他の冒険者から恨まれる。活躍が少ない者は報酬を受け取れなくなる前例を作ったといってな」

「そういうことじゃな」


 メッテイヤはかっかっかと笑った。

 そうしているうちに、ニーナが戻ってくる。壁を駆けあがって。


「コアン、ただいま!」

「おかえり、ニーナ。大丈夫だった?」

「大丈――――」


 大丈夫と言いかけて、ニーナは言葉を呑み込んだ。


「久々の実戦で怖かった。しばらく一緒にいて」

「本当に?僕のスキルでも心のケアまでは出来ないからなあ。じゃあ、ここで一緒に休んでから戻ろう。連中が撤退するのも見届けたいしね」

「えー、二人っきりがいい。他の人の目が怖い」


 ニーナは涙目で訴えた。コアンは無言でフレイヤの方を見ると、彼女は言うことをきいてやれと、やはり無言で視線のみで返答する。

 コアンはこくりと頷くと、ニーナに肩を貸して歩き始めた。


「ちょっと、僕の部屋で休んできます」

「あとは私たちが見ておくから」


 フレイヤはそう言って手を振った。

 コアンとニーナがいなくなってから、アソウギがフレイヤの横に立ってため息をついた。


「嬉々として魔王軍を斬っていた女が、怖いって思うかよ」

「まあそうだろうな」


 みんなニーナが怖がってなどいないのはわかっていた。それでも、ニーナが言う通りにさせたのは、コアンと一緒にいたいというのを邪魔して敵認定されたくないからである。

 今のニーナであれば、コアンの支援なしでもフレイヤに勝てる実力がある。つまり、彼女が暴発したら、バーミンに止められる実力を持った者がいないのである。


(頼んだぞ、コアン)


 フレイヤは心の中でコアンに頭を下げた。

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