第13話 FTA

 バーミンの街はチンロンの軍団に包囲されていた。代官の館にはゴーデスや街の有力者が集まっていた。もちろん、対策を協議するためである。

 代官は50代であり、禿げた頭にぶよぶよの脂肪をまとっている、いかにも使えなそうだが実家のコネで代官になったような外見であった。残念なことに、実際に中身もその通りである。

 その代官が警備隊長を激しくしっ責した。


「警備隊は何をしていた!魔王軍に街を包囲されるまで気づかぬとは大失態だぞ!貴様などくびだ!!」


 それに対し、警備隊長は不快感を隠さない。


「警備隊の仕事は街の治安維持と、迷宮からあふれた魔物の討伐。魔王軍との戦いは騎士団や勇者の仕事。失態といわれる意味がわかりませんが」


 チンロンは人間の領域に入らぬように進軍してきており、そのため発見されることがなかったのだ。警備隊長の言うように、警備隊の仕事は街の治安維持と迷宮から出てきた魔物の討伐であり、周辺の見回りなどは対象外なのである。

 だから、これを大失態というのは無理があった。

 しかし、代官は誰かのせいにしなければ、自らの失態となるため犯人を作りたかったのだ。


「うるさい!出ていけ!」


 代官は警備隊長の同席を許さず追い出した。

 その様子を見て、他の者たちは警備隊もなしでどうするつもりだと思ったが、ここで何かを発言して代官に睨まれるのも面倒なので、何もしゃべらずに黙って神妙な面持ちをしていた。

 ただ一人、ゴーデスだけがにやにや笑っていた。当然それが代官の目に留まる。


「ギルドマスター、何が可笑しい?」

「なに、敵さんに囲まれて戦わなきゃいけないってときに、警備隊長を追い出してどうするのかと思いましてね。代官御自ら剣を取って戦うつもりですか?」

「うっ」


 ゴーデスに指摘されて、代官は短慮であったと後悔したがもう遅かった。そして、他の者たちは


(こいつ、よく平気でそんなことを言えるな)


 と思ったのであった。


「そ、そうだ。ギルドマスター、冒険者たちに魔王軍と戦うように指示を出せ」


 代官は妙案とばかりにゴーデスに指示を出す。しかし、ゴーデスは首を横に振った。


「冒険者は俺の部下じゃない。それに、勝てない戦いはしない連中でしてね。どんなに報酬を積んだところで、引き受ける奴なんてそうそういないでしょう。命を捨てるようなもんですから。冒険者なんて命が一番の財産ですから」

「紅夜叉を動かせぬか?」

「どうだか?奴らならそれなりの報酬を提示すればやるかもしれませんがね。しかし、相手は魔王軍の四天王だ。勇者でやっと勝てるような相手。生半可な金額じゃあ受けないと思いますよ」


 ゴーデスはそう言って、代官の話を断る。代官は悩んで考え込んだ。

 しかし、代官以外の者たちは、ゴーデスの表情に余裕があるのが不思議であった。

 しばらくして、代官が結論を出す。


「金貨10万枚でどうだ?ただし、一度に支払いは出来ぬから、5年間での分割となるが」

「まあ、説得してみますがね、そこに冒険者ギルドの手数料が一割乗りますから、実際には11万枚の支払いになることを忘れないでください。で、うちの方は一括でおねがいします」


 そう言うと、契約書を取り出し、代官にサインをさせた。

 代官はそれに違和感を感じなかったが、他の者たちは用意周到なゴーデスに、


(こうなることがわかっていて、高値で吹っ掛けたな)


 と思った。

 それと同時に、勝てる見込みがあるからこその契約なのだろうとも。

 実際に、ゴーデスは切り札を持っていた。

 コアンである。

 紅夜叉や他の冒険者はゴーデスの部下ではないが、コアンはれっきとした冒険者ギルドの職員である。なので、ゴーデスの命令には従う義務があった。

 だからこその代官との契約なのである。これが、コアンがいなければどうやって逃げるかを考えているところだ。


 人間側がそうした下らぬ協議をしている頃、バーミンを包囲するチンロンも副官と打ち合わせをしていた。


「一時間後に攻撃を開始する。目的は剣聖の抹殺だが、可能な限り人間どもを捕らえろ。連れて帰って奴隷にする。まあ、途中で何人かは食糧になるんだがな」

「承知しました。オーガを使って門と壁の破壊をし、その後突入して剣聖を探しながら、人間どもを捕獲します。まあ、知能の低い連中は剣聖を探すのには向きませんが」

「それは仕方がない。暴れてくれてさえいれば、剣聖をあぶりだすことも出来るだろう。助けに来るか、逃げようとするかはわからんがな」


 チンロンの軍団は竜人族を中心として、オーガやオーク、ゴブリン、コボルト、リザードマンなどで構成されていた。オークやゴブリンなどは、知能が低くて本能が強いために、女がいれば繁殖しようとして攻撃を止めてしまうのだ。

 なので、剣聖を探すなどという任務には不向きであるが、それをわかったうえで連れてきている。


「さて、手負いの剣聖であれば逃げるかな?俺の龍角燦の餌食としてやりたいがな」


 そう言うと、チンロンは槍を手に持った。

 その槍は竜の角で作った槍で、太陽の光を反射して燦然と輝いている。それで、ついた銘が龍角燦なのだ。

 この龍角燦は魔槍であり、使い手の身体能力を強化する魔法が付与されている。魔王軍の四天王の身体能力を強化するというのがどれほどのものか、今までの人間の軍は身をもって知っていた。

 それは野分にも匹敵するほどの厄災なのである。

 副官は龍角燦を手にしたチンロンに言う。


「残念でございますな。剣聖が万全であれば、その槍の振るい甲斐もあったでしょうが」

「武人としてはそうだが、軍団を預かる身としては被害が少ないにこしたことはない」


 と返事をされた副官であったが、これは残念がっているなとわかった。チンロンは根っからの武人であり、好敵手を求めて戦場を駆けるのが常であった。


(今回の作戦では、多少骨のある冒険者でもいるとよいが)


 そう思う副官であった。


 そして時間は経過し、代官の館からゴーデスが冒険者ギルドに戻ってきた。扉をあけて中に入ると、そこでは悲壮な雰囲気が漂っていた。一部を除いて。

 その一部が紅夜叉のメンバーと、コアンとニーナである。

 ただし、紅夜叉とコアンとニーナには違いがあった。

 紅夜叉のメンバーはどうやってこの包囲網に対処するかを検討しており、前向きな思考をしていた。

 一方、コアンとニーナはハートが周囲に浮いていそうな、ラブラブオーラを出していた。


「コアン、死ぬときは一緒ね」

「それは今じゃないけどね」

「そうよね。私、コアンがいれば頑張れると思うの」


 といった具合である。

 この状況では食堂で食事を注文する客などおらず、二人は暇なのでそうしている。しかも、魔王軍の目的がニーナであるなど知らないので、街の包囲など他人事であった。

 コアンは、ニーナのご機嫌取りでそうしているのだが、その甲斐あってニーナはご満悦であった。

 ゴーデスは大きな声を出す。


「代官より魔王軍四天王討伐の依頼があった。報酬は金貨10万枚だ。ただし、五年間の分割払いとなる。受けるものはいるか?」


 冒険者たちはその話を聞いて、一斉に紅夜叉の方を見た。

 ここにいる中で、一番強いのが彼らだからである。つまりは、紅夜叉が引き受けなければ誰も引き受けないということであった。

 その視線を受けてフレイヤが立つ。


「受けてもよいが、一つ条件がある」

「何だ?この状況じゃああまり応えられんが」

「大丈夫だ。コアンを貸してほしい」


 それは当然ニーナにも聞こえる。


「駄目よ!コアンにそんな危険なことはさせられない」


 我が子を守る親猫のような圧を発するニーナ。

 ゴーデスは後頭部を掻きながらニーナに話しかける。


「コアンはここの職員だ。つまりは俺の命令に従ってもらう必要がある。この状況で勝てる可能性が高くなるなら、コアンには紅夜叉と一緒に戦ってもらう」

「っっ!」


 ゴーデスのいうことは正しく、それだけにニーナも反論出来なかった。

 なのでニーナも提案を出した。


「じゃあ、私も戦うわ」

「そりゃありがてえが、その腕で戦えるのか?この前のフレイヤとの戦いを見ても、魔王軍の四天王と戦うには難しいと思うが。包丁を振るうのとはわけが違うぞ」


 ニーナは刃物を扱うのに特性があり、包丁さばきは様になってきていた。しかし、動かぬ材料を切るのと、魔王軍と戦うのではわけが違う。

 再びニーナは困ってしまった。

 そこにコアンが助け舟を出す。


「大丈夫、なんとかできます。この状況になったことで、ニーナの腕を再生することが出来るようになりました」

「「えっ??」」


 突然のコアンの発言に、その場にいた全員が驚いた。

 そんな雰囲気にお構いなしで、コアンはスキルを発動する。


【FTA】


 そのスキルの効果でニーナの失われた腕が再生した。

 FTAとはフォルトツリー解析の略であり、その発生が好ましくない事象について、発生経路、発生原因及び発生確率をフォールトの木を用いて解析するものである。

 基本的に、設計者や工程設定者はFTAを実施して、不具合事象の発生を抑え込むようにして、量産開始を迎えるものであり、常識となっている。

 基本的にではあるが。

 今回でいえば、好ましくない事象は魔王軍への敗北であり、それに対して様々な発生原因を分析していく中で、戦うメンバーの体が万全でないというものがあり、その下位にニーナの腕の欠損というのがある。

 それの対策として、腕を再生してトップ事象の発生を回避するとしたわけである。

 腕が再生したニーナは、驚きながらも手を握って開いてを繰り返し、戻ってきた手の感覚を確かめていた。

 そして、それが終わるとコアンに向かって怖い顔をした。


「治せるならもっと早く治してよ!」

「いや、この状況になったからこそなんだけど」

「包丁を握るのだって、右腕があった方が便利でしょう」

「それが、たぶんだけど左腕だけでもニーナがちゃんと包丁を使えていたから、FTAを発動しても腕を再生できなかったんだと思う」

「なんてこと、包丁を完璧に使いこなす私の才能があだになるなんて」


 既に怖い顔ではなくなり、ラブラブモードに戻ったニーナであった。そして、ゴーデスとフレイヤはいつ話を切り出そうか判断に悩むのであった。

 が、ゴーデスが意を決して口を開く。


「腕との感動の再会の最中に申し訳ないが時間がねえ。話を進めるぜ」

「ええ。いいわ」


 ニーナはあっさりと頷いた。


「依頼の達成条件は魔王軍から街を守ること。倒さずに追い返してもそれでいい。が、四天王をその気にさせるにはこちらと戦う気が無くなるくらいボコボコにしなきゃならねえ。結局は四天王と戦うことにはなる。奴は南門のところに布陣していているから、そっちに行ってくれ」

「承知した」


 フレイヤは頷く。そして、紅夜叉のメンバーたちと移動の準備にかかる。

 一方、ニーナはきょろきょろと周囲を見回す。コアンは不思議に思ってニーナに訊ねた。


「どうしたの?」

「私の使いたい武器があるかなと思って。見た感じ、あの女の持っている剣以外は大したことないわね」


 剣聖の嗅覚とでもいうのか、ニーナは見た目で剣のおおよその出来栄えを把握できた。そして、今回お眼鏡に適うものが見当たらなかったのである。


「あー、僕の打ったやつだからね」

「コアンがあの女のために打ったの?」


 コアンはしまったと後悔した。ニーナの目つきが変わったからである。


「ニーナは僕のショートソードを使ってよ。同じくらいの出来だから」

「いいの?コアンのでしょ」


 そう言われて途端に笑顔になるニーナ。

 勿論、同じくらいの出来というのは嘘である。フレイヤに特化したものと、コアンが汎用で作ったショートソードでは出来が違う。ただ、フレイヤに特化しているため、それをニーナが使っても本来の性能にはならない。

 が、コアンの作ったショートソードということで浮かれているニーナは、そんなところには気が付かなかった。

 こうしてFTAにより好ましからぬ事象の魔王軍への敗北は発生しなくなり、コアンたちの勝利が確定した。


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