第15話 それぞれの思惑

 魔王軍を追い払ったバーミンの街は歓喜に包まれていた。代官は冒険者に頭を下げては格が下がるということで、直接会って感謝の言葉を述べるようなことはしなかったが、自分の命と地位が守られたことに感謝していた。

 また、住民や冒険者たちも決死の脱出や、必死の抵抗をせずに済んだことを喜び、紅夜叉とニーナを称えた。ただ、そこにコアンの名前は無かった。

 コアンのスキルを体験した者たちならばそのすごさはわかるのだが、そうでない者たちには工程設定のすごさがわからないのである。また、はた目には何もしていないように映るので、評価されないのだ。

 ただし、カーライルたちと一緒にいたときと違って、コアンが役立たずであるという評判も出なかった。

 そして、魔王軍四天王のひとり、チンロンを倒したことは人口に膾炙する。その話が王都まで伝わった。

 国王は宰相と神官を呼び、状況の確認を行う。


「剣聖が魔王軍の四天王を倒した。勇者も連れずにだ。しかも、支援魔法を受けていたとはいえ、単独で戦ってこれを倒したとなると、今の勇者はなんなのだ?」

「神殿で勇者パーティーの登録をしておりますので、偽物ということはございませんが、我らは神託の解釈を間違ったやもしれませぬな」


 宰相はそう言うと、神官をちらりと見た。


「東方の小さな村に後に人類最強となるであろう子供が生まれたという神託は、何も勇者をさしていたわけではなかったのかもしれませぬ。剣聖がその人類最強であったのかと」


 神官は国王と宰相の顔を見れず、下を向いたままでこたえた。

 その答えに対し、国王は神官に訊ねる。


「しかし、それではオーガロードに腕を落とされたのは何故だ?」

「それは――――」


 神官はその問いに答えられなかった。それもそのはず、この場にいる三人はコアンの事など頭から抜けていたのである。

 元々、生まれた村から三人を連れてきたのだが、勇者と剣聖というギフトを見て、そのどちらかが人類最強であろうという思い込みをし、工程設定者などという得体のしれぬギフトを得たコアンのことなど忘れていたのである。


「勇者への支援を減らし、剣聖への支援を増やすか」


 国王がぽつりと漏らす。


「陛下、それをいたしますと他の勇者を抱える他国からの批判が出るやもしれませぬ。我が国が勇者をないがしろにしたと批判されますと、後世まで陛下の御名が穢されることに」

「それは困るな。暗君として語り継がれるなどたえられぬ」

「さすれば、勇者にはっぱをかけましょう。それで本来の働きをすればよし。敗れて討ち死にすれば経費も掛からぬというわけでございます」

「それでいこう」


 宰相の案に国王は納得した。

 だが、そんなことをせずとも勇者はやる気を出していた。というか、焦りがあった。

 勇者の屋敷では、勇者の監視役であるカルナエンが、ニーナが四天王を倒したという情報を持ってきたのであった。ここのところまったく良いところがないカーライルにとって、脱退したメンバーが手柄を立てるなど、あってはならないことであった。


「馬鹿な!ニーナが魔王軍の四天王を倒しただと!利き腕を失って、役に立てないからと、俺の前から姿を消したんだぞ」

「しかし、単なるうわさではなく事実だ。巷では勇者よりも剣聖の方が強いという話が出回っている。あなたらもうかうかしていられませんな」

「わかっている!」


 聞かなくとも、自分たちがどういわれているかはおおよそわかる。また、守ろうとしていたニーナが、自分の保護などいらないというのも、男として許せなかった。

 ラーリットはカーライルをフォローしようとする。


「でも、Sランクのパーティーが一緒だったんでしょ。その助けがあったからこそ――――」

「だとしたら、お前らは冒険者以下の能力しかないってことだぞ」


 カーライルが怒りの目つきで睨んだ。それを見てラーリットは言葉を間違ったと後悔した。他のメンバーも何かを言えば、今度は自分がターゲットにされるとわかっているので、何もしゃべらずに話を聞いているだけだ。


「俺達はもう失敗できない」


 そう自分に言い聞かせるカーライル。強く握った拳は、爪が自らの皮膚を切り裂いて、手のひらに血をにじませていた。


 一方、チンロンを失った魔王軍では会議が開かれていた。

 出席しているのは三賢者である、カスパー、メルキオール、バルタザールと、四天王のバーミリオンとワリヤー、それにチンロンの副官であった。三賢者は皆老人のようであり、ローブをまとっていた。バーミリオンとワリヤーは筋骨隆々の若い男の格好をしている。本来は違う姿なのだが、魔王城の中ではそれだと動きにくいので、人型をしているのだ。バーミリオンは真っ赤な服に身を包み、ワリヤーは真っ黒な服に身を包んでいる。

 なお、魔王と四天王の二席が空席となっているのだが、チンロンの席の後ろに彼の副官が立っていた。

 バーミリオンはテーブルをドンと叩き、カスパーを睨んだ。


「カスパー、貴様が剣聖は手負いと言ったが、実際には手負いではなかったではないか。情報が間違っており、チンロンは討たれてしまったのだぞ」

「ふっふっふ。それは四天王の言葉とは思えませぬな。剣聖が万全の体調だから負けたと?それは四天王の実力をお認めになり、任命された魔王様への侮辱。わしはチンロン殿であれば、どんな予想外の事態があっても、必ずや作戦を成功させると思ったからこそ、今回の出陣を命じたまで」


 カスパーはバーミリオンから発せられる怒気をそよ風のように受け流した。


「それに、今回チンロン殿が討たれたことは次の策に繋げるまで」

「次の策だと?」


 バーミリオンは怪訝な目でカスパーを見た。同じ魔王軍に所属するとはいえ、カスパーのことは好きではないし、信用もしていないのだ。

 そんなカスパーが次の策と言ったのは、チンロンが討たれるのを計算していたと考えたくもなった。そして、事実カスパーはチンロンが討たれる可能性が高いと踏んでいたのだ。だからこそ、すぐに次の策が出てくるのである。

 ただし、それを指摘したところで四天王が勇者や剣聖と戦うのは仕事であり、それに勝利することを求められているので、それ以上カスパーの責任を追及することはしなかった。

 バーミリオンがそれ以上しゃべらないので、カスパーは続ける。


「バーミリオン殿は緑の勇者を誘い出して戦っていただく。これには三賢者からバルタザールを、そして五将軍の中からも一人応援を出す」

「ふむ。それだけの戦力をもってすれば、緑の勇者を倒すなど容易なこと。しかし、あまり緑の勇者に戦力を集中させては、他の守備がおろそかになるのではないか?こちらは四天王を二人失っている」

「それについてはメルキオールと近衛騎士団を出す」

「近衛騎士団もか。随分と思い切ったことを」

「魔王軍の興廃はこの作戦にかかっておるのでな。作戦は、単に勝つだけというものではない。かなり難しい条件となるが、それをこれから説明しよう」


 カスパーは今回の作戦内容を話し始める。それを聞いたバルタザールは最初は怒るが、その後は内容に納得した。かなり困難な作戦ではあるが、成功した際には戦況は魔王軍の勝利へと大きく傾くことがわかったからである。

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