第10話 再会

 ラーリットは自らの資金を投じてコアンの行方を把握していた。それはニーナをそこに向かわせるため。

 そのタイミングをいつにすべきかと手ぐすねを引いて待っていたところ、ニーナの利き腕喪失という僥倖が降ってきた。当然この機を逃すようなことはしない。

 カーライルと二人きりになると、ニーナの除外を切り出した。


「ニーナのことなんだけど、他のメンバーを探さないと」

「剣聖の代わりなどいるものか!」


 カーライルは強い語気で反論する。

 それは駄々っ子のようであるとラーリットは思った。


「そうは言うけれど、隻腕よ。しかも、利き腕を失っている。早めの結果を求められている私たちにとっては、彼女が隻腕に慣れるのを待っている余裕なんてないわ」

「それまでは俺がカバーする」


 なおもニーナの除外を拒否するカーライルに、ラーリットは大きなため息をついた。


「彼女のことを思うなら、ここいらで少し休ませてあげたら。戦闘中に彼女を庇わなくても、貴方が彼女の生活を支えてあげたら同じことでしょう。戦闘しかしてこなかった彼女が、片腕を失った今、何かまともな職業に就けると思うの?」


 ラーリットの言葉にカーライルは黙った。

 反論する言葉が見つからなかったからである。

 しばらくの間をおいて、カーライルはラーリットの言葉に頷いた。


「確かにその通りだ。俺が彼女の面倒を一生見る」

「賢明だわ」


 ラーリットはカーライルをそう評したが、心の中ではいつかは自分の方に心をなびかせて見せると思っていた。


「でも、それは今じゃないわよ。意気消沈している時にそんなことを言われても、きっと強く反発するでしょうから。女心って面倒なの」


 ウフフとラーリットは妖艶に笑う。

 その意味を理解せずに、カーライルは頷いたのだった。


 そして、カーライルとの話が終わると、ニーナの部屋を訪問する。

 形式上は見舞いというものであった。


「どう?」


 心配する表情を作り、ニーナを気遣うふりをする。

 ニーナはそんなラーリットの演技に気づかず、自分を心配してくれていると思っていた。


「まだ、時々右手を動かそうとするの。それで、そこにあるはずの手がないことに気づいて絶望するのを繰り返しているわ」

「手足を失った兵士も似たようなことを言っていたわね。そういえば、その兵士は気晴らしをすることで乗り越えられたって言っていたわ」

「気晴らし?それもいいかもしれないわね。でも、どうやってやったらいいかわからない」


 ニーナは自分が趣味というものを持ち合わせていないことに気づかされた。戦うことのみを求められ、それが無くなった今どうすればいいのか、何をして時間を潰せばよいのかわからなかった。

 結果、残った左手を使って室内で剣を振るくらいしかなかったのである。


「そうねえ……」


 ラーリットは少し考え込んだ。

 そして再び口を開く。


「コアンに会いに行ってみたらどうかしら?」

「コアンに?」


 ニーナはラーリットの口から飛び出した名前に驚いた。いつも夜になると会いたいと思っていた名前をラーリットに言われ、独り言を聞かれていたのかと思うと恥ずかしくなったのだ。

 ドギマギして言葉を発せられないニーナを見て、ラーリットは内心ほくそ笑む。


「彼、今はバーミンの冒険者ギルドにいるらしいわよ」

「何でラーリットが知っているの?」

「冒険者のうわさ話を聞いたのよ。たぶんコアンだと思うわ。同じ名前だったら申し訳ないけど、今なら行って戻ってくるくらいの時間は取れるでしょう。人違いだったとしても、旅が気晴らしになるわ。貴女なら今の状態でも街道を行くくらいなら危険はないでしょう」


 ラーリットはニーナに旅を勧める。もちろん善意からなどではなく、カーライルから引き離すための策であった。

 しかし、言っていることには疑問を呈するほどの瑕疵が無く、ニーナはそれをラーリットの善意として受け取った。


「そうね」


 とニーナは同意する。


「カーライルには私の方から言っておくわ。彼、過保護でしょう。貴女がコアンのところに行くと言えば、絶対についていくって言うでしょう。そうなると、魔王軍との戦いを後回しにすることになるから、彼の立場がさらに悪くなるわ」

「心配しないかな?」

「そこは私に任せてよ」

「ありがとう」


 ニーナはラーリットの悪意には全く気付かず、翌日には旅支度を整えて出発してしまった。

 それだけ、コアンに会いたかったのである。

 ラーリットは人知れず笑みを浮かべる。


「ほんと、純粋で助かるわ。さて、後はあの勇者を誑し込んで、私の輝かしい人生を確定させないとね」


 ラーリットはこの時すでに、これ以上の冒険をするつもりはなく、適当なところで勇者と結婚して妊娠して、危険なことからは遠ざかろうと考えていた。

 そして、ニーナが出発した翌日になって、初めてカーライルに居なくなったことを報告する。


「ニーナがいなくなったの」

「なんだって!?」


 コアンに会いに行ったとは言わず、居なくなったと言ったのは追いかけさせないための策であった。

 勿論、あとでニーナにばれても、追わせないための方便であると言い訳するつもりであった。

 そして、カーライルの反応も予想通りのものであり、落ち着いて想定していた返答をする。


「おそらくは、私たちに迷惑をかけたくなかったんでしょうね。パーティーを抜けると言えば、貴方も止めると思ったんでしょう」

「そんなことはしない。俺はニーナを一生面倒見るつもりで――――」

「私は知っているわよ。その覚悟を聞かされたんだもの。でも、彼女は違うわ。まだ言ってなかったんでしょう?」

「ああ。もう少し落ち着いてからの方がいいと思って。くそっ、こんなことならもっと早く言っておけばよかった」


 カーライルは強く壁を殴った。ドンという音がして建物が揺れる。

 強く握った拳は己の皮膚を割き、赤い血が数滴床に垂れた。


(こんなに上手くことが運ぶとは思わなかったわ。私の言うことをきいて、ニーナに面倒を見るって言わなかったなんて、なんて可愛いのかしら)


 ラーリットは高笑いしたいのを必死でこらえた。すべては策略通りなのである。これほど痛快なことは無かったが、ここで顔に出しては元の木阿弥である。

 一緒に悩んでカーライルに寄り添う姿勢を見せた。


「私ももっと彼女に気を使うべきだったわね。相談に乗ってあげられていたら」

「いや、それはパーティーみんなの責任だ。ラーリット一人の責任じゃない。まずは、ニーナを探そう」

「そうね。でも、大々的に探すとなると彼女の名声にも傷がつくわ。勇者パーティーを逃げ出した女ってね。今は勇者を庇って腕を失ったということで同情をひいているけど、人はうわさを面白おかしく話したがるものだから」

「じゃあ、どうすれば?」

「まずは、ニーナを勇者パーティーからはずす手続きをしましょう。逃げたという話が出る前に、パーティーメンバーから外したことで、彼女が一緒にいなくても不審がられない状況にしておかないと。それで、口の堅い冒険者を使って彼女を探させるわ。冒険者の手配は私に任せておいて」

「すまない」


 とカーライルはラーリットに頭を下げた。

 この時カーライルは心の底から彼女に感謝していた。騙されているとも知らずに。

 ラーリットは提案したものの、冒険者を使ってニーナを探すつもりは無かった。口の堅い冒険者を使うというのは事実である。しかし、その口の堅さはラーリットの指示に対して使われるものであった。

 冒険者には足取りがつかめないという報告をさせようと思っていたのである。これが、本当に冒険者を使ってニーナを捜索となれば、彼女がコアンのいるバーミンに向かったという情報を得て、それを報告できたはずであった。

 ラーリットはその可能性を見事に潰すことに成功したのである。


 ラーリットの思惑など知らず、ニーナは馬車に揺られてバーミンの街を目指していた。天気は快晴。コアンに会うことを考えてうきうきしているニーナの心を映しているような、雲一つない青空である。残念ながら、幌によってその空を満喫することは出来ないが。

 ニーナは今まで稼いだお金でコアンと暮らしていけると思っていた。料理が得意なコアンのためにお金を出して、二人でレストランを経営していけたらなどと考えていたのである。彼女は一人での旅でありながらも、幸せオーラを周囲にまき散らしていた。

 ニーナの他に馬車に乗っているのは冒険者の街を目指す馬車とあって、冒険者ばかりである。皆、コアンのようなお金がない状況とは違い、護衛任務で稼ぎながら移動するような必要はない。

 装備もそれなりに良いものを持っており、迷宮でもうひと稼ぎという腕自慢が揃っていた。

 彼らは情報にも通じており、隻腕の金髪の美女がニーナであるとわかっていた。一応、ニーナは隻腕を隠そうとしてマントで右半身を覆うようにしていたが、完璧に隠すことが出来ていなかった。

 そんな彼女に対して同乗者は、正体をわかっているが声はかけない。

 美女であるので下心を持つのであるが、仲間に勧誘しようにも今は勇者パーティーのメンバーであるし、また、力に頼って手籠めにしようとしても、剣聖ともなれば隻腕でも勝てるかどうかわからない。

 結果として、触れないという選択肢を選んだのだった。

 そんなわけで、ニーナは特にトラブルもなくバーミンの街に到着する。

 時刻は夕方。太陽が山の向こうに沈み、薄暗くなりはじめていた。馬車から降りたニーナは、まずは冒険者ギルドに向かった。そこで冒険者を雇ってコアンを探そうと思ったのである。他の同乗者たちも冒険者なので行き先は一緒。

 ただし、彼らはニーナの目的を知らないので、冒険者登録をするのではないかと思っていた。隻腕となった彼女が勇者パーティーを離れ、このバーミンで心機一転冒険者となったならば、どんな活躍をするのだろうかという好機の目が彼女の背中に向けられる。

 剣聖であるニーナは、後ろからの視線に気づいていたが、その内容まではわからなかった。殺気ではない何か、程度の考えであった。なのでその視線を無視して冒険者ギルドの中へと入る。


 コアンは迷宮の25階を踏破した立役者として名前が売れていた。フレイヤたちが手柄を自分たちのものとせず、コアンがいてくれたからと喧伝してくれたのだった。

 これはコアンの低い自己評価を改善させようとの善意からである。

 さらには、持ち帰った素材による収入が莫大なものとなったので、連日冒険者ギルドの食堂では紅夜叉の支払いによる酒と料理が振舞われていた。冒険者たちはそんな紅夜叉への感謝を込めて


「コアンと紅夜叉に乾杯!」


 と言ってから酒を口にしていた。コアンも支払いをすると申し出たのだが、フレイヤがそれを断り、しかも、冒険者にはコアンと自分たちの奢りであると伝えていたのである。

 酒と料理が運ばれるたびに自分の名前が叫ばれるのが恥ずかしいコアンであったが、悪い気はしなかった。ただ、無料の酒と料理に釣られて多くの冒険者が食堂を訪れており、忙しさに目が回りそうにはなっていたが。

 コアンの本来の仕事は冒険者ギルドの食堂のコックである。そこは迷宮から帰ってきた後も変わらなかった。コアンがコックを続けることでパミナの体重が増える原因にもなるのだが、それはまた別のお話。

 今日も夕暮れとなり、仕事を終えた冒険者たちがただ酒にありつこうとして、すでに食堂は満席に近かった。


「ジャイアントボアのステーキ5人前追加ね」

「はい」


 今しがた、料理を運んできたパミナが追加注文を受けて、それをコアンに伝えた。コアンが完璧な焼き加減でステーキを焼くので、すごく評判が良いのだ。それ以外の料理もおいしいが、やはり肉体労働者である冒険者たちは肉を好んだ。

 コアンの料理が出来上がるまでの空いた時間で、パミナはワインを口に入れた。

 そして、タンと勢いよくグラスを台に置く。


「まったく、忙しくていやになっちゃうね。コアンは自分の活躍で首を絞めたね」

「紅夜叉が冒険者たちに奢るのは想定外でした」

「そのおかげか、街じゃあコアンの名前を知らない奴の方が少なくなったね。この勢いなら王国中に広まるのも時間の問題だよ。何せ、冒険者と商人は移動が商売だからね。迷宮攻略の立役者の名前は移動とともに運ばれるから」

「僕は何もしてませんけどね。実際にパイアを倒したのはフレイヤさんだし」

「コアン以外は誰もそうは思っちゃいないよ。彼女にプレゼントした剣だって、コアンが打ったものだろう。あの剣を持ってうっとりした表情で話すのを見ると、彼女はコアンに気があるね。押し倒してみな。喜ばれるよ」


 パミナはそういうとヒヒヒと笑う。

 コアンはその話に顔を真っ赤にした。


「押し倒すなんて――――」

「初心だねえ」


 揶揄われて照れるコアンであったが、コントロールプランで管理された料理の手順は完璧で、少しのミスもなく進んでいく。

 それをわかっていて、パミナはコアンの背中をつんつんとつついてさらに揶揄った。

 そこにフレイヤが顔を出す。


「パミナ、あまりいじめてくれるな。次にコアンを誘いにくくなる」

「悪いね。つい可愛くて。フレイヤも早く手を付けておかないと、他の誰かにかっさらわれるよ」

「ふむ、そういうことなら早めに手を付けてしまおうか。うちのメンバーのマヤとルリも狙っていることだしな」

「そういうことだよ、コアン。三人相手に出来るくらいには、体力をつけておきな」

「何を言っているんですか!ほら、あがりましたよ」


 照れたコアンは雑に皿にステーキを盛りつけた。

 そこでやっとパミナは仕事に戻る。


「さて、助平どものところに持っていくかね。それにしても、一人じゃ無理だけど」

「僕も持っていきますよ」


 コアンも皿を持って客のいるホールへと出た。

 そこで目に入ったのは、かつての仲間であったニーナだった。

 そこでニーナがコアンに会ったのは全くの偶然であった。旅も終わりを迎えたことで安心したら、急に空腹に気が付いた。その時、美味しそうなにおいが漂ってきたので、そのにおいの元へと足を向けただけだったのである。


「コアン!」

「ニーナ?」


 お互いを見つけたときの二人の反応は対照的であった。

 喜び全開のニーナに対し、コアンは困惑の表情を見せた。

 そんなコアンの反応を見た食堂の冒険者たちの間に、不穏な空気が流れたのであった。

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