第11話 女の闘い

 ニーナを見て困惑するコアン。それを見たフレイヤはコアンとニーナの間に割って入る。


「あんた、ニーナっていうのかい。剣聖と同じ名前だね。それに、その隻腕。剣聖は勇者を庇って片腕を失ったって聞いたけど」

「えっ?」


 片腕を失ったと聞いてコアンは改めてニーナを見た。

 彼女の利き腕は確かになくなっていた。今までは再開に驚いて顔しか見ていなかったので気づかなかったのだ。

 ニーナは隻腕を指摘されて、そこに周囲の視線が集まったのを感じると、それを隠すようにマントの位置を直した。

 そして、厳しい目つきでフレイヤを睨む。


「そうよ。私がその剣聖よ。私はコアンに用があるの。そこをどいてもらえるかしら」

「どんな用か知らないけど、コアンは困惑しているじゃないか。噂じゃコアンは勇者パーティーのメンバーから追い出されたっていうじゃない。今更そのコアンに用があるなんて、どうせろくなもんじゃないだろう。どかぬよ」


 コアンはフレイヤの言葉とともに、二人の間に火花が散ったような気がした。


「何で貴女がコアンを庇うのよ」

「コアンは仲間だからな。何かあっては困る」

「何よ仲間って。貴女は見たところ冒険者のようだけど、コアンはコックじゃない」

「一緒に迷宮攻略をした仲間だ。今はこうしてコックをしているが、それは仮の姿」

「迷宮攻略?」


 迷宮攻略と聞いて、フレイヤはここでもコアンが荷物持ちと雑用係として扱われているのかと思った。

 まさか、そのスキルで未踏の階層を攻略した立役者だとは露ほども思っていなかった。

 それはフレイヤにも伝わる。


「コアンを捨てたお前らにはわからんだろうがな。どうしてこんなに優秀な男を捨てたのか」

「捨ててない!!」


 ニーナはフレイヤの捨てたという言葉に強く反応した。

 除名に賛成はしたが、それは危険なことからコアンを遠ざけるためだったのである。そのことをコアンに伝える前に、コアンがバーミンに向けて出発してしまったため、伝える機会を失ってしまったが。

 だから、捨てたと言われるのは心外であった。フレイヤを見る、その目に殺気が生まれる。


「やるきかい?」


 フレイヤもニーナの殺気を感じ取った。

 二人の間に緊張が走るが、酔っ払いどもはそれがわからず囃し立てる。


「いいぞ、やれー、やれー」

「俺はフレイヤに賭けるぜ」

「じゃあ俺は剣聖に」

「コアンのやつ、羨ましいぜ。ちくちょう」


 など、今まで騒がしかった食堂が、さらにざわついた。

 そこにゴーデスがやってくる。


「はいはい、そこまで。やたらとうるせえし、来てみたらすげえ殺気じゃねえか。ギルド内では私闘は禁止だ。やるなら外で、と言いたいところだが、本当にどっちかが死ぬまで終わらなそうだな。何が原因だか聞こうじゃねえか」

「貴殿は?」


 ニーナがゴーデスに問う。


「俺はここの冒険者ギルドのマスターでゴーデスってもんだ。見ねえ面だが、どこの誰だ?」

「私はニーナ。コアンに会うためにここまで来た」


 ニーナの話を聞いて、ゴーデスはあごに手を当てて思案する。


「コアンの知り合いで、ニーナと言えば剣聖のニーナか?」

「いかにも」

「こりゃまたすげえビッグネームが来たもんだ。殺気が並大抵じゃねえと思ったが。そうか、剣聖か。で、なんでフレイヤに向けてそんな殺気をはなっているんだ?」

「これは……その……」


 ニーナは言葉に詰まる。

 コアンと話すのを邪魔するフレイヤが、コアンを仲間だというのに嫉妬したからとは言えず、どんな言い回しをすれば良いかと考えていた。


「ギルマス、二人の美女がコアンを取り合っているんでさあ」


 ニーナがまごまごしていると、酔っ払いのひとりがずばり言い切った。

 ゴーデスが目線をフレイヤに送ると、彼女は無言で首肯した。その仕草を見て、ゴーデスはため息が出た。


「はぁ~、なんだ。修羅場か。俺の出る幕じゃあねえな。ま、さっきも言ったようにギルドの中じゃあ私闘はご法度だ。とはいえ、お互い思うところがあるんなら、直接やりあうのが一番早え。訓練場には木剣もあるから、それで我慢しろ」


 そう言うと、ゴーデスは背中を向けて、手をひらひらと振って帰っていった。

 訓練場とは、冒険者ギルドの中にある初心者を訓練するための場所である。そこには刃を潰した剣や、木剣が置いてあるのだ。

 刃を潰したとはいえ、鉄の剣は鈍器としての機能が残る。当たり所が悪ければ死んだり大けがをしたりする可能性があるので、ゴーデスは木剣を使わせようと、それがあると言ったのであった。

 やる気満々のフレイヤはニーナを挑発する。


「その体じゃ満足に戦えないだろうから、ハンディをくれてやってもよいが?それとも怯懦を起こして帰るか?」

「戦えるけど、それが目的じゃないわ。帰るならコアンも一緒に連れて行くから」

「それは認められぬな」

「何でよ?コアンと一緒に行くのにどうして貴女に認めてもらわなきゃならないの?」

「わりない仲だからな」

「っっっ」


 わりない仲という単語にニーナは強く反応した。殺気が一段と増す。コアンはそんな状況を見ておろおろとするばかりであった。

 そんなコアンにも厳しい視線が向けられる。


「コアン!本当なの?」

「わりない仲ではないよ。一緒に迷宮探索をしたのは本当だけど。それに、僕が立役者っていうわけじゃなくて、紅夜叉のみんなの実力があったからこそだからね」


 そう答えるコアンに背中を見せながら、フレイヤが言う。


「相かわらず謙虚で可愛いな。しかし、コアンの実力は本物。それはあんたらも身に染みてわかっているんじゃないか?なにせ、コアンが抜けてからというもの、青の勇者たちの活躍の話を聞かなくなったからな」

「…………」


 ニーナは反論できなかった。コアンの作った剣から、別のものに変えてからというもの、今までのようなしっくりくる感覚が全くないのだ。

 カーライルは認めなかったが、ニーナはわかっていた。


「それだけじゃない。たぶん、今までコアンの指示通りに動いていたんだろう。それが無くなってから、思った通りの結果が出ていないはずだ」

「…………」


 尚もニーナは黙る。フレイヤから目を背けたかったが、それをすればいきなり飛び掛かられたときに対処が出来なくなるので、目を背けるのを必死に我慢した。

 その代わり、歯がみする顎に力が入った。


「だから、コアンを連れ戻しに来たんだろう?」

「違う。私はこんな体になってしまって、もう勇者パーティーのメンバーではいられなくなるから、だから、コアンと一緒に暮らそうと思ってここまで来たんだ」

「えっ?」


 と声がでたのはコアンだった。

 鈍感なコアンはニーナの気持ちには気づいていなかった。だから、突然のことに驚いたのだ。


「いよっ!色男!」


 酔っ払いがコアンに声を掛けた。しかし、そんな言葉など耳には入らなかった。いや、入ったけれども脳が処理することをしなかった。

 目の前のニーナに対して、脳がフル回転して状況を把握しようとしていたのである。


「そちらの事情はわかったが、選ぶのはコアンだ。それに、私もコアンを諦めるつもりはない。勝負をして、負けた方がコアンを諦めるというのはどうだ?」

「望むところよ」

「よし、じゃあ行こうか。審判はコアンにしてもらおう」


 フレイヤはそういうと、コアンの手を取って訓練場へ向かおうとする。そのフレイヤに声がかかった。


「コックがいなくなったら誰が料理を作るんだよ!?」

「パミナの料理を食べて待ってな!」


 フレイヤに一括されて、声を掛けた冒険者は黙る。

 急遽名前を出されたパミナも困惑した。


「私だって、自分の料理よりコアンの料理の方がいいよ。やれやれ」


 大きなため息をついた後で、客の方に向かって大声を出す。


「あんたら、どうせ賭けをしているんだから、こんなところで食って飲んでしているよりも、訓練場で結果を見届けたらどうだい?」

「言われてみれば」

「そうだ、そうだ」


 パミナに言われて冒険者たちも、フレイヤたちの後を追って行く。こうして普段はガラガラの訓練場も、今日は押すな押すなの超満員となったのであった。ちゃっかり、ゴーデスまで見学に来ている。

 そのゴーデスが自ら木剣を手に持って、フレイヤとニーナのところにやってきた。


「ほれ。木剣でも当たり所が悪ければ死ぬこともあるから、って、二人には余計なことだったな」


 フレイヤはその木剣の片方を受け取ると、ゴーデスに言い返す。


「随分と心配性だな」

「Sランクの冒険者と剣聖のどちらかが、俺のギルドで死んだとあっちゃあ困るんだよ」

「ふむ。しかし、手加減をして勝てる相手でもないぞ」

「そりゃわかる」


 ゴーデスはふうっと息を吐いて、今度はニーナに木剣を渡した。

 お互いに木剣を持ったところで、訓練場の中央で向かい合う。その二人の間にコアンがいた。

 フレイヤはコアンに


「開始の合図を頼む」


 というと、コアンは頷いた。

 そして、後ろに数歩下がって


「はじめ!」


 と合図をした。

 先に仕掛けたのはニーナである。観客が彼女の姿が消えたと思ってからちょっと経って、彼女のいた場所の足元の砂が舞った。

 殆どの者は踏み込みの速さに目が追い付かなかったのである。

 しかし、フレイヤとゴーデスはその動きを目で追えていた。

 フレイヤは真っすぐに自分ののどを目掛けて突き出された木剣を、横に移動することで躱す。そして、ニーナのわき腹を目掛けて木剣を振り下ろした。

 ニーナも体を捻ることで、その一撃を躱した。

 そこでやっと、観客たちはニーナを捉えることが出来た。しかし、ニーナとフレイヤの攻防についてはわからず、観客の一人がゴーデスに訊ねた。


「なあ、ギルマス。今は何が起こったんだ?」

「剣聖が先に仕掛けた。フレイヤの喉を目掛けて突きを繰り出したが、フレイヤがそれを横によけて反撃したんだ。まあ、その攻撃も剣聖に躱されたがな」

「なるほど。すげえ戦いだな。てか、ギルマスもよく見えるね」

「見えただけで俺なら最初の一撃を貰って、倒れていただろうな」

「そんなにかよ。ギルマスとフレイヤの実力は同じくらいだと思っていたんだけどなあ」

「昔の話だろ」


 ゴーデスはそこに謙遜の気持ちなどなかった。フレイヤは今なお成長しており、強さを増していた。

 それは迷宮探索後顕著に見れた。原因はコアンである。

 コアンのスキルで最適の動きを体験したフレイヤは、それを再現しようと努力をした。元々優秀であり、一度体験してしまえば再現するのは難しくはない。そして、SSランクからSSSランクへと昇進できそうなくらい動きが良くなっていたのである。


「それにしても、剣聖はすげえな。昔のフレイヤならもう勝負はついていただろうに。それと、あの体じゃなければ、か」


 ゴーデスはぽつりと呟く。

 SSSランク同等のフレイヤに対し、利き腕を失って尚対等に戦えているニーナに驚嘆したのである。

 ただ、そのニーナの戦い方はフレイヤの攻撃を躱すか受け流すかであった。正面から受け止めるには力が足りないと判断したためである。そして、ゴーデスもそういう戦い方しかないよなあと思いながら、その動きを見ていた。

 相手の攻撃を受け流して隙が出来たところにカウンターを入れるのを狙っているニーナであったが、フレイヤは中々その隙を見せない。フレイヤもニーナの思考が読めていて、敢えて全力での攻撃をするようなことはしていないのだ。

 二人の状況は表情にも表れる。額にジワリと汗をにじませ、苦しそうな表情をしているニーナに対して、フレイヤは余裕の笑みを浮かべていた。

 長旅の影響もあってか、ニーナの集中力は限界にきていた。そしてついに、フレイヤの攻撃の受け流しに失敗して、体勢を崩してしまったのである。

 フレイヤはそれを見逃さず、木剣を握る手に力を込めた。上段から勢いよくそれを振り下ろす。

 ニーナはそれが受け流せないと瞬時に悟る。片手で、しかも利き腕ではない方で握った木剣で受け止められるようなものではない。が、体は受け止めようと反応し、フレイヤの木剣を迎え撃った。

 次の瞬間、ニーナもフレイヤも、そして観客も予想外の結果に驚くことになる。


バキンッ


 と音がして、ニーナとフレイヤ双方の木剣が折れたのであった。

 それを見て審判のコアンが判定を下す。


「引き分け……ですかね」


 引き分けと言われてほっとするニーナ。

 対してフレイヤはコアンの方を見た。


「コアン、スキルを使ったな」


 そこには怒りは無く、若干の呆れがあった。


「すいません。二人のどちらにも傷ついてほしくなかったので」

「え?」


 ニーナはコアンとフレイヤの会話が理解できず、視線でコアンに説明を求めた。しかし、説明をしたのはコアンではなくフレイヤだった。


「私とあんたはコアンのスキルで作り出したフローの通りに動いていたってことだ。いつからだ?」

「ちょっと前です。ニーナの顔を見ていたら限界かなって思えて」

「やれやれ、審判が片一方に肩入れしちゃダメだろう」

「ごめんなさい」


 コアンが頭を下げ、フレイヤはため息をついた。

 そして、再びニーナに話しかける。


「わかっただろう?青の勇者パーティーがインタクトって言われて無傷だったのも、全部コアンが攻撃を受けないようにしていただけなのだ。それもわからずに、コアンを追放したあんたらが、今更になってコアンを連れ戻そうなんておこがましいではないか」

「だって、コアンはそんなことを一言も言わなかった!」


 ニーナは思い当たる節があり、それを認めたくないため強い口調となった。

 フレイヤは再びため息をつく。


「それについては、コアンにも問題があった。自己評価が低くて、自分がそうしなくても、勇者と剣聖ならそう出来たはずだと思っていたのだからな」

「ごめん、ニーナ」


 言われたコアンがニーナに謝罪する。

 そのコアンの態度にニーナは怒る。


「なんで、なんでコアンが謝るのよ!」

「ごめん」


 再び謝るコアンに、フレイヤはやや呆れ気味になる。


「コアン、もういいだろう。さて、勝負は引き分けとなったが、コアンはどうする?剣聖殿には手ぶらで帰ってもらうか?」


 その質問にコアンが答えられずに戸惑っていると、ニーナがフレイヤに食って掛かった。


「私、帰れないわよ。勇者パーティーを抜けて来たんだから。コアンが答えを出すまで、この街にいるから。それに、余計なアドバイスをしないでもらいたいものね。私はコアン自身の答えを聞きたいの」

「えっ?抜けてきたの?カーライルには?」


 コアンはニーナが勇者パーティーを抜けたということに驚いた。

 正確にはニーナは抜けると言ってはこなかったが、彼女の中では抜けたことになっていた。また、ニーナは知らないがカーライルもニーナの除名処分を行っており、神の名のもとに勇者パーティーから抜けている。

 ニーナは言いづらかったのか、視線をコアンから外して返答する。


「カーライルには言ってない。でも、こんな体になってしまっては、魔王軍と戦うことは出来ないから、カーライルも私を脱退させる手続きをしていると思う」


 コアンはニーナに対してどう声を掛けるべきか悩んで黙っていた。

 すると、ニーナは涙を流す。


「私はもう役立たずだから……。それに、いままでコアンに酷いことをしてきた。コアン、こんな女いらない?」


 そう言われて、コアンはますます何と声を掛ければよいかわからなくなった。

 そして、他の者たちは思う。


(この女、面倒くせえ)

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