第7話 信頼

 ダンジョン探索当日、コアンは冒険者ギルドで紅夜叉のメンバーと合流する。 フレイヤの他のメンバーは人間の男でタンクのナユタ、ナユタの弟で攻撃魔法の使い手のアソウギ、ドワーフの重戦士メッテイヤ、エルフの女でヒーラーのルリ、人間の男でスカウトのジャマー、人間の女で支援魔法がメインのマヤである。

 挨拶もそこそこに、コアンは新しく作ったロングソードをフレイヤに手渡す。

 ロングソードを受け取ったフレイヤは戸惑った。本当に作って来たのかという思いが頭に浮かぶ。


「ありがとう。ちょっと素振りをしてみようか」


 ぎこちない笑顔でフレイヤはそう言うと、ロングソードを抜いた。

 そこでとんでもない違和感が押し寄せてくる。重心が左右にぶれていないのだ。彼女くらいの達人ともなれば、1グラムにも満たないわずかな重量の違いも感じ取れる。

 そんなフレイヤが重心がぶれていないと判断したのだ。ドワーフの名工に作らせたという自慢の愛剣ですらここまでの完成度ではない。

 鉄は常温でフェライトと呼ばれる組織であり、その結晶構造が体心立方格子となっているが、911℃を越えるとオーステナイトと呼ばれる組織となって結晶構造は面心立方格子となる。

 これが焼き入れによって硬くなる仕組みであるが、原子が移動して結晶構造が変わるため、鉄の形も変化する。当然それによって重心もずれるのであるが、そのずれすら完璧にコントロールできるのがコアンのスキルなのである。

 それは技を極めたドワーフでもたどり着けない領域であった。いわば神器のようなものである。それをフレイヤは手にしたわけだ。


「刃の角度は切れ味を優先しているので刃こぼれしやすいですけど、フレイヤさんならうまく使いこなせると思って」

「フレイヤでいい。これは振るまでもなく素晴らしいものだとわかる。そして、私はこれに値をつけられない。国宝級だぞ」


 そう言われてコアンは困惑した。

 なぜなら、いつもカーライルやニーナのために作っていたのと同等だからである。それを国宝と言われてしまったことで、どういった態度をとればよいかわからなかったのだ。

 それと同時に金をもらうという考えが無かったのだ。


「仲間からお金をもらうわけには」


 コアンの返答にフレイヤは驚いた。


「は?」

「カーライル、あっ、勇者たちからはお金をもらっていませんでしたから」

「無償なのか。いくら仲間でも」

「それに、カーライルからは『この程度のものしか出来ないのか』って言われてましたし」

「それは本当か?」


 フレイヤはコアンの言うことがにわかには信じられなかった。国宝級の刀がこの程度であるとしたら、勇者はどんな伝説級の武器を基準に考えているのかわからなかったのだ。


「本当です」


 とコアンが答えると、メッテイヤがフレイヤの背中から声をかけた。


「ま、青の勇者は最近は失敗続きだという。その程度の選定眼しかなかったなら当然じゃよ」

「失敗続きなんですか?」


 コアンはその情報を知らなかったため驚いた。カーライルたちならば、自分が居なくても多少苦労する程度で、大きな問題はないと思っていたのだ。

 だからこそ、積極的に彼らの情報を仕入れていなかったのである。

 メッテイヤは頷いた。


「四天王の部下と互角の戦いをしておるそうじゃ。四天王を倒した時と今の違いはコアンじゃろ。もっと自分に自信を持った方がええわい。それに、これをこの程度と言ったら、全てのドワーフを敵に回す。これからは口にせんほうがええ」

「わかりました」


 丁度そこでゴーデスがやってくる。


「紅夜叉のフレイヤともあろうお方が、ギルド内で長時間剣を抜いたままってのは困るんだよなあ」

「はっ!す、すまん」


 フレイヤはゴーデスに指摘されて、恥ずかしさから顔を真っ赤にして、急いで剣を鞘にしまった。

 結局この剣の報酬はダンジョンで入手したものの配分をおおくするということで決着した。

 ゴーデスはそんなフレイヤの横をすり抜けて、コアンの前に立つ。


「生きて帰ってくれればそれでいい。ま、お前なら大丈夫だろうけどな」

「はい」


 コアンは力強くうなずいた。そして、紅夜叉のメンバーたちと一緒にダンジョンに向かう。

 ダンジョンの入り口には冒険者ギルドの出張所があり、そこで中に入る冒険者の名前を記録していた。ここで出入りを監視することで、帰還、未帰還を把握しているのである。

 フレイヤが代表で受付を行い、コアンたちはダンジョンへと入った。

 比較的弱い魔物が出現する浅い階層で、フレイヤはコアンからもらった剣の使い勝手を確認した。そして、改めてその出来の良さに驚く。


「初めて使うのにすごく馴染むな。もう、何年も使っているような感覚が不思議だ」


 ナユタはそれを聞いてフレイヤに後ろから声をかける。


「信じられんな。何年も付き合いのある鍛冶師が作った特注品だってそこまで馴染まないだろう」


 現在は危険もそれほどないということで、フレイヤが先行しており、タンクのナユタとスカウトのジャマーも彼女の後ろを歩いていた。

 フレイヤは振り返らずにこたえる。


「それが本当だから不思議なのよ。今までの装備にお金を払っていたのが馬鹿らしくなるくらいにね」

「ドワーフとしちゃ聞き捨てならんが、まあ事実じゃからな」


 フレイヤの武器を作っていたのがドワーフの名工であることを知っていたメッテイヤはやや不満そうにしたが、実際に比較するとドワーフの名工よりもコアンの方が腕が良いので、自分の種族を無理に持ち上げることはしなかった。

 なお、この段階ではまだコアンはコントロールプランを発動していない。紅夜叉のメンバーがコアンの実力を知るのはまだ先である。

 一行は危なげなく20階まで到達。ここが紅夜叉の最高到達点であった。22階は別のパーティーが到達した記録である。

 一旦休憩をとることにしたが、フレイヤはここまで驚く程消耗が少なかったなと思い返した。


「今までと疲れが違うのだが、これも剣のおかげか」


 そう呟いた。

 フレイヤのために特別に作った剣は、彼女の体にあわせて最適化されており、今までの剣よりも疲れさせないのである。当然、フレイヤがその状態なので、タンクや魔法使いの仕事も少なく、全員がここまでこれほど簡単に到達出来たことに驚く。


「さて、ここから先は我々には未知の世界だ。コアン、期待しているぞ」

「はい」


 道中事あるごとにフレイヤに褒められていたコアンは、嬉しさを噛みしめていた。この人たちのためにもっと活躍したい。そう考えていたのである。

 そこには、自分が居なくてもこのパーティーなら問題ないという負の感情は無かった。

 休憩が終わるとコアンは気合を入れる


「では」


 そういうとコントロールプランを発動した。


【後書き】

新規プロジェクト大炎上してて、息抜きに小説書いている場合じゃなかったり。APQPの手法にのっとるって大切ですね。まあ、この負の感情こそが作品を生み出す原動力なんですけど。

 ってなろうで書いて、しばらく更新してなかったのですが、そろそろ落ち着いてきたし、再開しようかなということで

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