第6話 勧誘

 ギルドマスターであるゴーデスは自分の執務室で、絶世の美女と向き合っていた。年齢は22歳、長いつやのある赤い髪、全てのパーツの配置が完璧な顔、180cmという長身に引き締まった体と、豊かな胸。その胸は金属鎧で押さえつけても自己主張を止めていなかった。SSランクの冒険者であるフレイヤである。相棒のロングソードは室内では邪魔なので壁に立てかけてあるが、そのロングソードは剣士であるフレイヤの象徴であり、多くの冒険者の憧れでもあった。

 彼女はSランクパーティー紅夜叉のリーダーであった。

 長身の彼女が椅子に座ったゴーデスを見下ろす形になっている。

 彼女の唇が動く。


「今度、ダンジョンの25階にチャレンジしたい」


 その言葉にゴーデスは笑顔でこたえる。


「前人未踏の階層か。お前ら紅夜叉なら到達可能かもしれないな。マップが出来たなら高額で買い取らせてもらおう」


 バーミンのダンジョンは今だ最深部まで到達した者はいない。いや、到達して帰還した者はいない。記録として残っていないので、到達したかどうかはわからないのだ。

 現在22階まで到達しており、そこから先は未知の世界なのだ。そして、ダンジョンは5階層区切りでフロアボスが出現することが多い。つまり、25階が一つの区切りとなる可能性が高いため、フレイヤはそこを目標としたのだ。

 ゴーデスは続ける。


「まあ、それは俺に伝えなくてもいい話だが、わざわざ伝えたということは何か目的があるんだろう?」

「流石はギルドマスターだ。察しがいい」

「褒めても何も出ないぞ」

「いや、出してもらいたな」

「何をだ?」


 ゴーデスの質問にフレイヤは宿の厨房の方向を指さした。


「いるじゃないか、とびっきりの逸材が。新人の指導だけにしか使わないというのは勿体無い。私たちの探索に同行してもらいたいのだが」


 フレイヤはコアンを貸せと言ってきた。

 ゴーデスはそれに難色を示す。


「あいつは強いやつと組むのが嫌なんだよなあ」

「それは以前の勇者パーティーのメンバーだったことと関係しているのか?」

「良く調べたな」

「まあな。自分たちの命にかかわることだ。同行させたい者の素性は調べるだろう」


 ゴーデスはコアンの過去を特に知らせていなかったが、フレイヤは自身の資金を使ってそれを調べていた。

 ゴーデスはフレイヤの話を聞いて頭の後ろで手を組んで、椅子の背もたれに体重をかける。


「ま、本人の意向を確認してだな」

「私が自ら説得しよう」

「その方が早いか。自己評価が低すぎるから、紅夜叉と一緒に探索して、自信を持ってくれたらいいんだけどな」


 ゴーデスの口ぶりにフレイヤは意地悪く笑う。


「随分と期待しているのだな」

「そらそうよ。あいつならダンジョンコアまで到達できるだろう。俺が現役だったら何としてでも誘っているだろうな。お前さんみたいに」

「ギフトの能力が本物なら、引退した冒険者でも現役当時以上に動けるのではないか?」

「今の仕事を投げ出せるほど無責任じゃねーぞ」


 ゴーデスがそう言うと、フレイヤはわかっていると言って笑った。


「ま、あんまり無理に勧誘して、あいつがここを去るようなことになるのだけは止めてくれ」

「その辺は心得ているつもりだ」


 フレイヤはゴーデスと別れてコアンのところに行く。コアンはいつも通り厨房で働いていた。時刻は昼飯時を過ぎて、食堂で新たに注文をする客はいなくなっていた。

 パミナは客のいないテーブルで賄いを食べていた。そこにフレイヤがやって来たので、食べるのを一旦中止してそちらを見る。パミナもギルドの職員なので、当然フレイヤの顔は知っていた。


「注文かい?」

「うむ。コアンを頼む」

「メニューには載ってないけど、どういった用件だい?」

「ギルドマスターとは話がついている。彼の力を借りたいのだが、その確認だ」


 ゴーデスの許可をとっているなら、ということでパミナは厨房に入りコアンを呼ぶ。


「コアン、お客さんだよ」


 皿を洗っていたコアンは顔をあげた。


「お客?」

「ギルドマスターの許可があるってさ」

「なんだろう?」


 コアンは全く心当たりがないので、少しばかり不安になった。

 そんなコアンの背中をパミナがバンと叩く。


「引き抜きだったら断っておくれよ。コアンの料理を食べられなくなると悲しいからね」

「う、うん」


 コアンは引き抜かれるような理由もわからないなと考えながら、フレイヤのところに向かう。パミナはコアンの少し後ろをついていく。

 フレイヤはコアンを引き抜くつもりはないので、それは杞憂であった。ただ、一緒に探索をして信頼を得ればそれは現実のものとなるのだが。

 コアンが見たフレイヤの第一印象は綺麗なひとだなというものであった。おおかたの男性が抱く第一印象と全く同じである。


「僕にどんな御用でしょうか?」

「単刀直入に言おう。私たちと一緒にダンジョンの25階を目指してほしい。君の新人の引率という仕事を見て、是非ともと思ったのだ」

「僕がですか」


 ここでもやはりコアンの自信のなさが出た。

 パミナは後ろからコアンに声をかける。


「すごいじゃないか。紅夜叉のリーダーのフレイヤから直々に誘われるなんて」

「紅夜叉?」


 冒険者の事情に疎いコアンは、紅夜叉と聞いてもピンとこなかった。

 その様子にフレイヤは苦笑いをする。


「名前が売れているというのは自惚れだったようだな」

「ごめんなさい。そういうの知らなくて」


 コアンは咄嗟に謝った。


「いや、いい。私たちに興味がない者にとっては路傍の石と変わらぬものだと理解した。自惚れぬように自戒の意味でだぞ。でだ、もう一度お願いするが、一緒に探索してもらえぬだろうか」

「理由をうかがってもいいですか?」

「勿論だとも。私たちのパーティーはSランクで、メンバーも皆Sランク以上の実力者だ。しかし、過去に同じようなSランクのパーティーが挑んでも、帰還できなかったのが23階なのだよ。25階にはおそらくフロアボスがいると思うが、我々としては是非ともそれを討伐したいのだ。そこで、君のギフトだ。それが我々に加われば25階に到達して、帰還することが確実なものとなるだろう」


 フレイヤの話を聞いてコアンは不安をあらわにする。


「そこを目指せる冒険者なら、僕なんか必要ないんじゃないですか?」


 コアンはカーライルに捨てられた時のように、自分のスキルがいらないと言われる予感がしたのである。


「それは違うな。自分たちの実力を客観的に見ると、今のままでは無事に帰還できる可能性は良くて五割といったところだろうな。それも、逃げ帰るという選択肢を選んでだ。まあ、その確率を恐れていたら冒険者など出来ぬがね」

「僕は、昔勇者パーティーにいました。そこでは勇者と剣聖がいて、出てくる敵をあっという間に倒してしまったんです。強い人には僕なんか必要なかったんです。今みたいに新人の引率くらいがちょうどいいと思っています」


 フレイヤはコアンの過去を聞いて、やはりそのことが尾を引いているのかと内心ため息をついた。


「私たちは弱い」

「え?でもSランクですよね」

「そうだ。しかし、ダンジョンの魔物たちと比べたら弱いのだよ。魔王と戦うような勇者とは比べようもないくらいに弱いのだ。魔王どころかドラゴンと戦っても勝てないだろうな。だからこそ、君の力が必要なんだ」


 必要と言われたことがコアンの心に突き刺さる。

 先ほどまでの拒絶から、態度が変わった。


「本当に、僕なんかの力が必要なんですか?」

「当然だ。頼む」


 フレイヤは腰を90度に曲げて頭を下げた。それが決め手となり、コアンは一緒に探索することを決めた。


「わかりました」

「ありがとう」


 フレイヤは頭をあげるとコアンと握手する。

 パミナは笑いながら


「これでしばらくはコアンの料理が食べられなくなるねえ」


 と言った。

 同行すると決まってから、コアンが改めてフレイヤを見ると、彼女の持っているロングソードが目に留まった。


「その剣を見せてもらえますか?」

「構わんが」


 フレイヤはコアンの意図がわからず、何をするのかと思いながらもロングソードを手渡す。

 コアンは受け取ったロングソードを鞘から抜いて、その出来を確認した。


「僕に、貴方の剣を作らせてもらえませんか?」

「構わんが、これはドワーフの名工に特注で作らせた業物だぞ」

「ええ。ですが、僕ならもっと良いものが作れます」

「本当か?いや、先ほど君の力が必要と言ったばかりなのに疑うのは良くないな。お願いしよう。しかし、出発は明後日だが」

「今からやれば間に合いますよ」

「では、よろしく頼む」

「はい。っていうわけで、パミナさんギルドマスターに報告しておいてもらえますか?」

「はいよ。報酬は帰って来てから私だけの特別メニューで手を打つよ」


 パミナは笑顔で引き受けた。

 そこから、コアンは直ぐにベンの工房へと足を運ぶ。


「ベン、工房を借りるよ」

「どうしたんじゃ?」

「ダンジョンの25階を目指すことになったんだ。紅夜叉と一緒にね」


 紅夜叉の名前を聞いてベンは驚いた。


「紅夜叉って言えば、バーミンで一番のパーティーじゃな。そこと一緒にか」

「そう。それで、フレイヤっていう人のロングソードを作ることにしたんだ」

「フレイヤのか」

「知っているの?」

「勿論じゃよ。彼女ならば師匠の作った剣を使いこなせるじゃろうな」

「そんなわけで、手伝ってもらえるかな」

「師匠の技を間近で見られるんだから、断る理由がないわい」


 二人で作ることになり、ベンはコアンのコントロールプランの影響を受けた作業を出来るようになった。

 なのでベンはウキウキである。


「ほお、こういった動きをすればいいんじゃな」

「口でうまく教えられなくてごめんね」

「謝る必要なんかないわい。ドワーフだってみんな見て覚えろって言うだけじゃからな」


 職人は基本的に口が上手くない。なので、教えるときは自分の仕事を見せるだけだ。

 コアンのように動き方を体験させてくれるなんていうのは極上の環境なのだ。

 こうして二人でフレイヤのロングソードを当日までに作り上げた。



【後書き】

まあ、コントロールプランが間違っていることもあるので、コントロールプラン通りに作業出来たとしても、それが完璧かというと。そして、間違ったコントロールプランを作った奴は必ず深爪になる呪いをかけたい。

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