第5話 新人
コアンは新人の冒険者たちと一緒にダンジョンに来ていた。
新人は剣士のケン、レンジャーのユミ、スカウトのシーファである。ケンが男で他の二人は女であった。三人ともバーミンの生まれで幼馴染である。
幼いころから冒険者を見て育ったため、彼らに憧れて自分たちも冒険者になったのだった。
彼らの記念すべき第一歩が躓かないようにと、冒険者ギルドがコアンを手配したのである。
ケンが二人にこっそり耳打ちする。
「俺たちだけで十分なのにな」
「そういうこと言わないの」
ユミがケンを注意する。彼女はコアンがギルドが自分たちを監視するために同行させていると考えており、不用意な発言で何らかの減点があると思っていたのだ。
実際にはそんなことはなく、単に初めての仕事で危ないことはどういう時に起きるのかを、安全に学んでもらいたいというだけである。
ダンジョンはダンジョンコアというものが中心となって出来ており、ダンジョンコアの生み出す魔物を倒して、その魔石を回収するのが冒険者の目的である。ダンジョンコアは人の命を糧にしているので、魔石は花でいえば蜜であり、冒険者はその蜜に寄って来る虫である。なので、入り口付近では弱い魔物を出現させて、稼げるというのを見せてから、奥に引き込んで強い魔物で命を奪うのだ。
ただし、時には有能な冒険者によってダンジョンコアまで到達され、破壊されてダンジョンコアの魔石を持ち帰られてしまうこともある。ごくまれではあるが、過去にはそうしたこともあったのだ。
ケンとユミはおしゃべりしているが、スカウトのシーファは先行して、ダンジョンの様子を探っていた。そして、魔物を発見する。
「ゴブリンが三匹」
シーファが後ろの二人に声をかけた。
コアンがそのことを注意する。
「折角相手が気づく前に、こちらが気づいたのにそんなに大きな声を出したら、相手に気づかれちゃうよ」
「そうか」
シーファは注意されて理解した。ゴブリンがシーファの声でこちらを認識したのである。
ケンは剣を抜いた。
「ゴブリンくらい、何匹来ようが」
そう言ってゴブリンに斬りかかる。
三対一と数的不利な状況であり、ケンの実力はゴブリンと大差ないため次第に押されていき、ついにはゴブリンの振るう棍棒がケンの左腕に当たった。
「痛っ……くない?」
ケンは襲ってくるであろう痛みを予測して痛いと叫びかけたが、実際に当たった棍棒は痛くなかったので、頭にはてなマークが浮かんだ。
それはダンジョンのゴブリンが特殊なわけではなく、コアンのスキルによるものであった。
スキル【P-FMEA】。これはProcess Failure Modes and Effects Analysisの頭文字からとった略語であり、日本語で言えば故障モード影響解析となる。APQPにおけるリスク評価システムであり、棍棒による攻撃をくらうという故障モードに対して、故障の影響は怪我をするとなる。
そして、そのリスクを影響の厳しさ・頻度・検出可能性という3つの指標で評価し、それらを掛けあわせたRPN(Risk Priority Number、危険優先指数)でリスクの高いものから対策を実施する。
今回コアンは厳しさの数値を一番安全なものにしたため、スキルの影響下にある四人は、相手の攻撃をくらってもダメージを受けないのである。
「一人で飛び出さない。それに、ケンが相手と乱戦になったら、ユミが援護しにくいでしょ」
「あっ、そうか」
コアンの指摘にケンは頷いた。実際、ユミは自分が矢を放てばケンに当たる可能性もあるからと、援護射撃を躊躇していたのだ。
そこまで説明したとこでコアンは自分のショートソードでゴブリンを始末した。
「下手したら死んでいたかもしれないんだ。これからはもっと慎重にね」
「はい」
三人は真剣な顔で返事をする。
その後は危なげなく進んだが、そろそろ帰ろうかというところで、ガラの悪い中年男性の冒険者三人が絡んできた。
「お前ら新人冒険者だろう?」
そう訊ねられると、ケンが頷いた。
「そうだ」
「ここいら辺りは俺たちの縄張りだ。稼いだ魔石の五割を貰おうか」
男は手のひらを上にして、魔石を要求した。
「そんな話聞いてないぞ」
「そりゃギルドの教育不足だな」
そう言ってすごむと、ケンは泣きそうな顔でコアンを見た。
コアンはケンをかばうように前に出る。
その様子に相手はカチンときた。
「文句あんのか?」
「はい。冒険者ギルドの教育不足ではありません。あなた達のやっていることは強請です。随分と手馴れた様子なので、今日が初めてというわけでもないでしょう」
「だったら?」
そう言うと三人が腰の剣を抜いた。
「抵抗しなければ痛い思いをさせません。一緒に冒険者ギルドまで来てもらいましょうか」
「なめた口を!お前ら新人がDランクの俺たちにかなうと思うなよ!」
三人が一斉にコアンに襲い掛かる。
しかし、コアンのコントロールプランの前では、その攻撃もむなしく空を斬る。コアンは危なげなく三人の初撃を躱して、すぐに反撃に移った。相手の武器を持つ腕を斬り、次いで逃げられないように足にショートソードを突き立てた。
「ぎゃあああ」
「痛てええええ」
「この野郎」
三者三様の言葉を口にするが、既にコアンたちをどうにか出来るような状態ではなかった。
結局降参して、止血したのちに縄で縛られ、連行されることとなった。
「すげえ」
縄で冒険者を縛っているコアンの背中からケンが声をかける。
「俺もあんな動きが出来るようになってみたい」
「そうだね。一回動けば感覚がつかめるかもしれないね。次に魔物が出てきたら、同じように動けるようにしてあげるよ」
「そんなことが出来るのか?」
「まあね」
その後、戻る途中でゴブリンと遭遇し、コアンのコントロールプランの支援を受けたケンが歓喜の声をあげた。
「すげえ!これが!」
「そんなにすごいの?じゃあ、次は私も」
ユミも完璧な動作に興味を持ち、次の遭遇でコアンの支援を受ける。
「これはやばいわ」
ユミもそういうのでシーファもやってみたくなり、結局三人がコントロールプランの支援を受けて、完璧な動作を経験する。
そして、冒険者ギルドに無事帰還した。
レイラはコアン達が連れてきた三人を見て不思議そうな顔をした。
「その縄で縛られた三人はなんですか?」
「魔石を脅し取ろうとしてきたから捕まえた。手馴れた感じだったから初めてっていうわけじゃないと思うよ」
「あー、それはギルド長を呼んでこないとですね」
レイラがゴーデスを呼びに行き、しばらくして二人で戻ってきた。
ギルド長に三人を引き渡すと、コアンはケンたち三人に別れを告げる。
「じゃあ、僕はここで」
「え、報酬の分割がまだなんだけど」
「僕は仕事で同行しただけだからいらないよ」
コアンの返答に三人は困った顔でレイラを見ると、レイラはにっこりとほほ笑んだ。
冒険者ギルドとしても了承済みということである。
「初めての冒険ということでギルドとしてもサポートいたしましたが、今後は自分たちだけで乗り越えていかなければなりません」
レイラに言われて三人は真剣な面持ちで頷く。
同じころ、カーライルたちは魔王軍に所属するワータイガーの集団と戦い、何とか勝利したものの傷を負ってボロボロになりながら、王都を目指して帰っていた。
その行く手に盗賊団が立ちはだかる。
「冒険者か。高そうな装備をしちゃいるがボロボロじゃねえか。その装備俺たちがいただくぜ。ついでに女もな」
盗賊団の首領がそう言うと、部下たちが下卑た笑いを見せた。盗賊団はカーライルが勇者であることを知らない。単に高価な装備を持った冒険者であるとしか見ていなかった。
その態度にカーライルの今までの鬱憤が爆発する。
「ゴミどもが。切り刻んで本当のゴミにしてくれる」
「けっ!そんな体で何が出来るっていうんだ」
首領はカーライルを馬鹿にしたが、彼は傷ついていようとも勇者である。
剣を抜くと、大声を出した。
「ゴミがあああ!!!」
気合一閃、首領をはじめとして先頭にいた盗賊たちは、上半身と下半身が泣き別れになる。
「頭がやられた」
「なんだこいつ、つえええ」
生き残った盗賊たちは自分たちが襲おうとした冒険者が、とんでもない実力者であることに気づき、我先にと逃げようとする。
カーライルはそんな背中を向けた相手を容赦なく斬る。
すぐに辺り一面血の海となり、その中心にカーライルがひとり立っていた。鼻をつく血のにおいを気にせず、自分が斬り殺した盗賊たちの躯を眺めていた。
「なんだ、人を斬るのも魔物を斬るのと変わらないな」
ポツンとそう口にすると、フフフと笑った。
それを見たニーナはカーライルに恐怖を覚えた。幼いころから見てきた彼の中で何かが壊れたように感じたからである。
が、そう感じたのはニーナだけであり、ラーリット、アン、ズーはそうではなかった。
「行くぞ」
カーライルはそう言うと、王都に向かって歩き始めた。
王都に帰還すると、インタクトの監視役の役人が待ち構えていた。彼は太った中年男性であり、来ている服のシワは横に走っており、今にもはち切れそうであった。そんな彼が今回もボロボロで帰還したカーライルたちに厳しい言葉をぶつける。
「また傷を負いましたか。そろそろインタクトという名前を変えたほうがいいんじゃないですかね」
ニーナはその言葉を甘んじて受け止めた。が、カーライルはそうではなかった。目にもとまらぬ速さで剣を抜くと、役人の右の眉毛を斬った。斬ったのは眉毛にとどまらず、その生え際の皮膚もうっすらと切り取っていた。
「ぎゃああああああああ」
役人は大声で叫ぶ。
死ぬような傷ではないが、剣で斬られた時の熱で驚いて叫び声をあげたのだった。刃物で切られるととても熱いのである。その熱さは痛みよりも早く脳に伝わるため、役人は熱に驚いたというわけだ。
カーライルは傷口を手で押さえる役人を睨みつけた。
「俺たちは命がけで魔王軍と戦っている。馬鹿にするやつは赦さない」
「は、はいぃぃぃぃ」
役人は返事をしながら失禁した。
それほどまでにカーライルが怖かったのである。この日を境にカーライルたちのパーティーは腫れ物扱いとなった。今までの任務失敗の連続で信用は地に堕ちていたが、その失敗の陰口すら言いにくい雰囲気となったのである。
そんな状況に於いて、ラーリットはひとり自分の部屋で呟く。
「少し予定していた未来とは違うわね。まあいいわ。あの女を追い出す予定に変わりはない。カーライルを私になびかせてみせるわ」
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