第4話 弟子
昼時を過ぎて暇になった冒険者ギルドの食堂では、給仕のパミナがコアンの作った賄いを食べていた。パミナは30歳くらいの外見で、肉付きの良い体形だった。人妻であるのだが、冒険者の男たちからの人気は絶大で、酔った冒険者に料理を運んでいる最中によくお尻を触られていた。そんな時は、パミナのビンタが冒険者の頬に見舞われるというのがお決まりのパターンとなっている。
「コアンの作る料理は美味しいね。毎日うちに来て作ってもらいたいくらいだよ」
「ありがとうございます。褒められると嬉しいですね」
コアンの料理は完璧である。それはスキルによるものであるから当然だ。しかし、勇者パーティーにいた時は感謝や褒める言葉が出ることは無かった。勇者たちはコアンが料理をつくるのは当たり前だと思っていたからである。
ただし、それは仕事だからとコアンもわかっており、逆に勇者がモンスターを倒したとしても、コアンがありがとうとか、剣裁きを揉めることを言わないことでバランスが取れていた。
ここでも給料をもらって仕事で料理を作っているので、パミナに褒められるのが意外だったのである。しかし、褒められて悪い気はしない。パミナだけではなく、他の冒険者からもコアンの料理は美味いといわれて、仕事にやりがいを感じていた。
コアンも自分の賄いをつくって食べようとしたとき、受付嬢のレイラがやって来た。
「コアン、明日新人冒険者の引率をお願いしたいってマスターが言ってるんだけど」
「わかりました」
ゴーデスがコアンに与えたのは、コックの仕事だけではなかった。新人の冒険者の引率の仕事も与えていた。冒険者ギルドで簡単な講習は行っているが、講習だけでは不十分であり、新人が最初の仕事で安全に帰ってこられるように、コアンに引率をさせることにしたのである。
今回が最初の引率となる。
「準備があるなら今日はあがっていいって」
「それじゃああがらせてもらいます。それで、自分用の武器を作りたいんですけど、どこか工房で道具を貸してくれるところありますかね?」
「何をするつもり?」
「自分用の剣を作ろうかと」
「そんな人今までいなかったからわからないけど、ギルドと取引があるのはドワーフのベンね。彼はこの町に工房を持っているの。ギルドの紹介だって言えば、話を聞いてくれるかもしれないわ」
コアンはレイラからベンの工房の場所を聞き、そこを訪ねることにした。急いで賄いを口に詰め込む様をみて、パミナが
「片付けはやっておくよ」
と言ってくれた。
コアンは食堂を出るとレイラに聞いた場所へと向かう。午後のバーミンは快晴で、あちこちで商人たちが威勢よく口上を述べていた。冒険者たちはまだ町には帰ってきておらず、そうした風貌の者は殆どいない。
そんな光景を見ながらコアンは歩いていった。
目的の工房に到着し、その中に入るとドワーフがいた。
「こんにちは」
「客か?にしては腕が細くて、冒険者には見えんが」
「冒険者ギルドからの紹介で来たんですけど」
「何の用だ?」
「工房を借りて自分用の剣を作りたいんですけど」
コアンの言葉にベンは露骨に不機嫌になった。
「わしの作品を買うのではなくか?」
コアンが自分の作品を買うのではなく、作るために場所と道具を貸せと言ったのが、ベンの自尊心を激しく傷つけたのである。
「ギルドも何を考えているんだ。ワシの腕が信じられんというのか」
「いや、そう言うわけではなく、僕は今まで仲間の武器や自分の包丁を作ってきました。自分で使う物は自分で作るのがしっくりくるんです」
「一応は経験者というわけか。しかし若すぎる。その若さで何が出来るというんじゃ」
ベンはコアンを値踏みする。ドワーフの寿命は人間よりも長い。そんな彼からしたら、コアンはやっとハイハイを卒業したような子供にしか見えなかったのだ。そんなコアンが今まで作ってきたという道具は、自分が作るのよりもはるかに劣るだろうと思えた。
が、見てからけなしてやろうかという気持ちが芽生えた。
「いいじゃろう。ただし、わしが後ろで見学するが、かまわんよな」
「勿論ですよ」
ベンが許可したことで、コアンは早速鍛冶に取り掛かった。
慣れた手つきで鋼を熱し始める。
それから水が流れるような動作で作業を進めていく。水が流れるといっても河川で岩に当たって渦を巻くようなことはなく、立て板にかけた水が地面に流れ落ちるような、目標に向かって直線で無駄なく進む流れであった。
これには後ろで見ていたベンも驚くしかなかった。
「どこぞのドワーフに弟子入りでもしておったか?」
「いえ、我流ですよ」
「馬鹿な。師もおらんで、ここまでの技術が身につくものか」
「それが事実ですから」
ベンはコアンが嘘を言っているようには見えなかったが、洗練されたその作業が我流で身につくというのはどうしても信じられなかった。
その後も会話をしながら作業は進む。
そして、ショートソードが完成した。
「無駄がないからこんな短時間で完成したようじゃな」
そう言ってベンはショートソードの出来栄えを確認すべく、コアンから受け取りじっくりと観察した。
「まさかこれほどとはな。伝説のドワーフキングが作ったと言っても疑う者はおらんじゃろう。わしを弟子入りさせてくれんか」
「冗談?」
「本気じゃよ」
ベンの真剣な眼差しにコアンは困る。コアン自身はスキルの恩恵があるからこそ、ここまでの品質で作ることが出来るが、それを他人に教えるとなるとどうしてよいのかわからないのだ。
少し悩んで正直にスキルのことを伝えることにした。APQPの精霊も、世の中に広めてほしいと言っていたし、そうした方がいいだろうと考えたのだ。
「僕のギフトは工程設定者っていって、作業をする工程を設定することが出来るんだ。だから、鍛冶でも料理でも自分の作業は完璧なんだ。それを他人に教えるのは難しいけど、完璧な作業を見て覚えてもらうっていうのでいいなら」
「勿論じゃよ。わしらはみなそうやって覚えてきたんじゃ」
こうしてベンがコアンの提示した条件を承知したため師弟関係となった。
「明日の引率の準備はこれでいいか」
コアンは鞘と柄をつけたショートソードの出来に満足していた。
同じころ、カーライルとニーナは王都の鍛冶屋にいた。自分たちの剣が今までのものと比べて切れ味が悪いからである。コアンを追放してから初めてコアン以外が作った剣を握ったのだが、その切れ味に不満があったのだ。
いや、切れ味だけではなく、手に持った時の感覚にも違和感があった。それに、振る時の重心も今までとは違って、ぶれるのである。一言で言えば扱いづらいということである。
「もっとましな奴はないのか?こんな安物みたいな出来の悪いのじゃなくて」
カーライルは主に強い口調で文句を言った。
ドワーフの主はカーライルの言い方にカチンときた。
「自分の腕の悪さを道具のせいにするな。ここは王都で一番、いや国で一番の品質じゃ。王家からの注文も受けておるわい」
主の言うことは本当であり、王都で一番腕の良い鍛冶師であった。
ただし、コアンが居なくなってからという条件が付く。しかも、コアンが作った剣はカーライルとニーナの体に合わせた特注品である。それと比較すれば、どんな名工が作った剣も見劣りするというものだ。
が、カーライルはコアンを見下しており、今まで使っていた剣が特別なものであるという認識はなかったのだ。
ニーナもカーライルほど強くは無いが、自分の感じた扱いづらさを話す。
「剣の重心がわずかですが中心からずれているんです。今まで使っていたものはそのずれが無かったので、その感覚で剣を振るとわずかですが狙いがずれます。そのずれが狙った相手の急所をわずかに外れて、殺すことが出来ずに反撃を受けるんです」
「重心が中心からずれないなんて、それは伝説のドワーフキングが作った武器か?」
「いいえ。私たちの仲間だった荷物運びが、空いた時間に作ったものです」
「馬鹿を言うな!そんなものがあるなら見せてみろ」
主は冗談を言われていると思って怒りが爆発した。
が、ニーナが持っていた使い古した剣を渡され、それを見ると認識が変わった。
「これを荷物運びが?それはドワーフか?」
「いいえ、人間よ」
「これを人間が作ったというのが信じられん。使い古されて刃こぼれも見えるが、出来の良さは伝わってくる。これと同じものを求めるなら、その本人に依頼すればよいじゃろ」
主の言葉を聞いたカーライルは馬鹿にした態度になる。
「はん。あの無能が作った剣が素晴らしいだって。腕どころか目も悪いみたいだな。行くぞ。他の店で武器を探す」
主に侮蔑の視線をぶつけてから踵を返す。
ニーナは主に深く頭を下げてから、カーライルの後を追いかけた。結局店を変えても納得のいく剣に出会うことは出来ず、さらに、カーライルが行く先々で喧嘩してしまったため、安くて質の悪い剣を使う羽目になったのだった。
結局、勇者と剣聖の火力が武器のせいで本来の威力を発揮しないので、魔王軍四天王の副官であるワーウルフに敗北し、命からがら王都に逃げ帰ってくることになったのだった。
【後書き】
APQPに則って開発したはずの製品で、どういうわけか色々と問題が出るので、精霊にチートなスキルを付与してもらいたい。そんな願いを込めた作品です。開発ルールを守れってうるさく言うと社内的に追放されます。ざまあしたいところですが、炎上してから呼び戻されるので、世の中ままなりませんね。絶対に追放した勇者には不幸になってもらいたい。あ、勇者のモデルは作者の嫌いなあいつです
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