第2話 辺境へ

 無職となったコアンは、ひとまず辺境の町を目指すことにした。

 といっても路銀がないので、先ずは冒険者ギルドに行って冒険者として登録をした。勇者パーティーと冒険者パーティーは互換性がなく、冒険者として登録する必要があった。

 勿論勇者パーティーでの経験などは考慮されないため、最低ランクのFランクであった。

 冒険者のランクは上から


SSS

SS

S

A

B

C

D

E

F


 となっている。昇格試験があり、それに合格しないと上のランクに昇格できない。

 コアンが冒険者登録をしに来たのを見て、冒険者ギルドの受付嬢は鼻で笑う。コアンが勇者パーティーの雑用係であることは、王都の冒険者ギルド関係者であれば、冒険者や職員はおろか、素材の引き取り業者でも知っていた。

 勇者と同郷というだけでパーティーに加わっている男、という悪い方の認識である。


「冒険者として登録したいんですけど」

「勇者パーティーの方は登録を出来ませんが」

「解雇されて、今は勇者パーティーのメンバーじゃないので」


 それを聞いて受付嬢も、そこに居合わせた冒険者たちも一斉に笑い出した。


「聞いたかよ。ついに雑用係がクビになったってよ」


 中年の男の冒険者がコアンを指さして笑う。


「当然だろ!」


 と返す者がいた。

 大爆笑の渦となると、最初に指さして笑った冒険者がコアンに近づいてきた。呼気からはアルコール臭が漏れており、酔った勢いで調子に乗っているのがわかる。


「俺が先輩冒険者として戦い方を教えてやるぜ」


 そう言って、腰に佩いていた太刀を抜いた。

 丁度その時、冒険者ギルドに一組のパーティーが入ってくる。

 そのパーティーのリーダー、ベテラン冒険者であると一目でわかる、いくつもの古傷を体につけた男が不機嫌そうにこの状況を批判した。


「王都の冒険者ギルドじゃ、ギルド内で刃物を抜くのは問題ないのか?」


 批判された方の冒険者はいいところを邪魔されたことに腹を立てる。そして、コアンからターゲットをベテラン冒険者に変更した。


「なんだてめえ。見ねえ面だな」

「今ちょうど王都までの護衛の仕事が終わって、報酬を受け取りに来たところだ」

「そのすました面が気に入らねえんだよ!」


 そう言って斬りかかる。

 本来であればそれがどれだけ大問題であるかわかっているのだが、酒に負けて判断力が低下していることで、そうしてしまったのだ。 

 酒に酔っているせいで、攻撃も普段よりは遅くなっているのだが、それがなくともベテラン冒険者との力量の差は圧倒的であった。

 ベテラン冒険者は攻撃されるのを確認してからだったが、剣を抜いて襲ってきた冒険者の腕を斬り落とした。

 ゴトリ、と床に落ちた腕が音を立てた。

 少し遅れて男が叫び声をあげる。


「ぎゃああああああああああああ、俺の腕があああああああああああ」


 その叫び声を無視して、ベテラン冒険者は受付嬢の方を見た。


「相手が襲ってきたから、やむを得ず剣を抜いた。それで間違いないよな」

「は、はい…………」


 受付嬢は青ざめた顔で頷く。

 危ないところを助けてもらったコアンは、ベテラン冒険者に頭を下げた。


「ありがとうございます」

「いや、いい。ところでどうして絡まれていたんだ?」

「それは、僕が実力もないのに勇者パーティーにいたからですかね」

「勇者パーティーにいただと」


 ベテラン冒険者は驚きの表情を見せた。


「あ、僕コアンっていいます」

「ああ、それなら聞いたことがある。勇者と同郷で荷物運びながら、パーティーのメンバーになっているのがいるって」

「それが僕ですね」


 ベテラン冒険者はコアンが噂の勇者パーティーの荷物運びだとしると、興味深くジロジロと眺めた。

 それをパーティーメンバーである、ハーフエルフの女性がとがめた。


「ドット、やり過ぎよ」

「酔った人間が刃物を持って向かってきたんだぞ。相手が手加減出来る状態じゃないんだから、こちらとしても、手加減をするべきじゃないだろ」


 ドットはむすっとした表情で言い返した。


「おっと、名乗っていなかったな。俺はドット。青いバラっていうパーティーのリーダーをやっている。こっちはハーフエルフのアリエッタ」


 そうして次々とメンバーの紹介をしていった。メンバーは全部で6人。剣士のドット、魔法剣士のアリエッタ、ドワーフの男性、戦士のドーン、人間の男性、魔法使いのブラハム、人間の女性、大地の神の神官キャロル、人間の男性、スカウトのチャックの6人である。彼らは全員がBランクの冒険者であり、パーティーもBランクと認定されていた。


「それで、事情があるんだろうけど、冒険者になってどうするつもりだったんだ?」

「西のはずれの町、バーミンに行こうかとおもいまして。今、お金が無いから稼ぎながら移動していこうかと」


 コアンの言葉にドットの顔に驚きが現れる。


「俺たちも丁度、バーミンを目指そうと思っていたんだ。あそこにはダンジョンがあるからな」


 ダンジョンとは世界各地に突如として現れる迷宮であった。その中にはダンジョンコアがあり、それが魔物を生み出していた。魔物を倒せば魔石が手に入り、冒険者の懐は潤うが、命の危険もある。

 ダンジョンコアの栄養は人の魂であり、魔石という餌で人を引き寄せては、自分の糧としているのである。

 そして、そのダンジョンがバーミンの近郊にあった。なので、バーミンには腕自慢や一攫千金を狙う冒険者が集まるようになっていた。

 バーミンと聞いてアリエッタの顔が険しくなる。


「Fランクでバーミンに行ってどうしようと思っているの?ソロでダンジョン攻略なんて出来ないわよ」

「いや、向こうで冒険者相手の商売をしようと思いましてね。僕は生まれてから王都で育ったので、王都しか知らないんですけど、ここでは顔が知られ過ぎていて商売しづらいですから。冒険者はあくまでも路銀を稼ぐためのものです」


 コアンはカーライルとニーナと一緒に、赤子のころに王都にやってきたので、親の顔を知らない。帰るべき故郷として生まれた村は選択肢になかった。

 なので、そこと王都以外となるのだが、魔王軍との戦いの中で、他の冒険者からバーミンの話を聞いていたのである。そこに行けば何かしらの仕事があるのではないかと思っていた。


「何が出来る?」

「荷物持ちと武器の修理。それに料理なら」

「料理がうまいのは歓迎だ。なにせこのパーティーじゃ、まともな料理が出来るのがいないからな」

「一番下手なドットが言うことじゃないわね」


 アリエッタは呆れた顔でドットを見た。ばつの悪くなったドットは、アリエッタを無視してコアンに訊ねる。


「ま、そういうわけだ。西に向かう商人の護衛をしながらになるし、たいした報酬も出せないが、一緒に来るか?」

「お願いします」


 コアンは即答した。


 商人の護衛をしながら西に向かう旅は、順調に進んだ。

 しかし、両側を森に囲まれた道にさしかかったところで、魔王軍のモンスターと出くわす。ドットがすぐに指示を出した。


「護衛対象を後ろに!敵はゴブリンとホブゴブリンの混成だ。他にも隠れているやつがいるかもしれないから、周囲への警戒を怠るなよ」


 ゴブリンはFランクだと危険があるがBランクなら脅威ではない。ホブゴブリンもCランクなら危なげなく倒すことが出来る。そして、ゴブリンを倒しきり、残りはホブゴブリンだけという時に、ホブゴブリンが大声をあげた。


「仲間を呼んだか」


 ドットがそう言って周囲を見渡す。すると、森の奥から鬼のようなモンスターが複数出てくる。

 アリエッタが舌打ちした。


「まさかオーガがいるなんてね」

「魔王軍の送り込んだ特殊部隊ってところか」


 ドットはひとまずホブゴブリンを屠ると、オーガに対して剣を構える。

 オーガはBランクのパーティーで戦って対等という強敵であった。それが見えているだけで3体。かなり苦戦するか、敗北の可能性もある状況だ。

 ドットたちは商人を逃がすかどうか考える。そうしているうちに、さらに一回り大きなオーガが出現した。

 その大きなオーガがしゃべる。


「ゴブリンどもでは人の相手はできぬか」


オーガがしゃべったことにドットたちが驚く。通常モンスターは人の言葉をしゃべらない。それが出来るということは、高い知性を持っているということであり、通常のモンスターよりもはるかに強敵であるということだからだ。


「オーガがしゃべった」

「体もひとまわり大きいし、オーガジェネラルか?」


 オーガジェネラルとは、オーガの変異種、上位種である。Aランクパーティーでやっと相手になるレベルなのだ。


「まずいな。逃げきれるかどうかだな」


 ドットは周囲を見回して、退路をどう確保するか悩む。少なくとも、自分はここで時間を稼がねば全滅だが、はたしてオーガジェネラル相手にどれだけ時間が稼げるか疑問であった。

 そのように、青いバラの面々が絶望に打ちひしがれている中、コアンはいたって普通に構えていた。


「オーガジェネラル程度なら、恐れるほどでもないでしょう」


 あっけらかんというコアンに対し、ドットは大声を出した。


「俺たちは勇者パーティーじゃないんだぞ!」

「いや、勇者パーティーでなくとも大丈夫です」


 そのやり取りを聞いていたオーガジェネラルが笑う。


「そこの若造は俺の実力がわからないようだな。この街道を分断して、人間の国家の情報物流を遮断するために選ばれた、特殊なオーガだということを」

「そう?じゃあ試してみようか」


 オーガジェネラルの言葉にも動ぜず、コアンはスキルを使う。


【プロセスフロー】


 コアンのスキル、プロセスフローは戦闘で勝利するためのプロセスをフローにしたものである。


【コントロールプラン】


 次にコアンが使ったのはコントロールプランのスキルである。コントロールプランはプロセスフローにしたがって、各プロセスを管理するための計画である。

 これにより、8工程での管理すべき項目が決定した。


「8工程でこちらの勝利です。僕の言う通りに動いてください」

「8工程だって?馬鹿な。それに俺の持っている剣じゃ、あの分厚い筋肉は切れないぞ」

「ドットさん、僕の包丁を貸します。とどめはこれで」


 コアンは荷物袋から包丁を取り出した。刃渡り250mmの包丁を渡されて、ドットは不安になった。


「これでオーガジェネラルを?」

「大丈夫です。さあ、戦闘が始まりますよ。ブラハム、オーガたちの顔にファイヤーボールを」

「お、おう」


 コアンの勢いに負けて、ブラハムはファイヤーボールをオーガたちに撃ち込む。

 オーガたちはいっせいに顔の前に腕を出して、ファイヤーボールを防いだ。そこに死角が生まれる。


「ドーン、オーガジェネラルの右足に戦斧を叩き込んで」

「わかった」


 オーガジェネラルの一瞬のスキをついて、ドーンの戦斧が振るわれる。 

 その一撃がオーガジェネラルのすねを捉えると、叫び声をあげた。


「オーガジェネラルにわしの攻撃が効いた!?」


 本来Bランクの冒険者の攻撃など、オーガジェネラルにはダメージが通るものではない。それが、オーガジェネラルが苦悶の表情を浮かべたことで、ドーンは驚いたのである。


「ドーン、しゃがんで!」

「わかった」


 ドーンはコアンに言われるままにその場でしゃがみ込むと、直後に頭上をオーガの腕が通過した。


「チャック、目を狙ってナイフを投げて」

「よし」


 チャックの投げたナイフがオーガジェネラルの右目を貫いた。


「アリエッタ、ナイフにマジックボルトをあてて、深く押し込んで」

「はい」


 アリエッタの魔法が刺さったままのナイフにあたり、さらに奥深くへと押し込む。

 オーガジェネラルはたまらず、右手でナイフを引き抜こうとした。


「ドット、右腋に包丁を」

「おう!」


 ナイフを抜こうとしていたオーガジェネラルは、右の腋をこちらに見せていた。そこにドットの包丁が当たると、鮮血が噴き出す。

 オーガジェネラルの右目、右腕、右足と、右半身は使い物にならなくなった。


「ドット、とどめに相手の右の首に包丁を突き立てて」

「任せろ!」


 ドットがオーガジェネラルの首に包丁を突き立てると、深く突き刺さり動脈を切断した。こうなってはさしものオーガジェネラルも絶命となる。

①ファイヤーボール

②戦斧の攻撃

③オーガジェネラルの攻撃

④ナイフの攻撃

⑤マジックボルトの攻撃

⑥引き抜き

⑦包丁で右腋を攻撃

⑧包丁を首を攻撃

 と、宣言通り8工程でオーガジェネラルに勝利した。

 残っていたオーガ3体は、オーガジェネラルが倒されたのを見て逃げ出した。青いバラの任務は商人の護衛であるので、逃げたオーガを追うようなことはしなかった。


「信じらんねえな」

「オーガジェネラルに勝ったことが?」


 包丁を見つめてつぶやくドットにアリエッタが訊ねた。


「まあそうなんだが。この包丁の切れ味もだし、自分の体が過去最高の動きをしたこともな」

「それなら私の魔法も過去最高の精度で命中したわね」

「なんじゃ、おぬしらもか。わしの戦斧もオーガジェネラルにダメージを与えられるとは思ってもみなかったわい。振った瞬間に妙に軽かったんで驚いたわい」


 ドット、アリエッタ、ドーンがいつもと違うと言い始めると、チャックもそれに頷いた。

 それもそのはずで、コアンのスキルである【コントロールプラン】で規定された管理項目を遵守するため、サブスキルである【条件表】が発動していたのだ。

 この【条件表】は例えば、斧を振るう時の手、足、腰の使い方を最適条件にしてくれる。このスキルが発動している間は、SSSランクの冒険者と同等の動きが出来るのだ。

 青いバラの面々はなんとなくそのことに気が付いた。


「コアン、ひょっとして俺たちの動きが良くなったのはお前のスキルのおかげなのか?」

「はい。僕は『工程設定者』のギフト。戦闘や料理といった作業の最適の工程を設定することが出来ます。オーガジェネラル程度なら、無傷で倒すことが出来ますよ」


 この言葉で、ドットは勇者パーティーのパーティーネームとなっているインタクトは、コアンのスキルによるものではないかと考えるようになった。



 今から遡ること5年前。コアンの夢枕に精霊があらわれた。寝ぼけ眼で光る精霊を見るコアン。そんな彼に精霊は話しかける。


「やあ、僕はAPQPの精霊だよ。君に工程設定者のギフトを授けたのは僕だ」


 精霊の言葉はとても軽い感じがした。


「ギフトって神様がくれるものじゃないの?」


 コアンは質問する。この世界ではギフトは神が人間に授けるというのが常識だからだ。


「この世界の管理者、君たちに理解できるように言うならば神がそうしているのは知っている。だけど、彼は人と魔族を争わせることを見る楽しみに心を奪われて、世界の安定をないがしろにしているんだよね」

「じゃあ、精霊さんはそれを正そうとしているの?」

「いや。僕は色々な世界を旅しているだけだよ。この世界ではAPQPが認識されていないみたいだから、君に広めてもらいたいんだ」

「APQPって?」


 コアンは聞きなれない言葉に戸惑った。


「アドバンスド・プロダクト・クオリティ・プランニング。先行製品品質計画のことだよ。要求品質を達成するための目標を設定し、その目標を実現するための具体的な方法を計画することっていう意味だね。つまり、僕は色々な事柄、例えば肉を焼くことにおいて、要求された焼き加減と味を毎回達成するための精霊っていうことだね」

「それを僕がどう広めればいいの?」

「君にはギフト固有のスキル、【コントロールプラン】がある。コントロールプランとは製品の製造プロセスの中で、どの工程で、製品や製造プロセスのどの特性を、どのように管理・確認するか、ということをまとめた一覧表のこと。料理でも鍛冶でも戦闘でも、プロセスがあるならばそれを完璧に管理できるっていうことだからね。決して失敗しない、完璧な任務遂行が出来るわけだよ。これを世間が知れば、その素晴らしさが理解できると思うんだよね」

「でも、それってスキルだけの話でしょ」

「いや、それはスキルという形をとっているわけだけど、スキルが無くてもコントロールプランは作ることが出来る。例えば、料理で使う塩の重さなんかは、スキルじゃなくても何グラムと決めて、それを守ればいいだけだからね」


 コントロールプランとは、製造業における工程表であり、それに基づいて日々の生産が行われる。管理すべき項目とその数値が決められており、それを守ることで要求された品質を管理できるのだ。今回で言えば、オーガジェネラルとの戦闘に勝利するというものであり、最初にそのプロセスフローを作成して工程が決定する。それに対してコントロールプランで管理項目、数値を設定すれば、何万回戦おうともオーガジェネラルに負けることは無い。

 ただ、この時コアンは後に勇者パーティーを追放されて、拾ってもらったBランクパーティーと共に、オーガジェネラルと戦うなどとは夢にも思っていなかったが。


「ま、そういうわけで他の人とはちょっと違うギフトだけど、うまくやってね」


 そう言うと精霊は消えたのだった。

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