第22話 両家の親と妻となる人との邂逅
「貴君が噂の、プリキュアおじさんですね?」
後期高齢者となって久しい相手方の父親の弁に、55歳の新郎となる男性はそれを否定することもなく、あっさりと肯定した。
「左様です。わたくしが米河清治と申します。こちらの河崎由佳さんとは小学1年生のときにその存在を知りまして、翌年2年生のときに同じクラスでした。その後は全く音信不通になっておりましたが、先日急にご連絡をいただきまして、一気にここまで発展したと申しましょうか、お付合いさせていただいております」
彼の弁を、相手方の両親は頷きながら聞いている。ここでかの男性の母親が、新郎新婦となる50代の男女の前で思うところを話し始めた。
うちの息子が突然なんですか、結婚するなどと言い出しまして、どういう娘さんかと思っておりました。いまさら55歳の女性に対して娘さんと申し上げるのも難ですけど、この子が小学生のそれも低学年のときからずっと思っている女の子、いや、女性がいることを実の母親の私が知ったのは、実は3日前でした。
私自身はこの子を手元で育てておりませんで、幼少期、特に大学合格前までのことは一切わかりません。ですが大学合格後この子の父方の叔父とこの子の父の親友になる方のおかげで、再会することができました。
現役で岡山大学の法学部に入学できたくらいですから賢い子であることは間違いないですが、この子は大学を出る頃から、セーラームーンを観ているとか、最近に至っては毎週日曜日にプリキュアを観ているとか、そんな話ばかりしています。
正直親としては、もうどうにもなりません。手遅れですね。
もちろんこの子は大学時代には大学の先輩や同級生といった人の話をすることはままありました。中学や高校時の話も、ないわけでもなかった。ですが、小学生の頃の話はまったくと言っていいほどしませんでした。この子なりに思うところあったのだとは思いますけど。それが数年前から、今国会議員をしている加来博史さんや映画監督の中崎冬樹さんのことを話すようになりました。正直私の手の届くところにこの子はいなかったわけで、はいそうですかとしか話しようもありません。ですが、同級生の女の子のことを話したのは、こちらの由佳さんが初めてです。まさかこの子が由佳さんのことだけは忘れられなかったとか、これまでことある毎に思い出していたとか、そんなことをいつになく熱を込めて話しまして。
母親としてはもう、青天の霹靂でした。
セーラームーンのときはさすがにびっくりもしましたが、そういう若い男の人がいるという話はちょろちょろ聞いていただけにそこまでびっくりしたわけでもありません。さすがに自分の息子がと言われると、かないませんでしたが。プリキュアを観始めたと言われても、もはや驚きもしませんでした。ああ、この馬鹿息子はまたそんな小さい女の子の見るアニメに熱を上げてアホかと、正直思っていました。
ですが、それ以上にびっくりしたのが、小学生のそれも低学年のときに別れて以来ずっと気にかけていた女の子がいて、その女性がこちらの由佳さんであると。
私は息子に縁談を持ち込もうとしたことはあります。聞けばすでに亡くなっている父親のほうの遠縁にあたる親族も、同じような縁談を話しかけたそうです。
しかしこの子はそれが相手の姑息な願望をかなえるためのものと即座に気付き、あとはもうこの子の言うとおり、私だけでなく父方の親族にも、罵倒や罵声を持ってその縁談を叩き潰してしまいました。
そんな子がしかし、由佳さんのような女性のことをずっと思い続けていたことを知りまして、もはや言葉もありません。間違いなくこの子は河崎さんの苗字を名乗ることはないでしょう。なんせ、縁談を2度も実力粉砕したほどですから。
私個人としては、この子の父方の苗字を名乗って欲しくないというのはかねてありましたが、この子は自らの苗字は自分で築きあげてきた、勝ち取って来たものの象徴と考えておりますようで、そこはもう、私には何も申せません。
親らしいことをしたのかとこの子に問われれば、私はもうそれ以上何も言い返すことなどできませんからね。
このとき新郎の母は、ある猫のことを思い出していた。
かの息子が縁談を実力粉砕したとき、母の知人でその縁談を持ち込もうとした人物のもとに出向いたとき。そこは何匹もの猫がいた。言質を取らせまいと慎重に話すばかりか、一歩でも自分の領域に踏み込んだらただではすませない殺気をまとっているのをたいていの猫が遠巻きにしているのに対し、人懐っこいキジトラの猫が1匹、母親やその知人の膝だけでなく少し回数は減るもののこの息子の膝にも乗って来た。その時のそのキジトラが、その地に現れたような感触を得たという。
「あの猫さんは、わしもいまだに忘れられん。この世でこそあのときしか会っていないが、それ以外のどこかで必ず会っているに相違ないと今も思っている」
彼は母親に述べた。新婦とその両親、その猫の話にびっくりしている。
「米河さんは小学5年生のときでしたか、大学の鉄道研究会の展示に3日間連続で昼から夕方まで通い詰めたと伺っています。あなたは人生のここぞというところで決して妥協しない人であることは、由佳の話を聞いてよくわかっております。そもそも小学3年生以降一度も会ってないうちの娘のことを、よく覚えてくださっていたものです。あなたのような男性に、うちの由佳がどこまでついていけるのか、母親としては正直不安です。その点についてあなたの思いを、どうか・・・」
同級生の母親に対し、彼は静かに思うところを述べ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます