第19話 喜びの裏の空しさに挑もう。

 彼女の夫となる男は、おもむろに話し始めた。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 それはなぁ、何かを達成した時の瞬間的な喜びに必ずと言っていいくらいついてくる空しさというか、悲しさのようなものを伴った感情や。間違いない。


 ずっと昔自分の前にいた少年、憎からず思ってくれていたことはうれしいしまあぼくも思っていたわけだから世話なんかないけど、その彼に、彼女に会えたということは確かにどちらにとっても喜びなのには違いない。それが一気に大人の関係にまで駆け上がって、しまいには結婚しようなんてことになって。そりゃあすごい変化や思うわな、わしでも。半分以上自分で仕掛けておいて言うのも難やけど。

 それをな、いい年の分別盛りの大人、いやこれ青年期にでもなればそのとおりやけど、その目的が達成できたことによる空しさというのは、確かにあるのよ。

 由佳ちゃんも、今までぼく以外にこの人と一緒になれたらいい、もしくはなろうとした人、いるかもしれない。いたかどうか、いなきゃしゃあないがいたとしても答えてくれなくていい。まして具体的にどんな人だったかとか、その周辺の事情も含めて答えを求めたりはしないよ。お互いいい年の大人や。大体、これがあの頃の国鉄だったら55歳を迎えた年の年度末で定年やぞ。そんな年や。


 どんな喜びにも、その裏返しには悲しみがあるものよ。逆もまたしかり。

 悲しみの対極には、笑いや喜びもどこかに潜んでいる。逆もまた然り。

 由佳ちゃんが今一人になって寂しさや空しさのようなものを感じているのは、ぼくから見ればごく普通のことに過ぎない。由佳だけじゃない。ぼくも実は、同じような感情が湧き出ている。由佳ちゃんのように言葉に出さないし、免疫ができているからというのも大きいかもしれんわ。男女差もあるかな。

 これは史実や。1959年、昭和34年の日本シリーズで南海ホークスが巨人を倒して4連勝した時のこと。4試合に出場して4試合とも勝ち投手になった杉浦忠さんが日本一になった後のインタビューで、一人になったら云々と話された。

 ぼくは、そのときの杉浦さんのお気持ち、手に取るようにわかるよ。

 どこかで一人になったとき、あの人は恐ろしいほどの孤独感と空しさを味わったのではないかと、ぼくは思っている。

 少し別の例を挙げようか。ぼくのいたよつ葉園というあの養護施設ね、あの地にいた子の中に、ぼくより3歳上の男性がいて、彼は卒園後によつ葉園を通しての集団生活の良さもわかったなどと回顧していた。ぼくは、そんなことは一度も思ったことはない。保母の中には、一人暮らしは寂しい等とヘッポコな戯言をほざいとったウスラ馬鹿ネエチャンもおったわ。そんなレベルの人間にはまあ、味わうことも出来ん感情やろ。誰かおればその場限りではごまかせるからな。ごまかしごまかしや。わしが高次元とは言わんが、低次元やな。

 喜びは人と分かち合って倍増し、悲しみは人と分かち合って半減するという。だがワシに言わせれば、そんなものは群れるしか能のない雑魚をだます子どもだましにもならん寝言や。たわごとに過ぎん。

 百歩譲ってそれが正しい側面を持ち合わせているとしても、今の由佳やぼくが置かれているような状況は、まずは一人一人がきちんと向き合って乗り越えていかなきゃいけない感情なのよ。さっき述べたような言葉でごまかすことはできない。


 罵倒をいくらか入れて好きなこと言わせてもらった。だけどこれは、由佳ちゃんだけが感じる特別の試練なんかじゃない。映画でも典型的に描かれている人間の心理のひとつなのよ。だけど、その空しさや悲しさを克服するのに、何も一人で乗り越えなければいけないなんてことはない。まして、そんな経験をしていない若い人ならなおのこと。そんな場合は、その経験に長けた年長者や経験者がサポートしてあげればよい。ぼくこそがその要件に該当する人間だなどという気はないけど。

 でも、由佳ちゃんにとってぼくがそういう人になれるのなら、嬉しいな。


 少し間を置いて、彼は同級生でもある思い人に告げた。

「こわくない、こわくない」

 その言葉は、わんだふるぷりきゅあに出てくるキュアリリアンの言葉だった。

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