第18話 変わり始めるときの怖さ 2

「この時間にどうしたって? ぼくは今さっき起きたところだから大丈夫」

「昼間っからお酒飲んでいたからなのね」

「まあね。用が済んだから、締めの一杯や。餃子のチェーン店で飲んだ」

「だからあの後すぐ、寝ちゃったの?」

「うん。そういうこと。倒れるように寝込んだら、眼鏡が足もとに吹っ飛んでしもうとったわ。やけど、折れたり壊れたりはしていないから大丈夫」

「気を付けてよ。由佳が隣にいたら、そんな真似させないのに」

「ということは、ぼくは尻に敷かれること確定、ってことかいな?」

「そういう解釈も十分可能かと思われますこと」

 少し気が収まって来たのか、彼女は本題を切り出した。


 あのね、キヨくん、真面目に聞いて。

 今日あなたに御両親を紹介したでしょ、それでその後。早めに寝ようとした。

 だけど、久しぶりに実家の布団に入ったら、なんだか寂しくなってきた。一人でいることが、たまらなく辛くて怖いのよ。確かに私、実家の布団で寝たのは今年のお正月以来かな。キヨくんが神戸のサウナに行っていたとき。そのときも、何かわけがわからないけど、同じ布団で寝ていたら、死の恐怖というのか、そんなのをなぜか味わったのよ。最愛の人を残して死んでいくような、そんな恐怖を感じた。

 あなたの作品の中に、あったでしょ。神戸のサウナに入る前の何とも言えない恐怖感と、カプセルの中で寝ているときの何とも言えない恐怖。その恐怖が翌日の昼に帰る前までずっと付きまとっていたのが、岡山に戻ったら消えていた。

 でもその代わり、翌日にインフルエンザになっていたでしょ。

 私もね、ちょうどその時間に同じような恐怖感を感じていたのよ。

 最愛の人なんて、出会っていないはずなのに。誰のことかなと、この布団の中で考え続けていたわけ。するとね、小学校の時同級生だったキヨくんのことを思い出したのね。あの子もひょっとしてどこかで同じような思いをしているのではないかと、そう強烈に思ったのよ。どこにいるのかもわからない同級生の男の子がなぜ急に出てくるのか、不思議でならなかった。

 確かにあのときも、孤独感を感じた。だって、その人が今どこで何をしているのかもわからないわけでしょ。でもまた今も、同じような感情が湧いて出てきて困っているのよ。今度は、キヨくんが今どこにいるのかもなにをしている人かもわかっているだけじゃなくて、4日前には由佳ン家(ち)で結ばれて一緒になれたのに。

 一緒になれて、キヨくんは由佳の身体が気持ちよかっただけかもしれないけど、由佳はそうじゃなかった。本当に結ばれるべき人と結ばれた幸せにあふれて、この幸せが永遠に続けばいいとさえ思った。

 でも、キヨくんと次の日に別れてこの何日か、少しずつ、孤独感というより寂しいという感情が湧き出てくる。人といるときは何ともなく普通に対応できるし、そんな気持ちにもならなくて済むけど、自分一人になったときには、その寂しさのような感情がどんどん湧き出てしまうのよ。

 さすがにね、若い頃のように「これって恋?」みたいなノリで済む話ではないことにすぐ気づいた。もっと根源的なところからくるものだって。

 ずっと一人で生きてきたキヨくんにはわからないかもしれないけど、この寂しさというのは、何なのかしら。わからないだけに、ずっと・・・。


「ずっと?」

「そう、ずっと悩んでいるのよ。こんなこと、誰にも相談できんもん」

「そらでけへんわな。ただ、由佳ちゃんの話を聞いていて、いくつか思い当たるというのか、参考になるかわからないけど、思ったことがいくつかある。いい?」

「お願い。何でもいいから話して」

「何でもってわけにもいかない。今の由佳の心を支配する何かを特定しなきゃ」

「今、由佳を呼び捨てにしたでしょ?」

 彼女がちょっと驚きの感情を口にしてみせる。別に呼び捨てでもいいよと言おうとした矢先、彼は言葉を発した。

「ごめん。他意はない。あえて観察対象としての呼び捨てや。ほな由佳ちゃん、ぼくに話させてくれるかな」

「い、いい、とも・・・」


 とにかく、彼女を落ち着かせねば。彼の人生55年間の経験のすべてを、自らの頭を通して引出し始める。程なく、彼女に対して言うべきことを見つけられた。

 彼は、落ち着いて話し始める。

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