第10話 二人だけの晩餐

「パパ、これから晩御飯用意するからね」

「ママ、わし、まだひと仕事するからな」

「どーぞ! じゃあパパ、また、あとで」

 彼女は夕食の準備を、彼はさらに仕事にいそしむことに。

 だけど、今日はヒモ体験とか言われたっけ。その割にはこうして仕事ばっかりしているけど、なんか、矛盾しているような気もしないではない。

 でも、ま、いっか。彼は必死で小説の短編を書きまくる。時々ネットから離れて並行して立上げている電子書籍のアプリに移動し、昭和期の時刻表を確認する。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 ああ、そうか、この時期の急行「だいせん」の後続の普通列車は福知山で先発の「だいせん」に接続できたわけか。これを事件のトリックにできたのはなぜか。普通列車が先発の急行列車に追いつくなんてこと、普通は思いつくことも、まして考えつくこともないからな。

 ついでに言えば、福知山線の頁と山陰本線下りの頁は見開きになっていないし、福知山線の普通列車の到着時刻と急行「だいせん」の福知山駅発車時刻を照らし合わせるなんてことは考えつかないもんな。到着時刻こそ福知山線の頁で何とかなるが。そりゃ一般人の目はそんなところまで行かんわ。その状況をよく知った人間か鉄道絡みで時刻表の確認能力の余程ある人間でないと。

 大作家のように殺人事件とはいかんけど、ここはひとつ、男女の鬼ごっこみたいなちょっとコメディーっぽい作品で行ってみるのも、悪くないな。

 ちなみにそのダイヤは、国鉄最後のダイヤ改正で廃止されている。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


「キヨくん、できたよ。一緒に食べよ!」

「由佳ちゃん、ちょっと待って。メールチェックするから」

 メールチェックも程なく終わり、彼女の待つテーブルへ。彼のためにビールも出されている。無論彼が好む銘柄である。

「由佳も、ちょっといただくね」

「いいけど、酒は飲める方?」

「それなりには。でも、キヨくんみたいに何本も飲めないよ」

「カンパーイ」


 かくして、二人だけの晩餐が始まった。

「ホント、小学校2年生の給食以来だよな。由佳ちゃんと一緒なんて」

 少し顔を赤らめた彼女が、頷く。

「半世紀も時間が空いちゃったね、ここまで来るのに」

「正確には46年ぶりかな。つい3日も前まで、こんなことになるとは思ってもみなかった。今日あたりは岡山駅前の居酒屋に開店と同時に行って、もつ鍋で野菜大量摂取のついでにビールもしっかり飲んで、ってところだったはずだけどね」

「そんなことばっかりしていないで、こうして一緒にいられたらお金も無駄遣いしなくていいし、食べ過ぎ飲み過ぎもないし、お酒飲んで自転車に乗る必要も全くなくなるから罰金もないし、だいいち、由佳の御馳走も・・・」

「どっちの意味?」

「変な解釈せんの!」

 彼女が彼の頭を軽く叩くと同時に、あまり飲んでいないはずの彼女の顔がまた赤くなる。彼のほうは缶数本程度で顔が赤くなることはない。


「今、どんな小説書こうとしてンのよ?」

 こういう質問になるのも無理はない。ネットに上げられている彼の小説にはどんなものがあるか、彼女はすでに調べているからに他ならない。

「とある大作家さんの短編小説に使われたネタや。そこの殺人事件に使ったトリックになるダイヤを使って、ちょっと、鬼ごっこをする感じね。官能作家と同級生の奥さんが一緒に大阪から出雲大社を目指す。一方で彼より2歳年下の言うなら愛人というかもう一人の奥さんが、出雲大社までにどこかで合流するからっていうことで別に岡山を旅立って、急行「だいせん」の後の普通列車に乗って福知山まで行って、そこで時間調整のために泊まっている急行に乗込んで、一同びっくり! とまあ、こんな感じかな」

「その後、どうなるの?」

「あとは、出雲大社まで行って、玉造温泉に3人で泊まって、旅館で以下略」

 少し目の前に残っているビールを飲んだ彼女、ますます顔を赤くして答える。

「なによそれぇ。キヨくんの願望を書いているだけじゃない?」

「そう。この際だから、もう自分の願望に正直にならないとね」

「道理で、さっきも激しかったわけねー」

「そっちに話を振るほうも、なんだかな」

「わかったから。で、結局それ、ラブコメなのね?」

「そゆこと。猫にシャミセンと呼んでラブコメ、ちゃうからね」

「あれはあれで、しょうもなく面白かったけど」


 彼女は嬉しそうに目の前の食事を平らげていく。彼も負けじと食べる。

「今で4本目ね。まだあるけど、今はやめとき」

「うん、そうする」

「あなたにしては、素直ね」

「いつも素直なボクチャンですけど」

「いつも素直なボクチャンに、そんな変な作品、書けるわけないでしょ」

 そろそろ、日が暮れてきた。お互い55歳にもなれば、そのくらいの時間に食べておいても翌朝まで何とでもなるもの。


「片付け、手伝おうか?」

「いい。パパはお仕事していて」

 作家に戻った彼は、パソコンと再び格闘を始めた。そんな彼を支えるけなげな妻のような位置取りを、彼女は今喜びとともに味わっている。作家氏はグラスに入った水を一口飲み、さらに勢いよく外付けのキーボードを打ちまくっている。


「お酒飲んで寝ているだけで、あれだけの仕事、できるはずがないわ」

 食器を洗いながら、彼女はふと後ろを見てつぶやく。

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