一緒に、あそぼ!

第9話 半世紀ぶりに・・・

「お風呂、沸いたよ。じゃ、上着を脱いで」

 彼女は彼のダブルスーツの上着を脱がせ、ハンガーにつるした。

「ほら早く、ズボンも!」

 言われるがままに彼はズボンも脱ぎ、ハンガーにつるしてもらう。

「残りはこの箱に入れて。由佳も準備するから」

 そう言い渡して、彼女も自ら服を脱ぐ。

 あっという間に、彼女は下着だけになった。

「何ためらっているのよ。いい? ここからは保健体育の授業。50年ぶりの」

 この娘(こ)、こんな大胆なこと言っていたっけ?

 んなわけ、ないよな。

「ほら。ここ、はずして」

 言われるがまま、彼女の要求に応える。

「じゃあ、トドメにこれも」

 全裸にしたのはあなた、みたいにしたいわけか。求めるとおりに彼は淡々と彼女を生まれたままの姿にした。

「最後くらいやらせてよ」

 かくして彼もまた、55年前に生まれてきたときと同じ姿に。

「疲れたでしょ、早速、入ろ」

 言われるがままに彼は、湯船の中につかる。彼女がそれを追いかける。


「キヨ君がお母さんと一緒に母子家庭で由佳の家の隣に来ていたら、こんな感じで毎日でもお風呂に入っていたかもしれないね」

 どこまで仮定の話を進めるのやら。

「そうなればそうだったかも。いかんせん養護施設ではね」

「由佳ン宅(ち)遊びに来たら、こうして一緒に、入れたかもね」

「そうかもしれないけど、史実は今さら変えようがないよ」

「史実なんて、今から二人で作っていけば・・・」

 彼女の唇を、彼は奪った。

「本当は、40年前にやって欲しかった」

「ぼくだって、40年前にこうしたかった。で、40年前って、ぼくら中3や」

「キヨくん、その頃、大学と国鉄に通っていたでしょ」

「うん、これどころじゃなかった。でもあれがなかったら、今のぼくはない」

「じゃ、身体洗お。風俗のお店じゃないから、自分の体は自分で洗おうね。ほら」

 二人は湯船から出て、それぞれ自分の体を洗った。こうなることを予想して、彼女は体を洗うためのものを余分に仕入れていたのだ。お互い自分自身の身体を洗い終わると、再び湯船に戻った。

「ね、この方が安上がりでいいでしょ」

「確かに。で、今日ぼくはヒモ体験?」

「そうよ。もうお風呂、上がろっか。ビール飲んでもいいけど、ちゃんと水分補給もしないとだめよ。今からビールを何本も飲んじゃ、駄目」

「わかったけど、部屋着なんかいちいち持ってきていないよ」

「フフフ。大丈夫」

 結論から言うと、最低限の部屋着になりそうな服は彼女の手で用意されていた。

「これ、いつでも裸になれるような・・・」

「ばれちゃったか。ね、まず、ビール、飲も」

 そのビールの銘柄は、彼が大学生の頃からここぞという時に飲んできたもの。彼女が用意したグラスに移し、それで乾杯。風呂上りにはこのくらいでいい。彼はそのくらいのものはあっという間に飲むから、相手の残りも全部自分のグラスに入れて飲んでしまう。

「じゃあ、お水はここに用意しとくから」


 少し間を置いて、彼女は彼を別のソファに招いた。程なくして、男女2人の別生命体がその地に出現と相成った。その生命体は程なく、元の2人に戻った。ソファの近くのゴミ箱には、ティッシュに包まれたゴムがいくつか役目を終えている。

「どうだった?」

「悪くなかったね」

「数やっていけば、もっと気持ちよくなりそうね」

「モノを書く仕事と一緒や。数やればそれなりになるってこっちゃ」

「よくわかっているじゃない」

「でも、やっと、一緒になれた。50年近くかかったけど」

「過ぎたことは仕方ないでしょ。これから一緒にやっていけたら」

「それでええ。子どもはもう無理だろうけど」

「子どものいない夫婦も、いくらだっているでしょ」


 彼らは再び風呂場に行って汗を流し、今度は彼女がいつも寝ているベッドに移動して抱き合ったまま寝込んだ。枕はすでに、彼のものが用意されている。

「良かったぁ~。キヨくんと一緒になれた」

「由佳ちゃん、そんなにぼくといっしょが?」

「今までで一番うれしい」

「それは、ぼくも。ちょっと疲れたから少し寝させて」

「私も。じゃ、少し寝よ。あ、仕事したくなったらあっちでね。IDとパスワードはメモ書きがあるでしょ、そのとおり入力して」

 そこまで言った彼女は彼の唇を軽く奪い、胸に顔を埋めたまま寝込んだ。彼もまた、彼女の背中に腕を回し、しばしの仮眠をとることに。しかし、こんな幸せ、今までにあっただろうか。


 まだ日は高い。彼らが目を覚ますと、時計の針は90度を少し過ぎている頃。

 まずは彼が起きだし、彼女が用意した部屋着を着てパソコンを立上げ、いくらか仕事を始めた。程なく彼女も起きだし、部屋着を着て彼の横に向かった。再び眼鏡をかけた彼女も自分のノートパソコンを立上げ、彼が出しているサイトを開く。

 彼のほうは、少し離れた場所からキーボードでひたすら何やら打ちまくる。その速度はさすがに早い。彼女はパソコンに打ち込まれる文字列に目をやっている。


「あ、そこ、違う!」

「構わん。これを活かしてこうしたらええ」

「ほら、あそこ!」

「わかっとる。ちと待て。あ、これも活かせるな」

「どんなふうに?」

「これこれこれで、どや! 完成!」

「え? もうできたの?」

「当たり前や。このくらいでちょうどええ。あとはしばらく寝かせる」

「次はどれ?」

「こっちの校正」

「わかった。あ、パパ、ここ違う!」

「パパって、なんで?」

「私らの子からしたら、パパでしょ。プリキュアに娘がいるンでしょ?」

「それはまあその。あ、これは確かに違う。直すわ。あ、ここも」

「また変換ミス!」

「これオモロイ、活かそう。ほらほら。こっちはこれでいい、もう一つ詩を」

「え? これは当分先の更新でしょ?」

「そやから、今のうちに書いてストックしとくの」

「うわ、パパ、やっぱりすごい!」

「パパって言われるのも何だか。じゃあママ、これでどう?」

「いいンじゃない?」


 一緒に執筆や原稿の校正をしている間に、お互いパパとママになった模様。

 彼は誤植さえも文章のこやしにしている。そうこうしているうちに、いくつかの作品が仕上がった。そのうち公開される。彼女は生まれて初めて、初恋の人の書く文章の最初の読者になれた喜びを味わっている。

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