Phase.009『 はじめてのえんむすび 』

 

 

 

「おお。これはこれは……」

 京香きょうかは楽しげに笑むと、春摩しゅんまと共に声の主を見上げた。

 

 

― Phase.009『 はじめてのえんむすび 』―

 

 

 春摩は震える声で言った。

「まさか、今の、君が喋ったの……? ――慶歌けいか

 慶歌はゆっくりと頷く。

「うむ、そうだ。――灯里とうり。この声は、慶歌に合っているか? 灯里達がイメージしていた慶歌の声に、合っているか?」

 春摩は幾度も力強く頷き、感激した様子で言った。

「も、もちろん……!! 最高だよ……。そう、そうだ。君は、まさにこういう声が合うと思っていたんだ……」

「そうか。良かった」

 慶歌は嬉しそうな声で言った。

 そんな慶歌へ、春摩は問う。

「でも、その声はどうやって作ったんだい? ――まさか、自分で考えたの?」

「いや、教えてもらったんだ」

「え? 教えてもらった?」

「うむ」

 ひとつ頷くと、不思議そうにしている春摩に慶歌は語る。

「大きな神社に行った時、そこには、慶歌よりも大きな龍が居たんだ」

「り、龍が?」

「そうだ。慶歌もそう呼ばれるが、慶歌に似た――、まさに、人間達が龍神と言っているような姿の――、大きな大きな龍に会ったんだ。だからその時、灯里達がずっと慶歌の声の事で悩んでいたから、慶歌の声はどんな声が合うか、聞いてみたんだ。そうしたら、その大きな龍が、この声がお前に合うと教えてくれた。龍神が、音で聞かせてくれたのだ。――それで、その音からこの声を作ってみたんだが、――灯里達のイメージに合っていたみたいで良かった」

「け、慶歌と似た龍が……神社に……? ――まさか、天羽詩あまばし神社かい?」

「そうだ」

 慶歌の云う天羽詩神社とは、本部での作戦会議中にメディアの生中継が行われた――、慶歌が参拝者達を喜ばせていた神社である。

 その神社は都内でも有名な稲荷神社なのだが、龍の彫刻も非常に多く、龍神の加護を受けている事でも有名な神社であった。

「龍神の加護があるとは云われていたけど、まさか本当に龍神が居るなんて……」

 春摩が静かに驚いていると、慶歌は不思議そうに言った。

「あの神社に行った時、慶歌よりも立派で大きい龍はずっとあそこにいた。なのに、人間達はずっと慶歌の方ばかり見ていた。慶歌はそれが不思議で、大きい龍にいてみたんだ。そうしたら、大きい龍は、――人間達は、随分前から神や龍達の姿が視えなくなって久しい――と、言っていた」

 慶歌は思い出しながらそう言うと、ふん、と静かな溜め息を吐いた。

「もったいないな。あんなに素晴らしい姿を視られなくなったなんて」

「ま、まさか……本当にそんな事が……」

 そんな慶歌の言葉に、春摩は未だ驚き通していた。

 そこへ、京香が言葉を紡ぐ。

「そうか、そうか。――ではつまり、慶歌は同族の大先輩に会えたという事か。――良かったなぁ」

 慶歌は頷く。

「うむ。――だが、今回はもう一度会いに行く事ができないから、次にまた会える時があれば、その時には慶歌の声の礼を言いたい思っている」

「おお! それは良いな! きっと、龍神も喜ぶだろう」

 慶歌は、そんな京香の言葉に嬉しそうに鳴いた。

 そして、ふと思い出したようにして春摩に言った。

「そうだ。灯里。――良かったな」

「え? 良かったって?」

 やや放心していた春摩ははっとして問う。

 慶歌は、低くも優しく深みのある声で言った。

「これからはこの場所で、研究費用も気にせず研究ができるのだろう?」

「あ、う、うん! そうだよ!」

「うむ。京香も灯里の事をたくさん褒めてくれていたし、費用の問題もなくなった。――つまり、灯里はもう、自分の事をみすぼらしい科学者などと思わなくてよくなったという事だ。――だから、これでやっと、優花ゆかに灯里の想いを伝える事ができるじゃないか。――良かったな。灯里」

「う、――え、ええっ!?」

 春摩以外のその場の全員も耳を傾けていた慶歌の言葉を聞き終えると、春摩はひときわ大きな声をあげて驚いた。

 そして、大いに慌てながら慶歌に問う。

「いや!! え!? け、慶歌。どどど、どうしてそれを!?」

 慶歌は首を傾げて言う。

「“どうして”? 灯里はずっと、優花の事が好きだったのだろう? なのに、今の自分では想いを伝える資格なんてないみすぼらしい科学者だからと言って――」

「うわぁあああ!!!」

 春摩は悲鳴のような大声をあげ必死に慶歌の言葉を遮ると、頬を林檎色に染めながら早口で言った。

「そそそそれ以上は大丈夫!! もう!!! 大丈夫だよ!! うん!! そう!! そう思ってた!! 言った!! うん!! でも! それ以上言わなくて大丈夫!! 大丈夫だよ!! ありがとう!!」

 そんな春摩に、京香はにっこりと微笑む。

「おやおや。そうかそうか。それは良かったなぁ。博士」

 すると、慶歌に続き京香にまで秘め事を知られてしまった春摩は、京香に向けて両手を突き出し、

「あああっ!! いや! あの! これは違うんです!!」

 と、言いながら両手と頭を左右にぶんぶんと振った。

 その頃――。

「あ~ら。ラボ長の息子サン。おとんのためにやりますねぇ~」

「うんうん。想いはちゃんと伝えないとな」

 観覧エリアから春摩と慶歌のやりとりを見守っていた燈哉とうや春丞しゅんすけがそう言うと、次郎じろう太郎たろうも続いた。

「思った事を素直に口に出せるのは、子どもの特権だな」

「子どもは純粋で無邪気でだからねぇ」

「こっちも、見事に夕焼けしちまってるあたり、相思相愛だったみてぇだしなぁ」

 次郎・太郎に続きそう言ったりんは、科学者達の中で唯一両頬が夕焼け色に染まっている青年――犬尾いぬお優花を見やる。

 そんな燐に続き、さとる美子みねも犬尾に微笑みを向ける。

「春ですねぇ」

「春ですね~」

「「「だねぇ~」」」

 二人の言葉になぎとウラル・シャンド双子が声を揃えて頷くと、犬尾は夕焼け色の頬を両手で覆いながら慌てて言った。

「わっ、ちが、違うんです! こ、これは違くて!!」

 すると、今度はそんな犬尾の背後に居た科学者達も溜め息交じりに言った。

「まぁ、俺らも分かってたけどな……」

「そうそう」

「両思いだっつってんのに、全然信じねぇんだもんなぁ」

「え!?」

 犬尾はそんな仲間達の言葉に思わず振り返る。

 すると、彼らはさらに、

「ほんっと、皆まどろこしかったよなぁ~」

 と言うと、締めに全員揃って大きな溜め息を吐いた。

「えええっ!?」

 そうして、観覧エリアもしばし賑やかになっていた頃――。

 訓練場内には、公園での交渉を担当した光酉みつとり瑠璃るり菜月なつき・シズル、かがり・マリウスがやってきていた。

 その中、仲間達を背に、光酉は慶歌に歩み寄り言った。

「なんだいなんだい。ただのやんちゃボウズかと思ったら、立派に縁結びしちゃって。――今回の冒険で随分成長したじゃないの、お前サン」

 そして、そこまで言った光酉は、後ろに控えた愛らしい交渉人達を振り返り、

「瑠璃もマリィもシズルも、皆頑張った甲斐があったねぇ」

 と言った。

 小さな交渉人達は、嬉しそうに笑う。

 そんな彼らの様子を見ながら、慶歌が言った。

「三人とも、公園で着ていた衣装もよく似合っていたが、元々が美しいから、どのような格好でも美しさは変わらないな」

 三人は、その慶歌の言葉にも嬉しそうにすると、それぞれ礼を言った。

 その光景に微笑み、菜月も言った。

「ふふ、良かったわねぇ」

 すると慶歌は、次に菜月、光酉、炬を見やる。

「菜月も、光酉も炬も、慶歌と遊んでくれてとても嬉しかった。心から感謝している。ありがとう」

「いやいや、俺は何もしてないようなもので」

「アラ。どういたしまして。幼い龍神さん。アナタも素敵な声も見つかって良かったわねぇ」

「うむ」

 炬に続き菜月が言うと、慶歌は嬉しそうに頷く。

 そこへ、光酉も言葉を添えた。

「こっちとしても、お前サンが本当にイイ子で助かったよ。――ま、これからは本部で暮らすみたいだし、またちょくちょく会うコトもあるかもネェ」

 慶歌は頷きながら言う。

「そうだと嬉しい。慶歌も、光酉のような強くて優しい龍になりたいから、――皆に会えるのはもちろんだが、光酉にも会えるのは、とても嬉しい」

「あらまぁ」

 慶歌の言葉に菜月がそう言い光酉を見やると、光酉は慶歌に微笑んだ。

「ほぉ~。そりゃあいいネ。うんうん。なりな、なりな。――でも、俺みたいに強くて優しい龍になったら、かなりモテちゃって苦労すると思うから、そこは覚悟しておきなさいヨ」

 慶歌は、それに微笑むようにしてゆっくりと瞬きをした。

「大丈夫だ。光酉のように多くの者達に好意をもってもらえるのは、慶歌も嬉しいから」

「ははは。それなら良かったヨ」

 光酉は、幼い龍神にそう言うと、優しげに微笑んだ。

 

 

 かくして、電子世界生まれの龍神少年の大冒険は、強者つわもの達との遊戯を経て、無事、終幕となった――。

 

 

 

 

 

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