Phase.006『 寂しがりやの龍神慶歌 』

 

 

 

 その日の夕刻。

 龍神――慶歌けいかとの交渉を終えた異能隊員と春摩しゅんま研究所員たちは、慶歌と共に、いくつもある本部内訓練場のうち、主に集団や大型対象の鎮圧に備えた実戦訓練に使用される、大きな地下訓練場に集っていた。

 京香きょうかは、そこで両手を腰に当て、初対面を交わした慶歌を見上げながら、ここぞとばかりの挨拶をした。

「やぁ! 初めましてだな! 慶歌! 私は、天宮城うぶしろ京香! こちらは私の相棒のぜん克仁かつひとだ! よろしくな!」

 

 燈哉とうや春丞しゅんすけは、そんな異能隊最高責任者の後ろ姿を、しばし離れた場所から微笑ましく見守りながら言った。

「隊長。アレ、言ってみたかったんだろうな。めっちゃ楽しそう」

「確かに……。隊長、じっとしてるのがもどかしい! って、自分ではゲームしないけど、俺らがプレイしてるのよく見てたし。――ああいうセリフ、言ってみたかったんだろうなぁ~」

 

 これは余談であるが――。

 その日は、異能隊最高責任者の念願がひとつ叶った日、となったらしい。

 

 

ー Phase.006『 寂しがりやの龍神慶歌 』ー

 

 

[初めまして、京香]

 慶歌は、京香のここぞとばかりの挨拶に丁寧に返礼した。

戦神せんじん族は強くてかっこいいな]

「おおっ! そう言ってもらえると嬉しいなぁ!」

 そんな慶歌へ、京香は燦々さんさんとした笑顔を返す。

 慶歌の云う“戦神族”とは、その名の通り不老不死のいくさの神と謳われる――百年以上前から彼らの世界の最高権力者として世界を統べる、神位しんいの民族の事だ。

 そして、異能隊総隊長を務める京香と、副隊長を務める克仁は、その戦神族の血を引く者達なのである。

 それゆえ、京香は喜んだのだ。

 慶歌は、そんな京香に綴る。

[慶歌はずっと、強い人間と戦いごっこがしてみたかった。だから今回は、京香の部隊の強い人間たちに遊んでもらう。でも、またいつかこの世界に遊びに来られたら、その時は、京香や克仁とも遊んでみたい]

 京香はそれに、また嬉しそうにして言う。

「おおっ! 良い、良い! ちゃんと博士と一緒に来てくれたならば、その時はいくらでもお相手するぞ!」

 京香の少し左後ろに控えていた克仁も、言葉こそ発さなかったが、京香に賛同するようにして慶歌に小さく頷いた。

 慶歌は、それに柔らかく頷き返し、メッセージを転じた。

[ありがとう。とても楽しみにしている]

 そして、次に春摩に顔を向けた慶歌は、春摩に綴る。

灯里とうり。心配をかけてすまなかった]

 慶歌を生み出した科学者――春摩灯里は、首を振る。

「いや、いいんだ。――できるだけ大きな空間を用意していたつもりだったんだけど、本当はずっと窮屈だったんだよね……。それなのに、その事に気付いてあげられなくてごめんよ……」

 慶歌は、それにやんわりと首を振り、メッセージを転じた。

[いや、違う。窮屈だったのではない。ただ、慶歌が見たいものを、データで見せてもらうのではなく、この身体ごとその場所へ行って、この目で直接見る、という事をしてみたかったんだ。灯里や皆が生きている世界の風や自然を、慶歌も、慶歌の身体で感じてみたかった。それと……]

 慶歌はそこまで綴ると、ゆっくりと春摩の手元まで頭を下げ、続きを綴った。

[灯里のこの手にも、直接触れてみたかったのだ]

 春摩はそれに小さく息を吸うと、一度口を結んでから目を細め、慶歌の額を優しく撫でた。

「慶歌……。そっか……そうだよね……。僕ら人間の身体じゃ、電子空間には入れないものね。寂しい思いをさせてごめんよ」

[いいんだ。灯里や皆からの愛は、はっきりと感じられていたから。ただ少しだけ、人間の子どもたちや動物たちがしているという、悪戯いたずら我儘わがままというのを、慶歌もしてみたかったんだ]

 慶歌がそう綴ると、春摩は愛おしげに苦笑し、再び慶歌の額を撫でた。

 

「すごいネェ。文字通り、自立してる」

「そうですね」

 春摩、慶歌たちの様子を見ていた光酉みつとりが言うと、さとるが頷いた。

 光酉、聡は今。

 階下を見下ろすような形で、強化ガラス越しに訓練場の様子を観覧できるエリアに居る。

 そして、その観覧エリアには、光酉、聡をはじめ、燈哉・春丞以外の異能隊員たち、春摩研究所の研究員たちもおり、彼らも二人と同じようにして訓練場の様子を観覧している。

 そんな観覧エリアで、聡が更に言葉を紡ぎ始めると、光酉と共に、その場の者たちも皆、聡の言葉に耳を傾けた。

「彼――慶歌君も、プログラムされた範囲の事しかできないはずですから、慶歌君の応答はすべて、膨大な学習データをもとに彼自身が自身の知能を活かし、自主生成した実行結果に過ぎません。そして、慶歌君の性格や意思、思想もまた、学習データと春摩博士たちの日頃の接し方を踏まえて、自主構築したものでしょう。――ですが、たとえそうだとしても、慶歌君は今、人間と変わらないレベルで自立し、物事を自主的に認識し、解釈し、応答しているように見えます」

「まさに、自我を持った生き物って感じだよネェ。――愛なんて、人間ですら感じるのも語るのも難しいのにサ」

「えぇ。ですから、春摩博士や、――皆さんの技術力はやはり、確かなものですね」

 聡がそう言い、春摩研究所の科学者たちに微笑むと、彼らは口々に礼を言ったり頭を下げたりして感謝の意を示した。

 そんな彼らの様子を見てふ、と静かに笑むと、静観していた次郎じろうは、訓練場に佇む龍神に視線を戻す。

「ま、人間の性格や感情、思想、意思なんてのも、結局はどう生きてきたかで在り方が変わるからな。知識においても、知るきっかけがなけりゃ知らねぇままだし、経験し訓練するきっかけがなけりゃ、言葉だって扱えやしない亅

 次郎の言葉に太郎たろうは頷く。

「そうだよね。――だから、どう行動して、どう生きるかを自主的に選択できて、環境や経験次第で、心、性格、技能も変化する事ができ、その上で慶歌君レベルの知能と学習データが備えられれば、それはもう、プログラムっていうより、電子生命体って感じするもんね亅

「ハハァ。確かに。言われてみるとそうかもネェ」

 光酉が腕組みをし、次郎・太郎の言葉を反芻しながら言うと、聡は頷く。

「そう考えると、今後さらに科学が発展していった未来では、物質世界出身、電子世界出身、という括りは、もはや生命体か否かの境界線にはならなくなってゆくのかもしれませんね」

「ハハハ。そうだネェ。もしかしたらちょっと先くらいの未来では、ホントにそうなっちゃってるかもネェ」

 

 観覧エリアの部隊員や研究員たちに見守られながら、春摩はしばしの間、愛する慶歌を優しく優しく撫でていた。

 そして、そんな春摩らを微笑みながら見守っていた京香は、頃合いを見計らい言った。

「今回の冒険は、互いにとっても良い経験になったようだな」

 春摩は苦笑する。

「はい。――僕は、科学者としても、人間としても、またまだ未熟者なのだと痛感しました。――反省しています」

 京香は微笑みながら言った。

「うむうむ。い、善い。己の未熟さを受け止める事ができるのは、その経験を糧に成長できる者である証だ。――とはいえ、反省自体は前進ではなく停止だ。ゆえ、反省をしたいのなら、その経験を糧とし、前進しながら反省する事を私はお勧めするぞ。――君ら人間族の寿命は短い。時は金なりとも云うだろう?」

「あはは。確かにそうですね。そうします。――せっかく慶歌がさせてくれた経験を、無駄にするわけにもいきませんし」

 京香の言葉に春摩が笑顔で応えると、京香は満足気に二度頷いた。

「うむうむ! そうすると善い!」

 そして京香は、本部最上階からの展望を投映した大窓を見ては言った。

「――さて、では、シーンが良い具合にまとまったところで、空も恋に落ちる頃合いだ。そろそろ祭りを始めようじゃないか。――我が隊の者達もまだまだ育ち盛りだ。――寝る子は育つ!――睡眠時間を削らせるわけにはいかんからな」

「はっ! そ、そうでした!」

 にっと笑った京香に慌ただしく応じた春摩は、忙しなく慶歌に向き直る。

「い、いいかい。慶歌。今回遊んでくれる人たちはプログラムじゃなく、生きた人間――、一度きりの命を生きている人達だ。だから、どんなに強い人達とはいえ、絶対に殺したりしてはいけない。――いいね?」

 慶歌は丁寧に頷く。

[うむ。わかった。安心してくれ。絶対に殺したりはしない。怪我もさせないよう気をつける]

「うん。信じてるよ。慶歌」

 春摩はそこで、今一度慶歌の額を撫でると、次に京香に向き直り、丁寧に頭を下げた。

「天宮城総隊長。この度は慶歌の我儘まで叶えてくださり、本当にありがとうございます! 最後までお手間をかけますが、どうぞ、よろしくお願いします!」

 京香は、そんな春摩の肩にポンと手を添える。

「うむ……! 君達の生み出した龍神は、この世界の未来に大いなる希望をもたらす存在だ。そんな慶歌の物質世界旅行の締めくくりに、人間の強者つわもの達とのいくさ祭りを贈ろう! さぁ、慶歌!――存分に楽しんでくれたまえ!」

 

 

 

 

 

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