第14話 ようこそ堕落至上主義の教室へ

 翌る日。昼頃まで寝ていた。何も予定がなく、惰眠を貪っていられる瞬間は幸福だ。しかしいつまでもそうしていると怠さが襲ってくるので布団から出る。


 外に出る。見える景色、空気、何もかも新鮮だ。


 近くにある、気になっていたパン屋さんへ行ってカレーパンとソーセージパンを買った。どちらもとても美味しかった。


 私はこのパン屋さんの常連さんになることを考えた。


 そして日々必要最低限の、尚且つ暖かいやりとりを続けて、ゆくゆくは東京のお父さん、東京のお母さん的な感じのドラマを展開できたら面白いだろう。できたら、ね。


 私はパン屋さんという文化が好きだ。それはこの1年間でさらに深まった。


 焼かれて膨らんだパン生地の噛めば噛むほど感じられる酵母の味。

 それにパンというのは一つ一つが可愛らしいものだ。


 パン屋さん巡りは、喫茶店・カフェ巡りなどよりもコスパ、タイパが良い。

 喫茶店ってコーヒーとかフラペチーノとか、飲み物に400円とか500円とかするし、スイーツやパン系も高いんだよね。

 それにスイーツはデザートというか、いわゆるちゃんとした食事ではないけど、パンは朝食とか昼食としてもおかしくないだろう。


 そういった意味で私はケーキやアイスとかにあまりお金かけたくないかな。たまに食べるけど安いものしか食べない。それでも大して味の違いがないというか、普通に美味しく感じられる。


 結局、舌は肥やさないに限る。しかし限定した食分野においてこだわりを持つことは人生の豊かさ、奥行きにつながるだろう。


 全てはバランス、中庸が大事。あらゆる哲人、宗教者はそう述べる傾向にある。

 


 18日の打ち上げはバックれた。

 なんか、コンディション的に難しそうだと思ったから。少し前から私に生じている迷い。


「もういいんじゃないか。色々と」


 血眼になって恋愛体験を求めにいくのは苦しいし、やる気が起こらない。

 私は日常の些細な幸福を掴んでいける精神状態まで回復してきていて。だからもう楽になっていいんだ。


 私はずっと、「Stay hungry, stay foolish」の生き方を目指してきた。飽くなき探求心を捨てるという選択肢はなかった。それをするのは甘えだと思ってきた。


 だけど、向いてないと分かった。


「頑張らないと、頑張らないと」


 と焦燥感にかられることで、私はむしろ弱り、頑張れなくなってきた。

 100のやる気は100の頑張りには還元させず、10くらいの頑張りにしかならない日々だった。


 だから実際的な行動具合で見れば、私は大して頑張っていないように見えるかもしれない。

 でも、それが私のできうる限りの頑張りだった。10を少しずつやってきた。たまに間違えて無駄にしながらも。


 一般的に、弱者は努力を放棄して他責をするように見えるために非難されるが、実際のところ、努力をしようとしてもできないか、少ない努力で精一杯なのであり、どうしようもないのだ。


 しかし現代において、努力論は資本主義との相性がよく、自己啓発本とか、恋愛マニュアルをnoteで販売したり、そういう人は多いから、弱者は翻弄される。

 

 人間には個体差があり、努力でなんとかならない領域はある、という現実は、都合が悪いので無視される。


 確かにある程度は努力してみる必要があるだろう。しかしその結果、自分が頑張ることのできない無能なのだと理解できた場合、速やかに努力から撤退する必要がある。

 それを教えてくれる人は案外と少ない。

 

 明日に食うものがある安泰な世の中で、差別化を図りたいだけのくだらない争いが繰り返される。


 私はそこからゆっくりと遠ざかっていく感じがした。



 少し前まで、私は寝ることとシ◯ることしか楽しみがなかった。

 でも気づけば、私はそれ以外にも、人生を紛らわせるための趣味なり知恵なりを得ていた。


 趣味とは、作ろうと思えば思うほど作れない。自分の外側の世界に興味を持ちなさいなんて言われても、無理だった。


 それでも、自分なりに行動してみると、それに付随して次第に知識や興味がひろがる。


 願望を叶えるために努力することは、弱者にとって、その結果報われるためのものではなく、その過程で努力を捨てるための材料(知識・興味)を得るためのものなのだ。きっと。


 私は中学の頃アニメがすごく好きだった。でも、高校半ばくらいからあまり見なくなった。

 そんなことよりも、彼女を作るために努力しなければ、と思って、恋愛系のYouTubeとかナンパ実録音声とかを聞いて気持ちを昂らせていた。


 アニメを久しぶりに見てみよう。あぁ、『よう実』のセカンドシーズンやってるんだ。改めて『よう実』は面白いな。


『SPY×FAMILY』も思いのほか面白くハマってしまった。

 

 少し前からエロゲを色々とやっていた。モテるためとか関係なく、やりたいものをやる。

 ギターも趣味としてしっかりと継続していこう。チリも積もれば大和撫子、であるから。


 でも正直、ギターはしんどくなってきた。指を広げてフレットを抑えるのが難しいし、ミュートとかもできなくて音鳴っちゃうし、空ピッキングができない。


 継続あるのみだってのは分かってるんだけどね。

 ただ、1日サボると既に弾けていた所ができなくなってたりして、やり続けなければならないという強迫観念により億劫さが増してきた。



 ギターを適当にじゃかじゃか弾いている分には楽しかった。その過程でメロディが生まれてきた。そこに歌詞をつけると良い感じになった。


 作曲ってもっと難しいものだと思ってたけど、実はこんな感じでいいのかもしれない。


 なんというか、自分の中の貪欲さを減少させると、完璧主義傾向も身を潜めて、純粋に楽しみと共に、感覚的にものごとを行えるようになり幸福度が増した。

 

 ギターでコードを弾いて曲のラインを作って、AメロBメロサビの流れを意識する。


「定期が切れないうちに」というポップな曲を作成した。


 学生は大抵、定期券を購入しているだろう。その定期が切れないうちに、行きたいところへ行こう、興味の赴くままに飛び出そう! というポップなテーマである。


 出来るだけ明るい大衆ウケするものをまずは作っていこうと考えていた。

 やはり基礎を押さえずして応用はできないように、大衆的なポップな曲をマスターしてそこから徐々に個性を出していければ良いだろう。


 以前HIPHOPにハマっていたことがあって定期的にラップを作ったりしていたけれど、大抵ネガティブで難解なものに仕上がった。


 それも良いんだけど、現在の心境としてはポジティブな曲を作りたい。


 技術的にどうだとか、そんなことを考えない。私が素晴らしいと思えばそれでいいのだと開き直って。



 一足早く「十二月上のアリア」というクリスマスソングを作ることにした。アイデアが降ってきたから。


 運命を覆せ! という応援メッセージが込められた曲だ。


 恋愛ソングというのは様々にあるが、恋が成就する前の、相手すら見つかっていない段階の人に向けてのものはなかなか少ない。たから私はそういったものを作っていきたいと思った。


 この曲はギター実録ではなく、dominoという無料DTMソフトで音階を打ちこみ、ベースとかピアノとかドラムとかも入った本格的な曲となっている。結構大変だったがパズル感覚で楽しかった。


 ギター、ベース、ドラム、ピアノとかの楽器的役割をなんとなく掴むことで、音楽鑑賞の際の楽しさも高まる。


 ギターは、Aメロは短音弾き的な、特徴的なフレーズとかが入ってくる感じがする。

 Bメロはアルペジオとか、ゆっくりとしたストロークになったりするよね。徐々に加速していって、サビは曲によるかな。ピアノとかヴァイオリンとかが入ってくる曲だと、主旋律じゃなくて副旋律的なパワーコードのストロークだよね。



 より一層色々な音楽を聴くようにした。ここのフレーズいいなとか、この歌詞すごい染みるなぁ、とかそういう気づきがあって。


 音楽、MVというのは総合芸術だなって。イラストと編集と、音楽とそこに乗せられた詩。


 以前には気づけなかった歌詞の意味に、今は何とかなく感じ取れるものがあったり。


 これでよかった。大丈夫。彼女できなくてもいい。


ーーー


「本当にそうなのか? 彼女できたことないのに、なぜこれで良いと分かるんだ?」


 酸っぱいぶどうだとか、そういうことを言いたいんだろう。

 だから何だよ。手の届かないぶどうにいつまでも固執して、地べたに転がっている色々な果物を無視する方が愚かだよ。今手元にあるものに満ち足りた私には、手に入らない諸物なんてどうでもいいと思えるよ。もう完結しているんだよ。完璧に満たされた世界だ。


「そうか、それは良かったけど、じゃあこの先何のために生きるの? 努力からの撤退とか言いつつ、どうして作曲とか文章執筆とか色々頑張ってるの? 本当は何もやりたくないのに。君は堕落できてないよ。結局努力に縛られてる。どこか焦燥感を覚えているだろう。どうして?」


 確かに、今までは青春獲得、もとい彼女獲得の目標に向けて頑張ってきた。この先は自分の内側から湧き出てくる衝動に任せて色々やってみようと思う。その結果どこに辿り着けるのか分からないけど、焦燥感というよりはワクワクしているよ。

 確かに堕落ではないかもしれない。でも別に堕落マスターを目指すわけじゃない。完璧に堕落する必要なんてない。何もするなと言われて本当に何もしないでいられる人はなかなかいないだろう。


「理論上、君は恋愛を求める執着心から解放されている。しかし本当は分かっているはずだ。どれだけありのままの幸福、小欲知足、趣味がどうだと文章を書き連ねても、それを綴っている時にはそう思えても、ふとした瞬間に彼女がほしいと願う自分がそこにいること。

身体的には焦燥感を覚えているのに、によって無理矢理それがワクワクなんだと思い込もうとしている。まあこれからもじっくりと見させてもらうよ。君の答えを」

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