異世界転生後、勇者になって闇堕ちしました。

青芭 伊鶴

プロローグ

「また推しが……死んだ……だと?」


 自分の部屋で漫画を読んでいた俺は、絶望感に陥っていた。

 毎週水曜日に更新される大好きな漫画で、推しキャラが物語上で亡くなった。落ち込む気持ちが嫌だというのに、俺は思わず「アハハ」と声を出して笑う。


 何度目だろうか、推しが死ぬのは……。今も慣れない。それなのに、俺が好きになった作品に出てくるキャラクターは、必ずと言っていいほどに死んでいく。まるで俺自身が『』のように思えてしまう。


 推しキャラという二次元ならまだしも、本当に生きている推しすら死んでしまう。友人からは「瑛多えいたが死神じゃねえの?」って言われた。ワハハと笑い合っているクラスメイトを横に、俺は苦笑いを浮かべていた。

 そうかも、しれないな。多分そうだな。


 推しができても死んでしまうなら、俺が生きている意味が無い。そう思っていたことも何度もあった。立ち直れない時期もあって、一時期は自傷や自殺などの行動を多々やってしまったこともあった。

 その異常行為に両親は心配して、精神科に連れていかれたこともあった。それでも癒されないのは、推しが死ぬから――でも、俺は生きてる。


「先生、俺は生きてるんです。推しよりも――長生きするんです」


 そう呟いてから、月1の通院のみになった。

 今もそうだ。高校生になってから両親からの監視が強くなり、心配性が酷くなった。ウザいとは思う。でも、生かせてもらっているのは事実だ。

 食後の薬を飲んで、ベッドの上で1日を過ごす。その暇潰しとして見ていたはずの漫画が、前に推しが死んで悲しんだというキッカケの――でも後悔はない。だって、それで行きたくもない学校に行かなくてもいいのだから。


「なんて思っていても、将来を考えなきゃいけないんだろうなぁ」


 毎日のように届く宿題は、即行終わらせる。こう見えて、頭だけはいい。テストの点数は常に100点。それ以上の点数は無いのかと思えるくらいには、暇で暇でしかたがなかった。だから今日も、学校の先生に電話をする。

 番号を打ち込んでいくのに、手が震える。ああ、怖いんだ。心の中にある暗闇に、とても怯えているのだ。何に怯えているのかは分からない。でも、怖かった。


 偶然帰ってきた兄貴が受話器を奪って、俺の名前を呼んだ。何度も、何度も。

 ハッとして顔をあげると、兄貴は心配そうに見つめ、涙を浮かべていた。

 何をしていたのかは覚えていなかったけど、俺は受話器の紐で首を吊ろうとしていたらしい。いや、バカなことをしていた。でも、直らない気がする。もう二度と。


 兄貴は受話器を置いて、首についた締め付けられた跡を触れる。悲しそうな目を向けている兄貴に、俺はちゃんと事情を話そうと思った。


「ごめん、兄貴。何も覚えてない。でも、学校に電話しなきゃ」

「そうか、分かった。俺が電話するから。どう言えばいい?」

「ああ、えっと……2年生の全ての教科が終わったから、今度は3年生の分の勉強がしたいって」

「了解。瑛多は部屋に戻ってろ」


 そう言われて、俯きながら小さい声で「うん」と呟いた。

 兄貴はすぐに学校に電話をしてくれたらしい。2階へ上がる時に、先生との会話が聞こえてきたからだ。

 ああ、寒い。どうして俺は報われないのだろう。テストで100点を取ったって、クラスの誰かが褒めてくれるわけでもない。家にいるから勉強が捗るんだろうなぁ、と嫌味を言われたのが嫌だった。

 それ以降、学校に通うことすら難しくなった。家に帰ってから、好きなこともなければ、アニメを見たらまた推しが死ぬんだろうと思うと億劫だ。


 で、まあ、ここまでが俺の人生についてで覚えていること。

 それ以降といえば、俺が暴走して心身的に耐えられなくなり、自殺へ走った。家族が誰もいないタイミングを狙って、首を吊ってしまった。

 意識が遠のくのがわかる。首筋に縄の跡が……って、あれ? ない?


 どうやら俺は意識を取り戻して、病室のベッドの上にいる。記憶が曖昧で、あまり覚えていない。確か自殺したはずなんだけど……でも、助かったっていう事?

 体を起こそうとすると、全身に激痛が走る。現実のようだが、自殺方法としては不自然な部分がある。全身が痛いなら、飛び降り自殺が適正なのでは? などと考えていると、病室の扉のほうから見知らぬ声が聞こえてきた。

 ガラリと横にスライドする扉が開けられた先に現れたのは、兄貴によく似た医者(?)のようだ。俺が起きているのを見ると、驚いた様子で急に跪いた。


「瑛多様、ああ良かった……もう起きないかと思いました……」

「え?」

「あなたは半年間、目が覚めなかったのですよ! 覚えていませんか、魔王との戦いの後の出来事を……」

「は? いや俺、自殺したよね?」

「じ、じじじ、自殺ですって? そんな事をするわけが無い! 勇者様であるあなたが自殺をするなんてあり得ません!」


 見知らぬ村人らしき大勢の男女も、ウンウンと頷いている。

 意味も分からず、とりあえず医者の名前を聞いてみた。よく話を聞いたら、勇者パーティーのヒーラー的存在の貫太かんたという。貫太という名前も、兄貴と同じ名前だ――複雑すぎる。


 とはいえ、俺の状況はあまり良くないと思った。自殺しようとしても生きていたし、異世界転生していたとは。何が現実で夢なのか。多くの出来事が起きすぎて、正直言って、俺は混乱していた。

 病室には少ない数の小説が並べられ、何でもいいから読んでいたいと思ったが、この世界の文字なのか……全く読めん。読めないと言うと、変に思われるのだろうか。分からないけど、とりあえず分かる文だけ勉強していくことにした。

 そうすると、少しずつこの異世界の事が分かるようになった。勉強法は簡単で、貫太先生に「目が覚めたら、文字が読めなくなっていた……」とかいう適当な理由を付けて教えてもらった。

 単純な理由に引っかかった彼は「私で良ければ、何でも教えますよ」と言ってくれた。本当に壱から百まで、だ。とても助かる。


 ちなみに俺が読んでいたのは、前の勇者瑛多が書いた日記らしい。達筆で読みやすく、綺麗すぎる文字に、思わず息を飲んでしまうほどだ。

 その日記によると、俺は今までの今までずっと魔王との死闘の中、何度も死にかけた。治療が間に合わないほどに、何度も無理して戦っていた。まるで自殺する前の俺が必死になって生きているかのような……。そこまで必死だったかと言われたら、そうでもないんだけど……。

 だけど、アニメの推しが死ぬことが多くて、自分の人生すら棒に振ってしまったという事は間違いないと思う。なにせ自殺した事だけは、ちゃんと覚えていたんだから――で、ここからが問題だ。


 俺がどういう人間で、過去がかなり捻くれているのは分かってくれたと思うけど、正直言って社会人になる前に死ねてよかったと思う。でも、現状は前世と同じような背丈と年齢だとすれば、いずれは『大人』になるということ。

 そうなった時、俺は一体どう生きていけばいいのか分からない。推しすらいないし、推したら死ぬなんて耐えられない。この異世界だって同じような物だろう。俺が好きになった人は全員死ぬんだ……。

 悶々と考えていると、貫太先生はまた心配そうに顔を覗き込んできた。


「他に心配事でもあるんでしょうか……?」

「へ? なんでそう思うの?」

「顔色が悪いなぁと思いまして……」

「あは、あはは、そうだね……」

「不安なことがあれば、ちゃんと相談するのもいいですよ。何より心の居場所ができたような感覚になれますから」

「はあ、感覚……」


 まだ病院のベッドから身動きできないほど体が痛いので、貫太先生に手助けしてもらいながら一緒に暮らしている。それでも、一緒にいると前世の兄貴のような優しさがある。そんな彼が敬語で接しているのを見ると、この世界で生きている瑛多という男は、かなり大きな功績を残したのだろう。

 ごめんな、俺みたいなよく分からねえ奴と入れ替わっちゃって。入れ替わったというよりも、俺と別瑛多が異世界転生していたら面白いよなぁ……とか考えたりしてた。でも、ありえないよな。だってそういう話って聞いたことが無いし。


『じゃあ、お前が時代を作ればいいんだよ』

「え?」


 よくある『何処からか聞こえてきた声』に反応して、体を起こす。耳を傾けるが、もう誰も話しかけてこない。聞き間違いなのだろうか。


「瑛多様、傷が治りましたら、今後について話し合いましょう」

「え、なに? 今後について?」

「はい。何者かが私に『大切な人を守れ』と言ってきたので、私もこれからに向けて頑張っていこうかなと思いまして」

「頑張るって……魔王は倒されたんじゃないのか?」

「いえ、致命傷は与えることは出来ましたが、魔王はまだ倒されていません。また冒険に出なければなりません」


 そう言ってから、俺の視界はぐらりと揺れた。

 まだ完全には治っていないのは分かっていたが、体力が尽きてしまい、寝てしまった。そうして俺は、異世界転生というものをしたらしいので、今後は魔王を倒すために動くそうです。何ひとつ分かっていない俺は、今後やっていけるのか不安で仕方がない……というのが本音だ。

 当然と言えば当然なのだが、村人は勇者の存在を認めているが、反対派も勿論いるという話を聞いた。貫太先生は何でも物知りである。


「兄さん、俺、頑張る……」

「……ええ、勿論。期待していますよ」


 寝言で言っていた事が貫太先生に聞かれていたようで、起きた時に報告された時は、恥ずかしさで穴があったら入りたくなった。

 それでもこれからは、勇者瑛多として改めて旅に出ることになりそうだ。

 この物語は、旅の途中で書いていた日記のようなものである。物語のように示したので、是非読んでいってほしいと思う。

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