第3話 「また今度」ってさ

 何とか身バレを防ぐことはできた……。

 しかし、俺の服の行方が分からないので、下手にここを出ることができないと気づいた時には結構青ざめたものである。


 どうしよう、グッバイマイクローズしようか。

 でも、あれ高かったんだよなぁ……


 それにしても、さっきから聞こえる彼女のシャワーの音がどうも気になる。

 理性を抑えるためにこの音を遮断しようとしたわけだが。俺の荷物に耳栓のあてはない。

 悶々としながら、俺は正座の姿勢で部屋の中央に待機していた。


 ふと、俺はこの部屋にある鏡が目に入った。

 よくある立て鏡である。全身を見るのに十分すぎる大きさの鏡だ。


 その前に立ってみる。そこには当然、俺の今の全身を拝むことできた。


見た目だけ見たら、本当に女の子だ。

Tシャツと短パンを着ているとその要素がグッと増す。こりゃ、本当に勘違いされてもしょうがないような気がする。

 俺はそんなことを思い、顔をしかめながら、自らの胸を押さえた。


 しかめっ面で胸を押さえる女……我ながらなかなかに……。

 って、俺は何を考えているんだ!


 俺は自分を正気に戻すために頬を強く二回叩いた。


「はぁ……俺はいったい何を……」


 俺は鏡に手をつき、もう一方の手で頭を抱える。

 俺は頭がおかしくなったのかと自問自答しながら、徐々に自我を取り戻していった。


「何やってるの?」


 そこには、たった一枚のバスタオルのみを体に巻いた彼女がいた。


「ちょっと!なんですか、その恰好?!」

「別にいいでしょ。同性なんだし」

「え……っと、それは……」


 どうする⁈

 本当にこのまま正直に言っちゃうか⁈

 いや、ちょっと待て、このままゲロった場合どうなるかを脳内シミュレーションでやってみようか。


*****


《努くんによる「ここで自らの性別をゲロった」場合どうなるかの脳内シミュレーション》


「俺、実は男なんだよぉー!」

「え?本当に?」


 その時の彼女の顔はこれ以上ないほど青ざめていた。


「性別詐称して、私の家に侵入して……ひゃっ!」


 その後彼女は頬を赤らめながら、自らの体を隠した。


「き……きもっ……!」


 その後、彼女は110番通報した。


*****


 流石にムショはまずい。何とかここは耐えようか。

 まぁ、今着替え取りだしているから、ちょっと目を逸らしておけば耐えられるだろう。


「そういえば、あの時、なんて言おうとしていたんですか?」


 俺は思い出したように訊ねた。


「あの時……あ、路上で私が言おうとしていたこと?」


 彼女は服を着終えており、ドライヤーでその長い髪を乾かしていた。


「そ・れ・は・ね」


 その四つのひらがな発音に合わせて四段階に区切って、彼女は俺に接近してきた。

 そして、彼女と俺の距離は文字通り、目と鼻の先に……。


「私たちのバンドに入ってほしいの!」


 俺に唾を飛ばしながら、そんなことをほざいた。


「……はい?」


 その瞬間、この部屋の時が止まった。


*****


「それって、つまりはサポートギターの依頼ですか?」

「ううん、正規雇用」


 彼女は真顔で応答する。


「正規雇用?正規メンバー?君のガールズバンドに?」

「うん。できる?」


 正直、それは怪しい。

 サポートならまだいいものの、正規メンバーとなると、他の人たちにかなり迷惑が掛かる。これでも結構サポートとしてのユーザーは多いギタリストなのだ。


「サポートならまだ可能性あるんですけど……」

「え……本当……」


 見るからに彼女はしょげていた。

 俺が発した言葉の意味は「正規メンバーは無理」という答えに等しかったからだ。

 正直、遠回しにそう伝えたつもりであった。


「うん……ごめんなさい」


 彼女は暗いトーンでそう言った。


「あ、サポートギターの依頼だったら受け付けますけど、今回の恩もありますし」


 「今回の恩」とはこの雨宿りの件である。

 正直、助かった。何とか、この恩は返したい。


「うん……」


 彼女は俯きながら、その言葉を絞り出した。


*****


 雨はすっかり降り止んだ。

 俺は自宅にいるだろう久美に「今から帰る」の報を送り、帰る支度をした。


 そして、玄関に立っている今に至る。


「本当にありがとうございました!助かりました!」


 そして俺は「そういえば……」と続いて、とある一枚の紙を取り出した。


「コレ、名刺です。今度のライブサポートくらいはできるので、よかったら呼んでくださいね!」

「あ、どうも、じゃあ、私も……!」


 そして、彼女も名刺を俺に手渡した。


 この娘の名前は……「高橋凛たかはしりん

 本名かな?

 所属バンドは「デンパライト」

 電波ソングやアニソン等のオタク向けの曲を愛して演奏しているバンドのようだ。


「それじゃあ、またね」

「ハイ、また今度……」


 高橋さんは満面の笑顔を俺にくれた。

おそらく、あのライブハウスでライブしているバンドならじきに会うことがあるであろう。


───また、あのライブハウスで会おう。


 その気持ちをこの「また今度」に乗せて、俺たちは別れた。

 それにしても、電波ソングやアニソンをよく弾いているバンドか。今度一緒に演奏してみたいな。


 かくして、これがとあるガールズデンパバンド・デンパライトとの出会いであった。


*****


 夜、俺はくたくたになりながら家に戻った。

 立派な一軒家だ。考えてみると、こんな町中にこんな家を持っていることって結構恵まれているのであろうか。


「あ、お兄ちゃんお帰りー」


 ひょっこりと久美が顔を出してきた。


「ただいま……」

「疲れてるね」

「まぁ、いろいろとな」


 そこらへんは濁す。そして適当に切り上げる。

会話が面倒な時にさっさと離脱するために使える会話術だ。


 自室に戻ると、パソコンが起動していた。消していなかったか。

 ちょっとマウスを動かしてみると、少しだけ進んでいるデータが映っているロード画面がそこに映し出されていた。


───まぁ、ちょっと進めてみるか。


 俺はそう思って、ゲーミングチェアに座り、データをクリックした。


*****


 翌日。

 今日も今日とて、しっかり学校だ。

 俺は当然遅刻なんてしたくないので、ちゃんとダッシュで家を出た。

 そして校門が視界に入ってきた。ゴールが見えるとそれ以外が見えなくなるのは人間の神経の出来上がり方を憎むしかない。

 そしてゴールが見えると自然にスピードも上がってしまう。こればっかりも神経の出来上がり方を憎むしかない。


「ひゃっ!」


 そのせいか周りが見えずにとある人とぶつかってしまった。

 これも神経の出来上がり方を(以下略)

 しかも、女子。

 そしてそいつは今俺がこの姿で会うにはとても都合の悪い事情を持っていた女であったのだ。


 昨日、その顔は俺に笑顔を見せてくれたのだが、今、その顔は俺に蔑みの嫌な顔を向けている。


「は……ハナミさん……?」

「高橋さん……?なんでこの学校に……!」


 俺の心の中では現在大音量の警報音が鳴り響いている。

 この「また今度」の意味通りとならなかった再会に反応したそんな警報音であった。

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