第2話 女部屋のシャワー
「アレ……あなた……」
そこにはベンチに腰かけて、缶のしじみ汁を啜っている一人の長髪ポニーテールの女の子がいた。
その彼女に既視感はあるのだが……。だれだったっけ?
「確か今日のMEKALICっていうバンドのサポートギタリストでしょ?」
「あ、はい。今日のライブは多彩なギター音色が欲しいからってお仕事いただいて……!」
こういう場面でもしっかりと女のフリをできる俺……。まぁ、これも慣れの賜物か。流石の俺もこの特技を自惚れて良いものか、呆れて良いものか。
すると彼女は突如、俺の手を取った。
「本当に凄かった……!」
そして俺の顔を見つめる。
おいおい……こいつもしや、俺に惚れてるか?
「本当に、女の子なのに凄い力強くカッコいいギターを弾くわよね!」
あ、そっか。今俺は女っていう扱いだった。
もし、この娘が同性愛者だったとしても、それはそれでちょっとまずい。
「ああ……そうですね……まぁ、その場の雰囲気に合わせて……」
俺は適当に返すことにした。
「本当に凄いわね……同じギタリストとしても凄いって思ったわ」
そうだ、思い出した!
この娘は今日のブッキングライブに出てたデンパライトというバンドのギターだった娘だ。この娘も結構上手かったような気がしたのだが。特にコードバッキングがすごく綺麗だった。心地よかった。
「ところで、何か用ですか?」
「あ……うん。ちょっと頼みたいことがあって……」
その時であった……。
ポツン……。
俺の鼻に一つの雨粒が落ちた。
「ん?」
俺はそれに反応して空を見上げる。
すると天は無情にも多量で激しい雨粒を我々に与えた。
「うわっ!」
「とりあえず、私の家行こう⁈すぐ近くだから!」
彼女はそう言って、俺の腕を引いた。
*****
なんと俺は……女子の家に上がってしまったようだ……。
家主は「遠慮せず上がって」と快くその門を通してくれたわけなのだが。
——-本当にいいのだろうか。
そもそも彼女は俺を女だと思っているわけだし。
この状況、結構まずいのでは?
「結構濡れちゃったね……先風呂入る?」
「へぇっ?!風呂?!」
思わず声が裏返ってしまった。
「うん、入るでしょ?ぐしょぐしょになっちゃったし、あ、着替えは用意してあげるよ。私のやつ」
「あんたのやつ……」
彼女は俺が男とは思っていない。
同性としてこの扱いをしてくれているのだ……。
本当に俺が男であることは隠さなくては……。
じゃないと、普通に逮捕されそう。
*****
俺は彼女に勧められて、先にシャワーをいただいた。
他人のシャワー室は何やら不思議な感覚であった。
なんか、言葉で表せないような変な感じ。友達の家に泊まるときにもこんな感覚になるのだろうか。俺は経験がないからよく分からないが。
「ああ……しかし、どうするか」
俺はシャワーを浴びながら悶々としていた。
自分の股間についている、禍々しいブツを眺めながら……。
あ……ちょっと起立してる。
でも、ここで致すわけにはいかないよな。
俺はそう思い、目を閉じて感情を抑えた。
───よし、何とか静まりそうだ。
「あの───、ここに着替え置いておくからね───!」
「あ、どうも!」
ううん……なんか同棲しているカップルみたいだ。扉一枚の先に彼女がいる。頼むからその扉を開けないでくれよ?ばれるわけにはいかないし、俺には露出趣味もないから、開かれたところでマイナスしかない。
というわけで、シャワーを終えた。
まぁ、雨に降られた時の肌の気色悪さはすっかり消えて、気持ちはよかったが。
やはり女子の部屋ということもあって、リラックスはできなかった。
シャワー室を出て、脱衣所を見渡すと、そこには彼女が置いていった着替えが置いてあった。
内容は普通のTシャツとズボン、パンツは……まさかのショーツ。
これ、俺でも履けんのかな?
一回試してみる。無理しながらでもなんとか入った。
でもホントに自由度がなさすぎる。股関節が窮屈だ。
これ、サイズ合わんな。
これを履いて動き回るのは現実的ではない。
「おーい、終わったー?」
ギターの女の子は脱衣所の扉を叩いて問う。
ええい……ままよ!
私はそのギチギチパンツを履き、他の衣服をさっさとその身に纏わせた。
「あ、服入ったのね」
「ああ、はい、なんとか……ありがとうございます」
萎縮してしまう。
下着もそうだし、何より女性の部屋っていうのが本当に落ち着かない。
「アレ?ところで親御さんは?」
「ああ、私、一人暮らしだから……」
一人暮らし……立派だな……。
「さて、私も気持ち悪いし、さっさと入っちゃおうかな」
彼女はそう言うと、その身を包んでいた衣服をその場で脱ぎだした。
「ちょっ!」
俺は思わず、目を手で覆う。紳士だろ?
「ん?どしたの?」
「いや……何も……」
俺はそう言いながら目を逸らす。
しかしこの女、俺がせっかく見ないように目を逸らしてやっているのにも関わらず、どんどんと距離をつめやがる。
痴女か……?痴女なのか……⁈
「俺……俺……」
焦って、口が言うことを聞いてくれない。
下手に変なことを口走ってしまったら本当に困るのだが、コントロールが効かないのであるから仕方ない。
結果、俺は口に頼るのをやめた。
その時点で発言を終了。その後、無言でその部屋から立ち去った。
その様子に彼女はやはり、首を傾げたようである。
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