第15話 秘密は知らないからこそ秘密なのである

俺は書類を抱えたまま4組へ向かう。職員室は1階だから、帰る前に提出すれば問題ないだろう。



「あ、つばっち!」



「おいっすー。」



「あ、扇さんに木之原さん。今帰りですか?」



4組の教室入口でちょうど入れ違いになった2人組の生徒に七篠が声をかけられたようだ。さっき名前を聞いたのでさすがに覚えている。甘鷺の昼友達である。


2人とも不自然に伸びたまつげに、爪は校則ギリギリまで伸ばしている。現場はゆるい雰囲気が漂っているが、怒らせるとやばいと直感がささやいている。



「うん、ちょっと用事でね。」



背の小さい方、扇は何だか目が泳いでいる。



「そういうつばっちはどうしたん?」



大きい方の木之原は話題を変えようと椿羽に質問をする。



「私はここにいる緋村くんが困っていたので、少々手助けを。」



俺の時とは大きく違い柔らかく喋る七篠、いや椿羽。喉をすり替えたのかと思うくらい他所行きな声と、目もおっとりしているように見える。



「「へぇ、緋村、ねぇ。」」



急に俺へ眼を飛ばす女子生徒2人。別に椿羽と親そうでもないのに、よくわからない結束力を出すのはやめてほしい。ていうかそんなに見ないで。



「まぁいいや。とりあえずうちらは帰るね。つばっち、また明日〜。」



意外とあっさり身を引く2人。扇の一言で踵を返す。

いや、もしかしたら身を引きたかったのか?



「あのさ。」



咄嗟にそれを引き止める椿羽。2人は歩く足を止める。



「今日、甘鷺さんの様子がおかしかったでしょ?何か知ってたりする?」



おいおい、それを聞いていいのか?最悪、嫌っていた直線的な答えを聞くことになってしまうぞ。いや、それは俺にとって最高なのかもしれない。



「あぁ、それな。なんだったんだろうな、牡丹(ぼたん)のやつ。」



思い出したように天井を見上げる木之原。よくみると目がフニャとなっていて視線は柔らかい。

牡丹ってのは甘鷺の下の名前か。甘鷺牡丹、こう聞くと聞き覚えはない。



「普段あんな怒る奴じゃないんだけどね。」



首を傾げる扇。短い髪をガシガシと搔いている。



「学食食べてる時はあんなに嬉しそうだったのにな。」



え?

その言葉に、思わず椿羽は反応をする。



「学食?!今日甘鷺さん学食行ってたの?」



「え?うん。アジのフライが大好きでね、そりゃもう急いで行ったさ。無事御馳走にありつけて、おいしそうに食べてたよ。」



椿羽の驚きように多少困惑している扇が、少し小さいつぶやく。

これは、推理の破綻だ。




扇と木之原を見送り、4組の教室へと侵入する。

今度は椿羽の隣の席に座り込む。外では野球部とサッカー部がなにやら言い合いになっている。おそらく3年生不在のせいで揉めてしまっているようだ。どうでもいいが。



「でも、私は本当に見たわ。現代文の教科書を取りに来る甘鷺さんの姿を。」



自信がなくなってしまっているのか、椿羽の声は小さくなった。

窓に手を当てぼんやり外を見ている。



「いや、これで謎は解決だ。」



椿羽の見間違えで、この謎は解明される。







「ちょっと、解決ってどういうこと?」



なんか少し怒っているように見える椿羽は、こちらに駆け寄り食い気味に聞いてくる。栗色の髪が夕日にマッチして煌びやかに見える。



「そのまんまだよ。謎が解けたんだ。」



「え?だからどういうことよ。」



困惑しすぎて顔がくちゃくちゃになっている。優等生っぽくなくなるからやめた方が良いぞ。



「教科書を返しただけでなく、借りにきたのも甘鷺本人でないなら、今回の謎は解けるんだよ。」



「なんでよ。」



「椿羽は、教科書を貸し借りする関係性ってどう思う?しかも、本人に何も言わず無断で借りていくレベルだ。」



「そ、そうね、かなりの仲じゃないとやらないわよね。すれ違いが起こったりしたら大変だし。」



少し顔を逸らしながら答える。やはり”椿羽”呼びが慣れないのか。



「もしかして、甘鷺さんがそれを誰かと?」



「そう。そして今日、そのすれ違いが起きてしまった。ただこれは偶然ではない。今日はそれが起こりやすい日だったんだ。すれ違いが起こりやすい日に教科書の貸し借りが行われたんだ。」



「今日?何かあったっけ?あ...」



何かに気づいた様子の椿羽。無音の教室の空気はやたらと綺麗に感じた。



「授業科目の変更...。」



「そうだ。今日は3年生の行事の都合で授業科目が変更されている。それは教科書を無断で貸し借りする間柄の人間にとっては、「消失した」と勘違いするシチュエーションになる。これは少し極端かもしれんが、いつも教科書の貸し借りをして、2人で1人分の教科書を補っているとすれば、相手の時間割もある程度分かるはずだしな。」



「今日はそれが逆に作用してしまった。そのせいで甘鷺さんは、貸しているはずのない教科書が消えていた。その時間に消えるはずがない。そういう心理が働いてしまったってことね。」



「あぁ。教室から甘鷺の怒りに満ちた声が聞こえた時、借りた側の人間は焦ったはずだ。もしかしたら自分が借りた教科書が、ロッカーにしまってあることに気づいていないのかもって。でも空気の中に入っていくのは無理。だから、バレないように携帯で連絡をした。」



「その連絡を受け取った甘鷺さんがロッカーを確認して一件落着。なるほど、確かに筋が通ってそう。」



うんうんと頷く椿羽は、満足した顔を見せた。と思ったのだが、何かを思い出したようで少しムスッとした表情に変わった。



「でもさ、じゃあ私が見た甘鷺さんはいったいなんだったの?」



「それは甘鷺本人だろ。」



我ながらいじわるな回答だ、実に良い。

さっきの仕事で確実に肩が凝った。飯倉にはマッサージ券くらいプレゼントしてもらおう。

ぐるっと首を回しながらそう思う。



「ちょっと、甘鷺さんは学食に行ってたのよ?あの場にいるわけないじゃない。」



「椿羽ってさ、あんまり甘鷺のこと詳しくないんだな。」



俺もさっき知ったばかりの情報だが、ここぞとばかりにマウントを取ってやる。



「はぁ?瑛一に言われたくないわよ。甘鷺さんと凄く仲が良いわけじゃないけど、ある程度の事は知ってるわよ。いったい私がなにを知らないっていうの?」



少し顔が赤くなっている。俺はにやりと笑うのを堪えきれない。



「教科書を無断で貸し借りする関係、クラスが俺と同じ、そして椿羽が甘鷺牡丹と間違えてしまう人物...おそらく1人しか考えられない。」



「なんでフルネーム?」



俺は先ほど作った資料のとある人名を指さす。



「相手は双子の片割れ、甘鷺菊だ。」



先ほど俺が記載した部分にその名前があった。まさか雫石から教えてもらった菊なる人物が今回の1件の主人公である甘鷺牡丹と双子だったとは。どちらが妹で姉かまでは知らないが。



「甘鷺、菊?全然知らなかった、甘鷺さん、双子だったのね。同じクラスに甘鷺さんがいたから、瑛一にはわかったわけね。」



「まぁ俺もさっき知ったけどな。日報を見てるときに。」



「ちょっと!それたまたまじゃない。それ以前に瑛一、クラスメイトの名前くらいしっかり覚えておきなさいよ!」



少し悔しそうにしている椿羽が俺を指さしてそう訴える。

今日は良い夢が見れそうだ。



「じゃあ、甘鷺さんが怒ってた理由は?」



投げやりに質問を投げてくる。確かにその謎が最後に残っている。しかし、これは個人の、いやもしくは双子の問題に踏み込み兼ねない問題である。



「教科書を失くして激昂したということは、間違いなく教科書に秘密があるはずだ。それが今机の中にあるんだとすれば、謎は解けるかもしれない。けど、双子の中で成立している秘密なのだとすれば、俺達が踏み入っていい領域ではないんじゃないか。」



余計な問題を起こしかねない。あとこれはプライバシー的に、故意的に見ればアウトだと俺は思う。

少し間を開けて椿羽は口を開く。



「…そうね。」



心と言葉が反対を向いている気がするが、それでいい。


人間、秘密の数は少ない方がいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 02:00 予定は変更される可能性があります

緋村瑛一の不本意推理ショー @wataru803

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ