第14話 忘却の教科書

甘鷺の行動はこうだ。

昼休み、学食へ向けて意気揚々と飛び出したと思ったら、5分後に現代文の教科書を取りに来て教室を出る。5限を挟んで6限、自分の現代文の教科書が無いと言って声を荒げる。そして、携帯を見た途端自分の誤りに気づき謝罪、ロッカーから教科書を取り出す…。


変だ。変なんだが、これが色んな勘違いによって引き起こされた事なら説明が付くかもしれない。



「昼休みに入って、甘鷺は学食に向かったってのは、信じられる情報か?」



「私が見ただけ。けど、扇さんと木之原さんが一緒だったから間違いないと思う。」



いつも昼食をともにする友達だろう。確かに信憑生は高い。

だとすれば、やはり教室に帰ってきたことに疑問を覚える。甘鷺は友達との昼食を中断してまで現代文の教科書を取りに来た。友達に貸すためだけだったとしたら、優しすぎるよな?



「甘鷺は昼食を取っていたか?」



学食は戦場だ。少しでも遅れれば、買えるのは購買部の方の焼きそばパンやメロンパンくらいだ。それを買ったのなら教室で食べるのがベター、七篠が把握していてもおかしくない。



「少なくとも私がいる間に甘鷺さんは帰ってこなかったわ。学食に行っても手遅れだっただろうし…。でも、どこか別の場所でパンを食べてた可能性ならあるわ。」



「現代文の教科書を持ってか?」



「それは、結構変な人ね。」



友達は学食に行ったのだから、甘鷺は1人でご飯を食べたことになる。そして邪魔な現代文教科書が手元に。

普通、教室に帰ってくるよな?



「ということは、甘鷺さんは昼食を取っていない?」



「可能性は高いだろうな。」



俺は「クラス活動記録」などという意味不明な項目で手がとまる。



「適当に書いておけばいいよそこは。日直の日報でも見ながらね。」



それはいい考えだ。やはり有識者がいると助かるものだな。教卓の中にある日報を取り出してペラペラとめくる。

日報は出席番号順に付けていくため、36人のうちのクラスだと1.5か月に1度くらいのペースで回ってくる。俺はひむらなので、まだ1回しか書いていないが、前半の奴らはもう2回めに突入している。それにしても、1行で終わらせるものや時間割を書くだけで終わらせているものもいる。結構真面目に書いた俺がバカみたいだ。



「でも今の話じゃ、根本的に何も解決してないわ。どうしてロッカーの中にしまった教科書を、甘鷺さんが忘れてしまっていたのか。」



そうだった。日報に気を取られていた。

完全に迷走していた道筋を正さねば。



「考えてみれば、自分で片付けた場所を確認もせずに無くなったと言い張るのは変だ。普段甘鷺はロッカーに教科書をしまうか?」



教科書の管理方法は生徒によって偏る。ロッカーの中で綺麗に保管する生徒、引き出しの中でカオスになっている生徒、大体は二極化だ。こう見えて俺はロッカーに綺麗に保管するタイプだ。



「おそらく、机の中、だったと思う。こう言っちゃ悪いけど、甘鷺さん少しガサツなところがあるし。」



だとすれば、そこには矛盾点が存在する。



「なら、ロッカーにしまうことのない甘鷺の教科書がなぜロッカーにあったのか。」



「それも変な話ね。」



ただし、これを説明するのは非常に簡単である。そこから紐解くこともできるかもしれん。



「おそらくは、甘鷺以外の誰かがロッカーにしまったと考えるのが妥当だろう。勘違いはそこから起きていた。」



「それなら甘鷺さんが勘違いしたのも合点が行くわね。」



その通りだ。だとすれば甘鷺が教科書を持って行った場所も訳もなんとなく想像がつく。



「そっか。甘鷺さんは誰かに教科書を貸して、その貸した誰かが授業が終えた後、甘鷺さんのロッカーに教科書を戻したのね。」



「うん。」



俺はゆっくり頷きながら考える。大体はそんなところだろう。だけど、やはり何だかしっくりこない。

甘鷺は学食へ行かずわざわざ戻ってきてまで教科書を届けに行った。別に学食を終えた後でもよかったはずだ。この疑問は消えていない。

そこまで急ぐ必要があったとは思えん。しかも5限に現代文の授業があったのは…うちのクラスだ。その届け先はうちのクラスの誰かだったわけだ。

俺には関係の無い話だが、クラスで誰かが関わっているとなると、なぜか他人ごとに聞こえなくなる。



「学食をすっ飛ばしても届けなきゃいけない理由があった。そう考えることはできるか?」



「そんな理由、あるかしら。」



今日の授業を思い出してみる。確か羅生門の後半の方、老婆の身包み剥がして行った下人がどうとかこうとか。特段予習が必要な内容には感じなかった。



「授業の内容では、ない気がする。」



「だったら待ち合わせてたんじゃない?それを忘れていたけど、思い出して戻ってきた。」



辻褄は非常に合う。椿羽もドヤっている。

ただ、それでその相手に確認もせず周りの人間を疑うだろうか。


とりあえず、書類が完成した。完成度を期待されても困るが、椿羽監修ということを免罪符にすれば何とでもなるだろう。

というわけでもうこの教室にいる理由はない。



「ちょっと、4組に行ってみるか。」



突然の俺の申し出に、椿羽はシャーペンを片付けながら反応する。



「それって、なんで?」



「もやっとすることが多いからな。現場に行けば何かわかるかもしれん。」



理屈的に説明がついても、気持ち的にはまだ未解決だ。ここまで踏み込んでしまったからには、多少真実が気になる。それにしても、少し椿羽がウキウキしていたのは気のせいだろうか。

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