第7話 朝練を抜け出して
陸上部の朝練を少し早めに抜けさせてもらった。「日直の仕事が。」と誰でも見抜けそうな嘘をついてしまったのはまずかっただろうか。
ただ、古都瀬先輩には事情を話してOKを出してもらったので良いだろう。あまり気にせずに校舎へと入る。
恐る恐る職員室のドアを開け、中の様子を確認する。
しめた!まだ来ている教師は少ない。どんくさそうな星乃先生に、外をボケーっと眺める刈谷先生。これはいける。
私はドアを最小限開け、体を平たくしながら職員室へ入る。左手にある鍵掛けの「生徒会室」のラベルの下にある鍵をそっと摘み上げる。
音を立てないよう、喉をグッと鳴らしながら慎重に行う。
「おぉ!七篠じゃないか。まだ朝練中じゃないのか?」
窓から外を眺めていた刈谷先生が、いつの間にか視線をこちらに移していた。私は肩をビクッと上げ、その拍子に鍵を落とす。
静寂を壊すようなチャリンという音で、私の心拍数は上がる。
「おはようございます、刈谷先生!ちょっと用事がありまして...」
そっと鍵を拾い上げながら刈谷先生に笑顔を振りまいておく。教師というのは印象を大事にする。いつもニコニコしている生徒には大体好印象を持ってくれるものだ。
「おお、そうか。それはご苦労だったな。」
ふふっ、私の勝利だ。刈谷先生は職員室に来た理由も特に聞かずそう言った。これが信頼である。
相手のいない勝負に勝った私は一目散に職員室を出て生徒会室に向かう。さっき動いていたからか、体温は少し上がっていてひょいひょいと階段を登れる。
1年5組の時計がチラリと見える。8時3分ってとこかな。私自身、基本的には時間を守るけれど、瑛一はもう来ているだろうか。
3分ごときの遅刻で怒ってたら、それはそれで面白いけど。
私の期待は裏切られていた。瑛一はまだその場に姿を現していなかった。
というか、あいつのほうが暇なんだから鍵も借りてくれればよかったのに。
これで謎が解けても、貸し借りは0としておこう。私はそう誓った。
廊下で立ちぼうけていても仕方ないので生徒会室に入る。少し立て付けの悪い鍵穴を力を入れて回し、横開きのドアを開ける。
昨日となにも変わらない情景。陽がよく入っているからか、埃が舞っているのがよくわかる。反射的に手で口を押さえる。
コの字に並んでいる机の1番手前の椅子に腰掛ける。この部屋に来るのはこれで何回目だろう。分からなくなる程度には来たということしか分からない。
ん?
少しボーッとしていると、私は一つの違和感に気がついた。
「なんだろう、これ。」
コの字に並んでいる机の黒板側、私からして右前方に、昨日までなかった1枚の紙が無造作に置いてある。
—-一度3階に降りて、すぐに帰って来てくれ—-
昨日、私が帰る時は間違いなくなかった。となると置いた人物は1人に限られる。
瑛一だ。あいつはこれを昨日の放課後に置いていったのだ。
ただ、そうなるとこの指示の書かれた紙は私宛でない可能性もある。私が今日ここに来るのは昨日下校途中に決まったことだ。紙を置いていけるわけがない。
もしくはそれも見越してこの紙を置いていった?
そう考えると、まんまと瑛一の思惑通りなってしまっている今の現状に若干の不満が募る。
それでも、ここで黄昏ていたって暇なだけだし。私は指示通りに3階へ降りることにした。
階段を降りると、4階へ上がってくる男子生徒が1人いた。
朝練の時間に体操着で4階、何をしていたんだ?
そんな目で見られて少しムッとしたが、冷静に考えればもっともな反応だということに気づき落ち着く。おそらく本物の日直だろう。
3階に来たはいいものの、ここで何をすれば良いのか。
紙には3階に行って戻ってこればいいと書いてあった、と思う。しっかりと文面は覚えていないけど。
私はチラッと2年生のフロアである3階を覗いて4階に戻る。廊下で可愛い後ろ姿の女子生徒が一瞬見えたが、おそらく先輩だし注意深くは見なかった。
4階に戻ってきた。
廊下に特段変わった様子はない。それはそうだ、1分と経たず戻ってきたのだから。
やはりあれは私宛のメッセージではなかったようだ。
はぁ、と一つ息を吐いて生徒会室の扉を開ける。
そこには驚くべき光景があった。
いや、そんな大袈裟なものではない。わずかな変化ではある。
ただ、その変化は私の退屈を吹き飛ばすのには十分だった。
「紙が、なくなってる。」
私に意味のない行動を指示した紙、それがなくなっている。私への指示だったのかより、大事なのは消失していることだ。
まるで昨日の重要書類消失と同じだ。誰も知らない間に、どこかへと消えてしまった。まるで魔法のように。
私が認識する4階にいる生徒は、先ほどすれ違った男子生徒だけ。
では彼が?意味がわからない、盗む理由がない。
これは、正真正銘、
「消失だわ…。」
「いや、違う。」
…!
その声には、先ほどの刈谷先生との一件よりも驚いた。
2歩後退りしてしまい、バランスを崩して尻もちをつく。
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