第20話:八奈出さんにオプチャを説明する俺

【◇現実世界side◇】


「八奈出さん。その招待メッセージからオプチャに登録すると、参加者のみんなとトークができるようになるよ」

「時任君もイラストを描くのですか?」


 オプチャのタイトルが『プロ絵師になりたい人集まれ!』だもんな。

 そう思うよな。

 だけど違う。


「俺はイラストは描かないけど事情があって、そのオプチャを設立した人から管理人を引き継いだんだ。参加者は少な目だし、みんな穏やかでいい人ばっかりだから遠慮はいらない。気軽にトークしたらいいよ」

「そうなんですね。時任君は魅力的だから、こういう交流でもきっと人を惹きつけるんですね」

「いやいや、八奈出さん上手だな。お世辞はいいよ。登録してみてよ」

「お世辞じゃないですよ」


 そんな目で見ないで。お世辞を真剣にしちゃうじゃないか。


「登録……えっと……えいっ! こうかな? わっ、画面が開いた!」


 八奈出さんって、いちいち声を上げながらスマホを操作して、まるで小学生みたいだな。


 おっ、でもうまくできたみたいだ。

 オプチャの画面に『ヤナヤナが参加しました。』というメッセージが表示された。


 八奈出さんのネーム、ヤナヤナなんだ。

 目の前のキリッとした美女とのギャップが可愛い。


 しばらくオプチャの画面を眺めていた八奈出さんは、少し不安そうな目を俺に向けた。


「あの……この会話にどうやって入って行ったらいいのでしょうか?」


 初めてのオプチャで、しかも極度のデジタル音痴には、初めてのトークは確かにハードルが高すぎる。


「じゃあまずは『はじめまして』って挨拶を書き込んでくれる? そしたら俺もメッセージ入れて、会話を誘導するよ」

「ああっ、何から何まで手がかかる子ですみません!」


 八奈出さんって、自分で自分を『手がかかる子』だなんて呼ぶんだ。可愛いな。


 彼女はスマホの画面をポチポチ押して『はじめまして』と書き込んだ。

 俺のスマホの画面にヤナヤナのメッセージが現われる。


■ヤナヤナ『はじめましてヤナヤナです。イラスト好きの皆様とお話がしたくてこの度こちらに参加させていただきました。何とぞよろしくお願いいたします。』


「やった! できた!」

「上出来だ。こっちの画面にもちゃんと八奈出さんのメッセージが表示されたよ」


 キッチリとした性格があふれ出る自己紹介で、いかにも八奈出さんだ。


「至れり尽くせりなサービス満点のご指導ありがとうございます。やっぱり時任君を信用して大々正解です。時任君は本当に優しいです」

「いやそれ褒めすぎ。俺、そんなに褒められ慣れてないから、有頂天になっちゃうよ」

「なってください。有頂天になってください。大丈夫です」


 ふんすと鼻息が聞こえそうなくらい興奮気味。

 クールな八奈出さんの子供みたいなこんな姿も可愛い。


「じゃあ今から俺もメッセージ入れるよ」

「はい、わかりました。まだかなまだかな」


 八奈出さんは今からパーティが始まるかのようなワクワクとした顔で、両手で持ったスマホの画面をじっと見つめている。


「八奈出さん。いくら画面を見つめても、まだ俺のメッセージは出てこないよ」

「そ、そうなんですか?」

「だって俺、まだメッセージ打っていない。見たらわかるよね」

「あぁーっ、そうか。それは気づきませんでした!」


 とんだデジタル音痴がいたもんだ。

 まあ可愛いからいいけど。


■悠馬『ヤナヤナは俺のリアルの知り合いなんでよろ!』

■悠馬『昔イラスト描いてたんだって』


 これだけネタふっときゃ、オプチャのメンバーがちゃんと絡んでくれるだろ。


「八奈出さんがイラストに関して思ってることとか、同好の士に訊きたいこととか、なんでもトークしたらいいよ。みんな親切だからきっと乗ってくれる」

「わかりました。ありがとうございます」

「わからないことあったら俺に訊いてくれたらいいし」

「はい。今日は本当にありがとうございました」


 八奈出さんは律儀にきちんとお辞儀をした。

 さっきまでの不安げな雰囲気から、どことなく元気な感じに変わっている。

 よかった。少しは役に立てたかな。


 それにしても、とても意外だった。


 今まで俺は、八奈出さんのような陽キャで容姿に恵まれた女子ってのは、俺なんかには理解不可能な、華やかな別世界の存在だと思っていた。


 だけど実際には、俺と同じように悩み、些細なことで悲しんだり喜んだりするんだ。


 こんな地味キャラの俺でも、八奈出さんの心のちょっとした支えになれたってことが嬉しい。


 オプチャのメンバーが、彼女が自信と元気を取り戻せるような話をしてくれるだろう。

 ここのメンバーはイラストを描くのが大好きで、優しくて、いい人ばかりだから。


 そんなことを考えていたら、八奈出さんが突然言った。


「今日は本当にありがとうございました。時任君がここまで私のために考えて行動してくれたなんて、大感激です」


 八奈出さんの瞳が少し潤んでいる。

 本当に感謝してくれてるんだ。

 一生懸命考えてよかった。


「私、時任君のことが益々き……いや、えっと、素敵だと思いました」

「いやいや、大げさだって」

「そんなことないですよ。時任君は会うたびに魅力的になってるし、素敵ですよ。これからも仲良くしてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」

「うん」


 ──え?


 つい反射的に『うん』って答えたけど……これからも仲良くって? 俺と?


 高嶺の花の女子にこんなことを言われる日が来るなんて嘘みたいだ。

 しかも何度も魅力的とか素敵とか言ってくれる。


 いや待て。落ち着け俺。

 ゲーム世界ならともかく、ここは現実世界だ。

 そんなに都合よく女の子が高い評価をしてくれるなんて、思い上がるな。きっとお世辞だ。


 お世辞を真に受けるとか、勘違い男にならないように、慎重に気を付けなきゃいけない。


***


 その夜。

 風呂上がりにスマホでオプチャ『プロ絵師になりたい人集まれ!』を開いて驚いた。

 未読のコメントが100件を超えている。


 メンバーがうまく八奈出さんに話を振ってくれて、彼女もうまい具合に応えて、会話がちゃんと回っていた。

 メンバーたちはいかに絵を描くことが好きかってことを、嬉しそうに語っている。

 それに刺激されたのか、最初はおそるおそるって感じだった八奈出さんの発言が、どんどん積極的になっていった。


 楽しそうだな八奈出さん。


 彼女はメンバーにかなり心を許したっぽい。

 メンバーが彼女が描いたイラストをぜひ見たいと言って、なんと八奈出さんが中学時代に描いたというイラスト画像をアップしていた。


 スケッチブックにシャーペンで描かれ、色鉛筆で採色された、アニメっぽい絵柄のイラスト。


「おおっ……」


 思わず息を飲んだ。


 セーラー服を着た中学生くらいの女の子。

 なんとなく八奈出さんに似た、凛とした佇まいの美少女。


 ものすごく上手なわけではない。

 でもデッサンは崩れていないし、丁寧な線で描かれている。

 普通に見て、中学生からしたら、かなりレベルは高い。


 それに言葉で表現するのは難しいのだけれど、とにかく惹きつけられる魅力がある。

 俺はイラストは描けないが、アニメや漫画が大好きな分、ファン側の目は持っているつもりだ。

 その感性で見て、これから研鑽を積んでいけば、充分プロを目指せると感じた。


 実際に、他のメンバーが口々に褒めている。


◾️『ヤナヤナすげーよ。中学でコレ、めちゃうまい!』

◾️『ワイも同感』

◾️『この表情の描き方に才能感じるわ。俺にはないオンリーワンな感性』

◾️『ヤナヤナの才能に嫉妬www』


 これで八奈出さんが中学の時に酷評されたのは絵の実力のせいじゃなく、やはり単に彼女に文句を言いたかっただけなのだとわかった。


 そしてなにより嬉しかったのは──


 メンバーのみんなから褒められ、励まされた八奈出さんがこんなメッセージを書いたことだ。


◾️ヤナヤナ『皆さん、本当にありがとうございます。また新しいイラストを描きたくなりました。描けたらここに載せます』


「ああ、よかった。自信を取り戻せてよかったな八奈出さん。そしてオプチャのみんな、ありがとう」


 目の前には誰もいないのに、ついスマホの画面に向かって話しかけてた。


 キモいな俺。


 その時『ピコン』とLINEメッセージの着信音が響いた。

 オプチャじゃなく、八奈出さんとの直接トークの方だ。


■ヤナヤナ『時任君。本当に本当にありがとうございます』


 LINEを使い慣れていないからか、スタンプも絵文字もない、テキスト文字だけのメッセージ。

 だけどその文字から、八奈出さんの嬉しい気持ちが溢れているように感じる。


■悠馬『八奈出さんのイラスト見るの、俺も楽しみ』


 多くの言葉を書いても嘘っぽくなりそうだから、一番思ったことをシンプルに文字にして送信した。

 彼女が新たに描いたイラストをこの目で見れるのは、マジで楽しみすぎる。


 八奈出さんからは『はい』とひと言だけの返信があった。


 そのたったひと言の向こうに、恥ずかしそうで嬉しそうな八奈出さんの姿が思い浮かんだ。

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