第19話:八奈出さんを誘う俺

【◇現実世界side◇】


「あれっ? 影裏かげうらさんと一緒に帰ったんじゃ?」

「はるるには用事があるからと言って、先に帰ってもらいました」

「なんで?」

「今朝時任ときとう君が、話したいことがあるって言ってたからお待ちしてました」

「そんな、わざわざ。悪いよ」

「いえ。今朝は私のせいでお話しできませんでしたし、昼休みも声をかけようとしてくれてたのに」


 やっぱバレてたか。恥ずい。


「あの場面で教室で、何の用なのか時任君に問いかけたら大げさになるかと思いまして」

「なる。間違いなく大ごとになる」


 地味男子の時任が、高嶺の花の八奈出さんにアプローチしてる。

 そう誤解されて、面白おかしくはやし立てられるのがオチだ。


 さすが冷静な八奈出さん。的確な判断だ。


「だからお待ちしておりました」

「八奈出さんって義理堅いなぁ」

「いえ、義理って言うより、時任君とお話したかったというか、なんと言うか……ご迷惑だったでしょうか?」

「ご迷惑だなんてとんでもない!」

「それならよかった」


 ヤバい。立ち話をしてたら、既に周りには俺と八奈出さんのやり取りを興味津々に見てるやつが何人かいる。

 ここで立ち話をしているだけでも、明日には大ごとになってる可能性がある。


 それほどに八奈出玲奈という女子は、どんな男子と仲がいいとか、どこで誰と話していたとか、そんなことが話題に上るのである。


「じゃあまた公園まで移動しようか」

「はいっ!」


 長い脚に細い腰。抜群のスタイル。

 グラビア雑誌から抜け出してきたような整った小さな顔。

 背筋はピンと伸び、きりっとした顔つきの凛としたたたずまい。

 普通の高校生のレベルは軽く超えているビジュアル。


 制服で通学路に立ってるだけでも、目立って仕方ないもんなぁ。


 俺がそんな女子と二人で同じ目的地に向かって歩いてるなんて、なんだか不思議な気分だ。


 少し歩いて公園に着いた。

 公園の端の方で、八奈出さんと真正面で向き合う。


「あのさ八奈出さん」

「はっ、はい!」


 どうしたんだろ。八奈出さんはがちがちに緊張してるな。

 背筋をピンと伸ばしているのはいつもどおりなのだけど、肩は張ってるし表情は硬いし。

 なんで俺みたいな地味男子と話すのに、こんなに緊張してるんだ?


「大丈夫です。心の準備は万全です」

「ん?」


 なんの話だ?

 まあいい。


「えっと……この前八奈出さんは、昔イラストレーターになりたかった。だけどどうやったら上手くなるかわからないし、今はチャレンジする気持ちにもなれないって言ってたよね」

「え? 話があるって、そのお話ですか?」

「うん、そう」

「なぁんだ」


 なぜか急に気の抜けたような表情になる八奈出さん。


「どうしたの? 何の話だと思ったの?」

「てっきり時任君が私にこく……」

「こく……?」

「あ、えっと……国語の授業の質問があるのかと思ったのです」

「国語の授業の質問?」

「あわわ、本当に何でもないから気にしないでください!」

「あ、うん」


 何かのギャグなのか?


 そう思ったが、でも八奈出さんはなぜか唇を尖らせて、拗ねたような顔してる。

 俺、なにか悪いこと言ったっけ?

 ギャグをわかってくれなかったから?


 コホンとひとつ咳ばらいをしてから、彼女はいつもの冷静な感じに戻って訊いてきた。


「で、イラストレーターの話がどうしたのでしょうか?」

「八奈出さんにちょっと紹介したい人がいるんだ」

「どんな人ですか?」

「イラストレーターを目指している人……というか人達」

「時任君ってお友達が多いんですね」


 ──少ないです!


 思わず内心で力強く即答してしまった。

 俺にはリアルの友達なんてほとんどいないんだよ。


 だけど八奈出さんをなんとか励ましたいと考えて、考えて、考えた。

 そしてピカっと閃いたのがこれだ。


「八奈出さんはLINEのオープンチャットやってる?」

「オープン……なんですか? LINEは高一の時にスマホを買ってもらってからやってますけど、友達は両親と、それに同じクラスの影裏かげうら はるるちゃんの三人だけです」


 マジか。クラスのグループLINEにも入っていないんだな。

 まあ、かく言う俺も入っていないけど。


 ちなみに俺のLINE友達は両親だけの二人だ。

 だから俺の負けだっ!


 ──うーむ。どんだけ底辺の戦いしてんだ俺たち。

 悲しみの波が押し寄せる。


「ちなみにスマホは親が色々と使用制限をかけているので、電話とメールとLINEしか使えません」


 ──ええーっ?


「もしかして八奈出さんって、現代高校生にあるまじきデジタル音痴なの?」


 あまりにビックリしすぎて、つい酷いことを言ってしまった。

 しまった。


「えーっ、ひっどぉい! 酷いです時任君!」


 いつもは怒るとマジで怖い八奈出さんなのだが。

 今はぷくっと頬を膨らませて、怒ってるんだか拗ねてるんだかよくわからない態度。

 とにかく可愛いことだけは間違いない。


「ご、ごめんよ」

「いえ、いいです。パソコンも持ってないし、デジタル音痴なのは間違いないですから」

「あ、えっと……オープンチャットってのはね。テーマごとに色んな人が集まってトークができるLINEのサービスなんだ。通称オプチャ」

「はあ。それが私といったいどういう関係が?」

「俺、たまたまイラストレーターを目指す絵師さんのオプチャの管理人をしててさ。八奈出さんと同じような悩みを持つ人が意見交換をしてるから、そこに参加して相談したらどうだろう」


 八奈出さんはあごに手を当てて思案している。

 頭がいい彼女が見せるこんな仕草は知的でカッコいい。


「わかりました。時任君が勧めてくれるなら、ぜひ参加したいです」


 俺が勧めるならぜひって……嬉しいこと言うね。

 間違って惚れたらどうすんだ。


「どうしました?」


 きょとんとした顔で小首を傾げる仕草もまた可愛い。

 普段キリっとしている女子がこんな仕草をしたら、ギャップ萌えも甚だしい。


「いや……なんでもない。じゃあオプチャに招待するから、一旦LINEの交換しよっか」

「はい、わかりました。やり方がよくわからないので何とぞよろしくお願いします」


 八奈出さんは通学カバンのポケットからスマホを取り出した。

 画面ロックを解除して、俺に手渡してくれた。


 警戒感無さすぎじゃない?

 それとも俺を信頼してくれてるのか……


 えっと……なにこのスマホ。

 ホーム画面にアプリのアイコンが少なくてびっくり。

 背景画像がデフォルトのままで、またびっくり。

 マジ、デジタル音痴だわ。


 LINEのアプリを立ち上げ、俺を友達追加した。

 八奈出さんにスマホを返してから、初メッセージを送る。


■悠馬『こんにちは』


 そしてオープンチャット『プロ絵師になりたい人集まれ!』への招待メッセージも送った。


「わぁ、来たっ! これで時任君が私の四人目の『友達』ですね」


 あっ……


 オプチャに八奈出さんを誘うことに精一杯だった。

 だから恐れ多くも高嶺の花の女子とLINE交換するのだってことに頭が回ってなかった。

 全世界中の男子の中で、八奈出さんのLINE友達第一号が俺だなんて。


 ごめんなさい。誰に何を謝ったのか自分でもよくわからないけど、とにかくごめんなさい。


「えっと、オプチャの使い方はね……」


 俺は八奈出さんにオープンチャットの説明をし始めた。

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