第17話:レナに話をする妹

【◆ゲーム世界side◆】


 ユイカはまだ乳飲ちのみ子の頃から父の魔法の杖が大好きで、一度手にするとなかなか離してくれなかった。


 そんな話を両親から聞いたことがある。


 そして初等部の頃には自分で拾ってきた木や小石を使って、魔法の杖を作る遊びをしていた。

 でも他の子は興味がないから、なかなか友達ができない。

 そんなユイカを心配した両親は、杖作りなど辞めるように言った。だが素直に聞く妹ではなかった。


 そんなある日。ユイカが初等部4年生の頃だったと思う。

 公園で杖作りで遊んでいたユイカの杖を、たまたま通りがかったプロの『杖製作士』が目にして褒めてくれた。


「お嬢ちゃん凄いね! カッコいいよ! うん、芸術的だ!」


 たぶんそれは大いにお世辞を含んでいたのだろう。

 だけど憧れのプロに絶賛されたユイカは、より一層魔法の杖作りが好きになった。


 初等部の頃も中等部になった今でも、ユイカは杖製作のコンテストで何度も受賞するくらい、技術が向上している。

 きっと将来は有名な杖製作士になるに違いない。


 ユイカはそんな体験談や、いかに杖製作が楽しいかをレナにとうとうと語った。

 最初は冷静に聞いていたレナは、ユイカの話にみるみる引き込まれていった。


「凄い! 凄いですユイカさん!」


 頬を紅潮させ、身を乗り出している。


「ぜひユイカさんの作品を見てみたいです!」

「あ…はい。ちょっと恥ずかしいけどレナさんになら」


 そんな話になって、二人はユイカの部屋に移動していった。

 ちなみに俺はユイカから、部屋を見られるのは恥ずかしいからと言われて、リビングに一人ステイさせられている。飼い犬かよ。


 なにが恥ずかしいんだ。俺たちは兄妹じゃないか。


 などと思いながらも、無理について行って烈火のごとく怒られるのも嫌なので、大人しくリビングで待つことにした。


***


 ひとしきり妹と二人で過ごしたレナは、目をキラキラと輝かせて妹の部屋から出てきた。

 ユイカが作った何種類もの魔法の杖を見て、触って、自分もこういうものが作りたいとやる気に火がついたらしい。


「ユイカさん、今日は本当にありがとうございました」

「あたしこそ憧れのレナ様とお近づきになれて嬉しいですぅ。これからも仲良くしてくれますか?」

「もちろん。魔法の杖製作仲間として、これからも仲良くしてください」


 すっかり意気投合してるな。

 レナが、自分の好きなモノに正直な気持ちで向き合えるようになってよかった。


「そろそろ私はこれで」

「気をつけて帰ってくださいね!」

「じゃあ俺がその辺りまで送って行くよ」

「ありがとうございます」


 ユイカとレナは離れるのが名残惜しそうにお互いに手を振って別れた。

 俺はレナを、大通りに出るところまで送って行く。

 二人並んで歩きながら会話した。


「ツアイト君。今日は本当にありがとうございました。おかげさまで、子供の頃からずっと心に引っかかっていたトゲのようなものが取れました。杖製作は恥ずべき趣味じゃない、誇れる趣味なんだって本気で思えるようになりました。またぜひ杖作りをしたいと思います」

「それはよかった。レナは二度と杖製作はしないって言ってたのにね」

「やっぱりかたくなになるってよくないですね。もっと柔軟にならないと」


 普段から真面目過ぎて堅物のレナがこんなことを言うなんて。

 単に杖製作への情熱に火を付けただけじゃなくて、考えを改めさせるなんてすごいぞユイカ。


「ぜんぶツアイト君のおかげです。ありがとうございました」

「いや、俺は大したことはしていない。ぜんぶ妹がしたことだよ」

「いえ。ツアイト君は私の悩みをしっかりと受け止めてくれて、私の気持ちに寄り添ってくれました。だからこそユイカさんに私を会わせようという発想になったのですよね」

「それは……そうかもしれない」


 そう。『マギあま』をプレイする中で学んだこと。

 生真面目で強気で高嶺の花のヒロインは、人から距離を置かれがちだ。

 だからこそこういうタイプには『彼女を尊敬し、考え方や行動に心から共感すること』が大切。そうして寄り添うことで、彼女から信頼や好意を得ることができる。


 でも今回の俺は、ギャルゲーをプレイしてる時のように、テクニックに走ろうとしたわけじゃない。

 目の前のレナが本当に心配で、心から力になってあげたいと思っただけだ。


「ツアイト君。やっぱりあなたは最高です。私の心を救ってくれたスーパーヒーローです」

「いやそんな大げさな」

「いえ、大げさじゃないですよ。本当に私にとってスーパーヒーローです」


 レナは真っ赤になりながら、必死にそんなことを言う。

 その瞬間、レナの全身がぼぅーっとピンク色に光った。


 またこの現象。ラブ・エナジーの効果か?

 もしかしてレナは本当に俺に好意を感じてる?


 彼女がはっきりと好意を口にしたわけじゃないから、絶対だとは言い切れない。

 だけどその可能性もある。


 そう思いながら、頬を赤く染めたレナの美しい横顔をチラリと眺めた。

 あまりに美しいその横顔に、急に鼓動が高まる。

 そしてそれは、どんどんと激しくなっていく。


 その時、どこからともなく『ユーマ・ツアイトのステイタス【魅力チャーム】がレベル1からレベル2にアップしました』という機械的な声が聞こえた。

 ゲーム世界の中とは言え、また少しは俺の魅力がアップしたのか。嬉しいことだ。


 現実世界でもこんなふうに、簡単に魅力がアップしたらいいのにな。

 そんな都合よくいくわけないか、あはは。


「ツアイト君。ここでいいですよ。ありがとうございました」

「うん。じゃあ気をつけて帰ってくれよ」

「はい。じゃあまた明日、学校で」

「うん、学校で」

「渡したいものがあるから、明日学校で渡しますね」


 手を振ってレナは踵を返した。


 ──渡したいものってなんだろう?


 歩く彼女の背中を見る。

 心なしか足取りが軽く、スキップしているように見えた。


 やっぱり同じ志を持つ人の話を聞くのが、一番やる気を起こすんだな。

 レナをユイカに合わせたのは大正解だった。


「ただいま。ユイカ、今日はありがとう」


 家に戻って、開口一番ユイカに礼を言った。

 妹にはホントに感謝している。


「お帰り。こっちこそ今日はレナ様を連れてきてくれてありがとう」

「ユイカが素直にお礼を言ってくれるなんて嬉しいぞ」

「は? いやえっと……図に乗るんじゃないよお兄ちゃんのくせに」


 妹よ。相変わらず辛辣だな。


「なんだよ、お兄ちゃんのくせにって」

「まあちょっとは認めてあげるけどね」


 妹よ。ちょっとは認めてくれるのか。

 兄は嬉しいぞ。

 だけど俺の方はお前を──


「俺はユイカのことをすごく認めてるぞ。お前はすごい」

「お、お兄ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいじゃん?」

「ああ。今までの俺は素直じゃなかったからな。だからユイカの趣味をちゃんと認めてあげられなかったけど、これからは違う。ちゃんと認めてるから」

「そ……そっか」


 ユイカは真っ赤な顔をして黙ってしまった。


 怒らせちゃったかな?

 ついこの前まで妹には思い切り嫌われてたんだもんな。


 でも俺がレナと仲良くしてるってことでどうやら俺の株が上がったみたいだし、これからもじっくりと仲を修復していけばいいか。


***


 翌朝。学園に登校しながら、昨日の出来事を思い出していた。

 レナは同好の士であるユイカと趣味の話をしたことで、二度と作らないと言っていた魔法の杖製作への情熱を取り戻した。


 ──そう言えば。


 八奈出さんも二度とイラストを描かないと言っていた。

 そしてあの時、俺には、八奈出さんが再びイラストを描こうという気にさせることはできなかった。


 だけど。


 ──同じ志を持つ人の話を聞くのが、一番やる気を起こす


 そっか。これは大きなヒントになる。

 だけど現実世界の妹、唯香はイラストを趣味にしていない。

 まったく同じ手は使えないな。


 そして現実世界の俺は、ゲーム世界以上にコミュ障で、友達がいない。

 うーむ、詰んだ。


 いや待てよ。八奈出さんにやる気を出してもらうためのいい方法を思いついた。

 これはうまくいくかもな。


 ──よし、一旦現実世界に戻るか。


 俺はマギア学園に着くと、そのまま校舎裏の祠の所に来た。

 例のカギをほこらに差し込んで回す。


 カチリと音がして扉が開いた。

 いつものように眩い光が漏れて、引き込まれるような感覚がした。

 そして意識が薄れていった。

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