第16話:来客に驚く妹
【◆ゲーム世界side◆】
おうちデートに誘ったわけじゃない。
俺の家に向かう道中で、レナにそれを説明した。
「そうなのですか。残念です」
「残念?」
「あ、いえ違いました。”とても残念”でした」
「どういうこと?」
「そういうことです」
きりっとした顔でレナは言った。
だけど言葉は俺をからかっているとしか思えない。
これはきっと冗談だ。
ワンチャン、ホントに俺を好きなら嬉しいが、期待して外れるとショックが大きい。だからその可能性は考えないでおこう。
*
自宅に着いた。ユイカはほとんど毎日、中等部の授業が終わったら真っすぐ帰宅する。だから既に帰っているはずだ。
「ごめん。ちょっとここで待っててくれるかな? 先に妹に事情を説明するから」
レナには玄関前で待っててもらい、俺は室内に入った。
玄関に靴がある。妹は帰ってきて、家の中にいるのは間違いない。
ユイカは俺の話に納得して、レナと話をしてくれるだろうか。
いつも毒舌を浴びせる妹だけど、根は悪い奴じゃない。同じ趣味を持つレナのためだとわかれば、きっと協力してくれる。そう信じたい。
リビングを覗くと予想通りユイカがいた。
ソファに足を上げて座っている。
「ただいま。なあユイカ。ちょっといいか」
「なに?」
俺に気づいた途端、不機嫌そうに怪訝な顔をした。
「お願いがあるんだけど」
「やだ」
「まだ何も言ってないが?」
「言わなくてもわかる。お……お兄ちゃんのお願いなんてろくでもないことに決まってる。だってお、お兄ちゃんはアホなんだから」
──なんだとっ!?
いくら温厚な俺でもそこまで言われたらムカつくぞ。
……いや待て。落ち着け。
昨日は俺のことを『あんた』としか呼ばなかったユイカが、今は言いにくそうにしながら『お兄ちゃん』って呼んでる。
アンタ呼びすんなと言ったのを、ちゃんと実行してくれてるんだ。
「ありがとうユイカ」
「は? アホって言われてお礼を言うなんて、もしかしたら頭おかしくなった? いや前から頭はおかしいけど」
妹よ。そんなマジで不安そうな顔をすんな。
お兄ちゃんはおかしくなんてなってないぞ。
前のことは知らん。俺の人格じゃないから。
「そうじゃなくて、お兄ちゃんって呼んでくれたな。ありがとう」
「ふわぅっ……いきなりバレた……」
バレたってなんだよ。
そりゃバレるだろ。
顏真っ赤だし目が泳いでいるぞユイカ。
憎まれ口を叩く時と違って、こういう姿は年相応で可愛いぞ。
「いや、あの……まあ昨日からお兄ちゃんも私をユイカって呼んでくれてるからね。物々交換だよ」
妹よ。キミが言いたかったのは、たぶんバーターって言葉だ。
そういうおっちょこちょいなところも可愛いぞ。
「で、唯香を見込んでお願いがあるんだ」
「な、なによ?」
さっきは
「俺の友達に魔法の杖製作で悩んでいる人がいてさ。その人にユイカの杖製作に対する想いとか、やってることを話してほしい」
「は? お兄ちゃん、杖製作なんてオタクのキモい趣味だっていつもバカにするよね? あたしに話をさせて、友達と一緒にバカにしたいわけ? って言うか、お兄ちゃんに友達なんているの? 妄想フレンドじゃないの?」
「誰が妄想フレンドだ。本物の人間だ。妄想じゃないぞ。たぶん」
妄想じゃないと思う。たぶん。
まあ俺に友達ができたのって、俺自身も驚きだけどね。
リアル世界でもゲーム世界でも、ついこの前までぼっちだったんだし。
もしかしたら本当に妄想なのかもって、思わなくもないけど。
「一緒になってあたしをバカにするために本物の人間の友達を連れて来るなんて、余計に
ああ、せっかくいい感じになりかけたのに。
あっという間に妹が戦闘モードになってしまった。
「違うって。今までのことは謝る。マジごめん」
「あたしなんてちょっと謝っときゃチョロイって思ってるんでしょ」
「違う。信じてくれ」
真剣な顏でユイカの目をしっかりと見る。
「お兄ちゃん……もしかして……」
「うん、そうだ」
妹よ。お兄ちゃんは一昨日までのお兄ちゃんじゃないんだよ。
心を入れ替えた……って言うか、人格が入れ替わっちゃったんだよ。
「悪いものでも食べた?」
「なんでやねん!」
思わず関西弁でツッコんでしまった。
「じゃなくて、反省したんだよ。それで友達ってのも杖製作に憧れを持っていたんだけど、自信が持てないって悩んでいるんだ。だからぜひユイカから、杖製作に情熱を注いでいる話を聞かせてあげたいって思ってさ」
「お、お兄ちゃん……あたしの趣味をそんなに評価してくれるの?」
「ああ、そうだ。だから友達を連れてきた」
「そっか……わかった。それなら、話くらいしてあげてもいいかな」
「おお、ありがとう! じゃあその友達を呼んで来るよ」
「今から?」
「うん。実は一緒に来てもらってるんだ」
「わかった。本当に人間の友達が来てるんだね?」
「まだ信じてないのか?」
「そりゃまあね……今もまだちょっと……9割くらい疑ってる。
妹よ。それは『ちょっと』じゃなく『ほとんど疑ってる』だぞ。
まあいい。本人を連れてくれば信じるだろ。
ユイカにはリビングで待ってもらって、玄関で待っているレナを連れて戻ってきた。
「初めましてユイカさん。レナ・キュールです」
「え? ええっ? ……ええええええええええええぇぇぇぇっっっ!」
「ユイカうるさいぞ。”え”の大量販売か?」
「だってお兄ちゃんの友達って、ホントに存在するってだけでも
妹よ。難しい言葉を知ってるんだな。
そのことにお兄ちゃんも
「だから、いるって何度も言ってるだろ」
「万が一いるとしても、絶対に地味な男子だと思うでしょ」
うん思う。俺だってそう思う。
さすがユイカ。兄のことをよく理解している。
「それが、高等部2年で一番美しいって中等部でも有名なレナ・キュール様だなんて!」
中等部にも美人の評判が轟いているなんて、レナってやっぱすごいな。
しかも様呼びされてる。
「あのレナ様がウチの家にいるなんてっ! ねえお兄ちゃん! ホントに本物っ!?」
「ああ、本物だよ」
「ちょっと待って、めっちゃ美人なんですけどぉっ! お人形みたいにパーフェクトボディですけどっ! この赤い髪、綺麗すぎてルビーみたいなんですけどっ! 色白で肌が透き通るように綺麗なんですけど! ああ、もう私の目が栄養過多で、
妹よ。口数多いぞ。早口すぎるぞ。表現がオタクすぎるぞ。
「あ、ありがとうユイカさん」
「ああっ……レナ様の唇からあたしの名前が流れ出るなんて、もうおそれ多くて、ありがたき幸せです!」
「あの……杖製作の話を聞かせていただけますか?」
「ああぁぁっ、ご、ごめんなさい! そうでしたね! あまりに嬉しくてテンパってました。今日はそのお話のためにわざわざ我が家まで降臨されたのでしたね」
妹よ。レナはここまで歩いてきたのであって降臨はしてないぞ。
些細なことだからまあいいけど。
「そこにおかけください! ゆっくりお話をしましょう!」
ユイカはリビングの真ん中のソファを指差した。
レナは素直にそこに腰かける。
「マジでレナ・キュールさんだぁ……」
まだ興奮冷めやらぬ口調で呟いたユイカはふと俺を見た。
「お兄ちゃん……グッジョブ!」
ユイカは俺に向かってレナには聞こえない小さな声で囁いて、親指を立てた。
妹よ。人格変わりすぎだよ。
でもレナのおかげで、俺と妹の関係修復も進みそうだよ。レナありがとう。
さあ妹よ。大好きな杖製作の話をレナにしてくれ。
そしてレナが自分の趣味に胸を張れるようにしてあげてくれ。
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