第10話:妹の名はユイカ・ツアイト
【◆ゲーム世界side◆】
前回この世界から出たのは放課後だった。
校舎裏でレナが下級生を守って、ガラの悪い上級生と揉めていたのを助けた後だ。
時計を見ると夕方の放課後時間。
やはり俺がここを出た時から、10数分しか経っていない。
──そういうことか。
ゲーム世界から現実世界に戻った時も同じだった。
その世界から離れた時間から、あまり進んでいない時間に戻ってくる。
なるほど。それならば──
「とにかく家に帰るか」
それならばどうするかって、何も思い浮かばなかったよ。
だから普通の学生がするように、学校が終わったら家に帰ることにしてみた。
ユーマの記憶が頭にあるから、どんな家でどんな家族なのか、記憶を探ってみる。
この男の家族は、魔法省に勤務する父と専業主婦の母。そして2歳下の妹がいる。
この妹がくせもので、兄を嫌っていて、いつも毒舌を浴びせてくるのだ。
「マジか。どうしたらいいんだよ。憂鬱だ……」
そうだ。せめてゲーム知識で攻略のポイントを思い出そう。えっと……
噛ませ犬的な男子の妹……
『マギあま』のプレイの記憶を呼び起こす。
うーむ、ダメだ。そんなキャラは見たことがない。
噛ませ犬男子の妹なんて、主人公の攻略対象じゃないからな。
ゲームには登場しないけど、設定として妹がいるってことだったようだ。
つまりこの妹は、ゲーム知識を活用して攻略するのはできないってことだ。
俺の役立たずめ。
でもユーマ・ツアイトとしての記憶ならある。
だから改めてそれを探ってみた。
妹の名はユイカ・ツアイト。マギア学園中等部に通っている。
結構ロリ可愛くて同級生男子には人気のようだが、彼らはこのキツい性格を知らないのか?
まあ知らないから人気なんだろうな。
えっと趣味は……魔法の杖製作?
杖って、魔法を使う時に手で振るあれか。マジックワンド。
普通は市販されている物を買うのだが、自作を趣味とする者もいる。
だが杖製作は地味な作業だし、マニアックだし、この世界では超オタクの趣味なのである。
つまり俺の妹はオタクってわけだ。
ちなみに俺にはリアルの方にも同じく
こちらも兄の俺に冷たい態度ではあるが、激しく毒舌を吐くほどではない。
ゲーム世界では俺自身がどうしようもないダメ男の上に、どうやら妹の趣味をいつも暗いだのオタクだのとバカにしているようだ。
そりゃ嫌われるのも当たり前だ。
結局悪いのはユーマ・ツアイトだってことだ。
……って俺だけどな。でも俺じゃないと主張したい。
***
しばらく歩いて自宅に着いた。レンガ調の壁で、こぢんまりとしているが綺麗な家だ。
ふむ。現実世界の家よりもいい家だ。
妹のユイカは家にいるのだろうか?
うー、ドキドキする。
木製の重い玄関ドアを押して開ける。
おずおずと玄関に足を踏み入れると──たまたまそこにユイカが立っていた。
あ。目が合った。
「なんで帰ってきたの?」
なんでって、ここ、俺の家だから……としか言いようがない。
そんな眉をしかめて睨まなくてもいいじゃないか。
初めて見る妹がそんな嫌そうな顔をするなんて、ゲーム世界のこととは言えお兄ちゃんは悲しい。
よく見ると顔つきは整っている。
可愛いけど幼い顔つき、スリムな幼児体型。
やはりリアル世界の唯香に似ている。
髪の色は青色で、さすがに現実ではあり得ない色だけど、ゲーム世界だからこんなもんか。
「いや、あの……ただいま」
おっかなびっくりだけど、できるだけ笑顔を心掛けて挨拶をした。
「……は?」
やべ。怪訝な顔された。怖っ。
「あ……あんたが挨拶した?」
「そりゃ挨拶くらいするだろ」
「はぁあん、わかった。あんた何か企んでる?」
今までのユーマは相手をバカにしたような態度で、妹に対して愛のかけらも見せていない。そりゃあ、そう思われても仕方ないな。
だけど今の俺は、健全で気の弱い真面目な男だ。
妹相手に変な企みなんてするはずもない。
「企むってなに? 帰宅して家族と顔を合わせたら、ただいまの挨拶なんて普通だぞ。それと、俺のこと『あんた』って言うのやめてくれ。俺はユイカのお兄ちゃんだぞ」
「は? あんただっていつもあたしのこと『お前』としか呼ばないくせに……って、えぇぇぇ? 今さっき、あたしのことユイカって言った!?」
目ん玉ひっくり返るような顔しなくてもいいだろ。そんなにびっくりするようなことか?
「ああ、言ったよユイカ」
「あ、またユイカって言った!」
「何度でも言うよ。妹の名前なんだから」
「なんで?」
「なんでって、可愛い妹を名前で呼ぶのは普通だろ」
俺のセリフに妹は天地がひっくり返ったくらい衝撃を受けた顔をしている。
もちろん俺は現実世界で妹に向かって『可愛い妹』なんて恥ずかしすぎるセリフは言わない。
だけどここはゲーム世界だから言える。
「ふぅーん、キモ」
──キモがられた。
さすがに一度褒めたからって、すぐに懐くなんてことはないな。
うん、知ってた。
でも……耳がちょっと赤くなってる気がする。
まさか照れてる?
なんて思ったのだが。
唯香は怪訝な顔のまま、パタパタと小走りに階段を昇って行った。
やっぱり主人公ならともかく、嫌われキャラが好感度を高めるのは簡単ではないのかもしれない。
妹が照れてるなんて、一瞬でも思ってしまったことが恥ずかしくなってきた。
俺の方こそ耳が真っ赤になってるに違いない。
***
翌朝、起きてリビングに行くと、俺より早くテーブルについて朝食を取っているユイカがいた。
いつも俺よりも早く食事を済ませて、それから身だしなみを整えるのに時間を使っている。
──ん?
いつもは髪ぼさぼさで、ボーっとした顔でパンを喰らってるユイカなのに、今日はなぜか既に髪を整えて顔を洗ったようなちゃんとした姿で座っている。
なんでだ?
「おはようユイカ」
「……」
「おはようユイカ」
「……」
視線をそらされてしまった。
俺と目を合わせないまま、しきりに青い髪を両手でいじって整えている。
俺のことは無視かよ。
でもしょうがない。今まで妹に嫌われるような態度をしてきたんだからな。
そう簡単に許してくれるはずもない。
でもこの近い距離で無視されるのはさすがに辛いな。
ムカつくというよりも悲しい気分だ。
「おはようユイカ」
「お……は、よう……」
──やった!
横目でチラチラと俺の顔を見ていたユイカだったが、ぎごちないながらもとうとう返事してくれた。
相変わらず目は泳いだままでこっちを見ないが、それだけでも嬉しいぞ。
「うん、おはようユイカ」
「じゃああたしはもう食べたから」
確かに食器はもう空だ。
妹は慌てて立ち上がった。
「あのさユイカ」
「なによっ。あたし忙しいんだけど?」
「ああスマン。じゃあひと言だけ」
「さっさと言えば?」
「今までお前の趣味をバカにしたり、酷いお兄ちゃんで悪かったな。これからはそんなことはしないから」
「……へ?」
なんだその間抜けな顔は。
「じゃ、じゃああたしはもう学校行く準備するからっ!」
言葉を投げ捨てて、そそくさと立ち去って行った。
ふむ。少しはリアクションしてくれるようになった。でも逃げるように去るなんて。
やっぱり嫌われているのを解消するのは難しいな。
それにしてもゲーム世界だと、割と素直に気持ちを話すことができる。
実の妹、唯香にもこんなふうに話ができれば、もっと仲良くなれるだろうに。
まあそれができれば苦労はしないか。
──あ。ぼんやり考えてる暇はない。
早く飯食って学校行かなきゃ遅刻してしまうぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます