第9話:八奈出さんの悩み相談に乗った俺

【◇現実世界side◇】


 八奈出さんのご両親は真面目で厳しくて、漫画やアニメなどのエンタメは禁止。

 さらには高校に入学するまではスマホすら持たせてもらえなかったらしい。


 ──中学の頃から、ラノベ、漫画、アニメが生き甲斐の俺には絶対に耐えられない。


 だけど彼女が小学生の頃。友達の家で見た漫画やアニメが面白くて楽しくて、親にこっそり隠れてイラストを描くようになった。

 中学生になってからは、限られた小遣いで買った漫画本を見本に描いていたらしい。


「親に隠れて、友達にも内緒で描き続けていたのです」


 バレると怒られるとビビりながらも、自分の手からイラストが生まれる感覚がとても好きで、下手ながらも細々と趣味を続けていたらしい。


 そしていつしか、将来はプロのイラストレーターになりたいと憧れを抱くようになった。


 ──ところが中二のある日。


 学校の教室でノートにこそこそとイラストを描いていたところを、たまたまクラスの男子に見つかってしまった。

 横からノートを取り上げられ、まじまじと見られた。


「うっわ、なんだこのド下手くそなイラスト?」

「やめてよ!」


 他の男子もノートを覗き込み、口々に「下手だな」と残酷な評価をする。

 八奈出さんは、その後二度とイラストを描かなくなった。


 そんな昔話を彼女は淡々と話した。


「酷いヤツらだな」

「今から思えば、彼らは私に恨みがあったのかもしれません」

「恨み?」

「ええ。私、中学の頃からこういう性格だったから、彼らには何度も注意や指摘をしてましたからね」


 そうなんだ。じゃあ単に彼女を攻撃したかっただけなのかもしれない。

 でも、だとしたら。


「ヤツらは恨みで悪口を言っただけで、八奈出さんのイラストは、本当は下手じゃなかったのでは?」

「さあ、どうでしょう。今となっては、もうどっちでもいいことです。どうせ私には、イラストレーターになれるはずもないですから」


 本当にそうだろうか。

 真面目で熱意のある彼女なら、今からでも本気で目指せば、充分可能性はあるんじゃないのか。


「もしよかったら八奈出さんのイラスト見たいな。スマホに入れてたりしない?」

「ないです。イラスト描くのは中学で辞めたし、スマホは高校になって初めて持たせてもらいましたから」

「そっか……残念!」

「うふふ。私の下手なイラストなんか見れなくても、なにも残念じゃないですよ」


 自虐的に笑うけど、なんとなく引っかかるものがある。


「八奈出さんって、イラストレーターになるのを諦めて、まったく後悔はないの?」

「あ……も、もちろん」

「ホントに?」


 どうも彼女は本心を誤魔化している気がしてならない。

 じっと目を見つめてみる。


 きりっとして一見キツそうに見えるけど、とても澄んだ綺麗な瞳だな。

 こんな目を見つめるのは勇気がいったけど、彼女の本心を探りたい一心で見つめた。


「……んもう、ホントに時任君ったら。あなたを誤魔化すのは難しいですね」


 苦笑いを浮かべる八奈出さん。


「仰るように、もしもあの時に諦めてなかったら、イラストレーターになれた未来はあったのかなぁ、なんて時々は考えますね。まあ無理でしょうけど」

「遅くないでしょ」

「……え?」

「だってまだ高校生なんだから、今からでもチャレンジするのに遅くなんかないよ」

「無理ですよ。チャレンジできません」

「なんで?」

「どうやったら上手くなるかわからないし、それ以前にチャレンジする気持ちにならないです」

「ダメ元でがんばってみたらいいのに」

「無理です」


 八奈出さんは下を向いてしまった。

 いつも強気な彼女が見せる弱気な姿。


 そっか。そういうことか。

 一度傷つけられた自信が、また傷つくことを恐れているのだ。

 だからチャレンジすることすら怖い。


 どうすればいいのか、俺には正直わからない。

 所詮俺が女の子と接するすべは、ギャルゲーの応用だ。


 今までゲームでこういうパターンはなかった。だからどうしたら八奈出さんが前向きになれるのかわからない。


「そっか。俺が無理強いすることでもないし、やりたくないなら仕方ないよね」

「あ、冷たい言い方してごめんなさい。そんなつもりじゃないんです」

「謝ることはないよ」


 八奈出さんに対してムカつくことは全然ないけど、自分の力不足が歯がゆくて仕方がない。


「ありがとうございます。私の気持ちをここまで話せたのは、時任君が初めてです。自分をわかってくれる人がいるのはありがたいです。とっても感謝しています。時任君とは今まであまり関わりがなかったけど、こんなに素敵な人だったのですね」

「え? お、おおおお俺が素敵な人っ? いや全然そんなことないよ。俺はモテない地味男だし」

「いいえ。とても魅力的ですよ。私は時任君のこと、大好きになりました」

「え?」


 大好きなんてのはどう考えても友達としてという意味だろうし、お世辞もたいぶ含まれているに決まってるのに、一瞬ドキッとしてしまった。

 それでも大好きなんて言われ慣れないことを言ってもらえて、めちゃちゃ嬉しい。


「あ、いえ、何でもありません。時任君、これからもよろしくお願いします」

「あ、うん。も、もちろん。こちらこそ」


 ちょっとキョドってしまったけど、大体はちゃんと話せてるし大進歩だ。


 しかも八奈出さんのような高嶺の花にこんなに親しくしてもらう日が来るなんて、昨日までの俺には想像もつかなかった。


 昨日の俺に『明日はこんなことが起きるよ』って言ったら、きっと『お前アタオカかよ』って言われるに違いない。


***


 翌朝。校舎裏の祠が気になって早めに登校した。

 昨日のできごとは再現性のあることなのか。つまりまた同じことが起きるのか、そこが一番気になる部分である。


 校舎裏の雑木林の奥に行くと、古びたほこらは何事もなかったようにそこに存在していた。


 鍵を差し込んで回してみる。カチリと音がした。

 昨日と同じく、扉が開いて中から眩しい光が漏れる。


 今回は早めに目を閉じたけど、前回同様に引き込まれるような感覚がして、次に目を開けるとまた『マギあま』の世界に入り込んでいた。

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