第8話:八奈出さんの素直な気持ちを聞いた俺

【◇現実世界side◇】


「八奈出さん。あのう……俺から一つお願いがあります」

「はい。なんでしょう?」


 急に改まって俺が言うものだから、八奈出さんは姿勢を正して向き合った。


「俺と、と、友達になってください」

「……え?」


 しまった。八奈出さんがフリーズした。


 俺はあなたと本当に仲良くなりたいんですよ。

 さっき言ったことは社交辞令じゃないんですよ。


 そういう気持ちをストレートに伝えたかったんだけど、いきなりこのアプローチはキモかったな。

 失敗だよ、俺のバカ。


 後悔していると、八奈出さんは突然満面の笑みを浮かべた。


「あ、はい。喜んで!」


 うわマジか!

 よかった!!


 どうやら気持ちが伝わったみたいだ。

 第一関門は無事に突破した。


 よし。次は第二関門だ。


「ありがとう。じゃあ友達として一つお願いがあるだけど」

「はい!」

「変なことはお願いしないから安心して」


 地味男子がいきなり女子にお願いごとなんて、警戒されてもおかしくない。

 だから慎重に言葉を繋いだ。


「もちろんツアイト君……」

「え?」

「いえ、時任君のことは信頼してるから大丈夫ですよ」


 今のはレナ・キュールの口調にそっくりだった。

 しかも警戒するどころか、とても親しげに感じるんだがなぜだ?


「突然おかしな名前で呼んでごめんなさい。無意識に出ちゃったのです」


 もしかして、八奈出さんの頭に流れ込んだ情景って、ゲーム世界でのレナの記憶なのか。


「大丈夫だよ。誰にでもあることさ」


 ──ないけど。


「八奈出さんが今困ってることや悩んでることがあるなら教えてほしい」]

「え? べ、別になにもありません……」


 今までの流れからして、彼女が悩みを抱えていることは間違いない。

 だったらレナしたのと同じように、彼女の気持ちに寄り添ったら、きっと信頼してくれるはずだ。


「ホントにない? 僕は……八奈出さんのことをすごい人だと尊敬している。それは容姿や成績ももちろんだけど、人のことを思いやる気持ちをしっかりと持ってる人だから。そんな八奈出さんに俺なんかが差し出がましいけどさ。……なにか力になれないかなって思ってるんだ」


 八奈出さんの顔をじっと見た。


 意思が強そうなきりっとした二重の目。

 長いまつ毛ととても澄んだ綺麗な瞳。

 美しい曲線を描く頬からあごのライン。


 やっぱめちゃくちゃ美しいな。


「時任君。あなたに見つめられると、不思議と本当のことを言わなきゃって気になります。魅力的な瞳です」


 魅力的な瞳だなんて言われたのは初めてだ。恥ずかしいけど嬉しい。


「ご、ごめん。言いたくないことは無理に言わなくていいから」

「そうではありません。言葉を間違えました。あなたに見つめられると、本当のことを言ってもいいんだって気がしました。だから……言わせてください」

「そう言ってくれるならぜひ」

「はい。実は──」


 それから八奈出さんは子供の頃の話をしてくれた。

 親は警察幹部で、いつも正しくあれと厳しく育てられた。

 少しでもルールを破ると、それはもう震えあがるくらい怒られたらしい。


 そして彼女の周りに不正や誤魔化しがあれば、それを正すことも求められた。


 ──なかなか強烈な親だな。


「それで私は、自分がルールを守ることはもちろん、周りも正しく導いていくべきという思いが強いのです。それはもう強迫観念と言ってもいいくらいに」


 だから八奈出さんは、つい生真面目すぎる言動をしてしまうのか。


 しかし周りはそんな思いを理解してくれるわけもなく、彼女を疎ましく思う人が多かったらしい。

 その結果彼女は、『誰にも自分を受け入れてもらえないのだ』という思いを持つようになった。


「そっか。八奈出さんも大変なんだな」

「はい。でもこんなことを話したのは時任君が初めてです。聞いてもらっただけでなんだか心が少し楽になりました。すごいです時任君」

「そう言ってもらえたら、俺も悩んでることを教えてほしいって言った甲斐があったよ」


 もっと彼女の元気が出るようにできないかな。

 こういうタイプには、相手に寄り添う話題がいいはずだ。


 偉そうに言ってるが『マギあま』プレイからの学びだけどな、あはは。


 ──えっと……あ、そうだ。


「そう言えば八奈出さんって、なにが好きなの? しゅ、趣味とかあるの?」


 高嶺の女子と話すのにかなり慣れてきたとはいうものの、やはり相手に踏み込んだ質問をするとか、まだちょっと緊張する。


 嫌がられたりキモがられたらどうしようって構えてしまうのだ。

 だけど俺のそんな心配をよそに、八奈出さんはごく自然に答えてくれた。


「子供の頃はイラストを描くのが好きでした。けど今は何もありません」

「へぇ~。イラストってどんな?」

「えっと……ちょっと恥ずかしいんですけど、漫画やアニメのキャラみたいな絵です」


 おおっ、意外過ぎる答えだ。

 凛とした美少女で、しかも真面目キャラの彼女からは、イラストを描くなんて縁遠いイメージ。


「へぇ! 俺、漫画とかアニメは大好きなんだ。もし八奈出さんが描いた絵があるならぜひぜひ見てみたいんだけどっ!」


 しまった。オタク魂を抑え切れずに思い切り食いついてしまった。きっとキモがられたぞ。

 八奈出さんみたいな女子はオタクコンテンツに興味がないって決めつけてたけど、そうじゃないとわかったらつい饒舌に話せた。


「ごめんなさい。中学生まではイラストレーター目指して描いてたんですけど、中二で描くのを辞めました」

「え? そうなんだ。残念。もう描かないの?」

「はい。どうやら私は才能がなくて、とても下手くそらしいので」


 下手くそ"らしい"?

 その他人事ひとごとのような言い回しに違和感しかない。


「中二の時になにかあったの?」

「まあ、そうですね」


 ここはツッコんで詳しく訊くべきだろうか。

 それともさらっと引くべきか。


 リアル女子にどう対応したらいいか自信はない。

 だけどゲーム世界に入り込んだ時の経験からすると──


 肩ひじ張って、なかなか他人を受け入れないタイプの女子。

 そういう子が、ようやく心を開きかけているシチュエーションでは──相手に寄り添う優しい言い方で、親身になって話を聞くべきだ。


「八奈出さん。もしよかったら聞かせてよ」

「時任君……ありがとう。聞いてくれますか?」


 おおーっ……

 俺の選択は間違っていなかった。

 八奈出さんは、誰かに聞いて欲しかったんだ。


「もちろん」


 俺の言葉に、彼女は安心した顔で語り始めた。

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