高丘河川敷のホタル畑で告白を

床本 穣

恋の自覚と、葛藤と、障害

 一年もそろそろ佳境に突入し、地球が冬に入るための準備運動をしているように感じられる。授業中、窓から漏れてくるすきま風が冷たくなってきたし、靴底からじんわり染みてくる冷気はこの時期にしか体験できない。

 昼休み、弁当の唐揚げから目を上げて、周りを見渡すと一人の少女に目が留まった。

 俺の瞳が捉えたその少女は窓際、最前列の席に座っていた。自前の弁当をつつきながら、結露した窓をぼんやり眺めており、どこからか湧いた小さい水滴を集めて、大きな一つの水滴にした。彼女と一緒に昼食を取っていた女の子は、彼女の行動を「あるある」として話している。当の本人はピンと来ていないのか、いつものスタンバイ・スマイルのまま首を傾げた。

 ほのかに窓に反射した彼女の横顔は端正な顔つきで、とっつきにくそうなクールな表情である。長い髪の毛はよく手入れされているのか、太陽光を反射して黒々と輝いていた。

 この少女、清谷薫すみたにかおるは俺の幼馴染である。

 清谷と俺は近所の高丘幼稚園たかおかようちえんに入園する前からの縁だ。両親が同じ高校の同級生という理由だけで、物心つく前からよく遊ばされた思い出がある。俺は幼い頃からひねていたので、アウトドア派で素直な性格の薫とはお互い馬が合った記憶はないが、それでも薫は俺を気に入ったんだろう、俺も清谷の丁度いい距離感が嫌いではなかった。そして、いつしか俺達は個人的に連れ立つようになっていた。気がつけば、小学校、中学校、現在高校と、ありていな言い方をすれば腐れ縁でここまで薫との関係を続けてきたという訳だ。

 素直に独白しよう。俺は今、薫に恋をしている。

 薫への恋慕を明文化したのはこれが初めてだし、そもそもこの気持ちに気付いたのも最近のことだ。

 しかし、薫のどこに惹かれているのかはよく分からない。恋愛感情を抱いている以上、少なくとも薫の要素のどこかは好きなんだろうが、上手く言語化ができない。

 薫の雰囲気が。テンションが。言葉遣いが。視線が。所作が。性格が。考え方が。それともやっぱり容姿?

 ……気持ちわりぃ。どこからか、そんな声が聞こえたような気がした。他ならない俺の声だったのかもしれない。

 俺は薫のどこが好きなのか。薫を百パーセントとしたときに、どこからどこまでのあいつが好きなのか。もしかしたら、その要素を持っている人間は他にも沢山いて、あいつじゃなくてもいいんじゃないかとも考える時がある。

 いや、もし俺が薫以外の女性を選んだとして、薫が仮に他の男とくっついた時を考えると眼球が沸騰しそうになる。きっと俺は立ち直れないし、そもそも俺は薫以外に好きな人を作れないんだろう。

 俺自身、この問題を早急に解決したいという思いはあるのだが、反面、当たって砕けるほどの勇気はない。もし砕けるくらいなら、当たらずにグラグラしていた方がマシな気がする。

 この卑怯で臆病な男は、自分が傷つくのをとても恐れているのだ。

「三年B組渡実わたりみのる、職員室中村まで」

 また弁当から顔を上げて、スピーカーを見る。

 黒板上に設置された古めの箱型スピーカーから発せられている声の持ち主は我らが担任の中村先生であり、俺の耳が間違っていなければ今呼び出されたのは俺だ。

 教室後方のドアを開けると廊下の冷たい風が顔に当たり、憂鬱な気分になった。


「あ、ここじゃなんだし視聴覚室でしようか」

 職員室に入室して早々に俺達は職員室を後にした。

 最初から視聴覚室に呼び出せよ。文句は喉元あたりで止まり、俺の口が実際に発音することはなかった。

 うちは零細高校なので使用頻度の低い特別教室は使用予定がない限り、暖房もエアコンも稼働しない。予想通り、視聴覚室はこの部屋で凍ったバナナが釘が打てるほど寒く、いつもは開けているブレザーの一番下のボタンを閉めた。

「で、本題なんだけどさ」

 俺の座った席の隣に座った中村は、椅子の向きをこちら側に直して話を切り出した。

みのるに冬季文化祭の実行委員になって貰いたいんだよね」

「実行委員ですか? 」

「うん。嫌だったら嫌でいいんだけど」

 東高丘高校ひがしたかおかには文化祭が二つ、体育祭も二つある。どちらも夏季と冬季で別れていて、夏季は基本、屋外で実施され、冬季は屋内で実施される。

「なんで僕なんですか? 」

「毎年、実行委員のメンバーは職員会議で誰が良いとか、誰はちょっととか決めるんだけど、俺が実の名前を出したら先生方も賛成してくれたんだよね」

「先生はなんで僕の名前を出したんですか? 」

「三年B組のホームルーム長ってこともあるけど、やっぱり実は他の人と違うからね。考え方とか、行動力とか。他の人にはない特別な文化祭をしてくれそうだから」

「そういう理由なら僕には向いてません」

「……なんで? 」

「僕が思うにイベントは演者と観客にテンションの差があると楽しくありません。例えば、観客は凄く盛り上がっているのに演者は疲れてどんよりしていたり、逆に観客が楽しくなさそうなのに、演者は盛り上がっていたりすると、観客側は自分達と演者との間のギャップに混乱します。

 特にうちの文化祭は運営が司会として、演者として、観客の前に立つのでイベント事が好きじゃない僕は適任ではないと思います。それに僕は典型的な燃え尽き症候群なので、準備が完了した段階で完全に燃え尽きて、それこそ観客とテンションのギャップを感じさせかねません。

 もし、冬季文化祭を成功させたいなら僕ではない人の方が適任だと思います」

「うーん、なるほどなあ。

 じゃあ、受けてくれるってことでいいのかな? 」

「……僕の話聞いてました? 」

「俺は冬季文化祭が失敗してもいいと思ってるからなあ。え、それだったらいいんだよね? 」

「……? 」

「俺は実の作る文化祭が見てみたいだけだから。

 それに実にとっても悪い話じゃないと思うけどな」

「はぁ……」

「イベント運営の経験は社会に出たときに大いに役立つよ。だから、ね? 」

「なんか上手く言い込まれた気がしますけど。

 ……受けてもいいですよ。その代わり、全力は尽くしますが成功の保証はしませんよ」

「そう来なくちゃね。

 よし! ごめんね、昼休みの時間取っちゃって。帰りのホームルームに資料渡すから、よろしく」

「分かりました」

 中村が視聴覚室の鍵を閉めたと同時に、視聴覚室の昼休みの終了を告げるチャイムが校内に響いた。

 

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高丘河川敷のホタル畑で告白を 床本 穣 @John_smis

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