運命の章
11 五年後
あれから五年後——二人がトロア地方にやってきてから、六年の歳月が経過していた。
その歳月の間も街は発展を続け、大陸から移住してくる者も多く、今や大勢の人が暮らす『都市』とも呼べる規模になっていた。
街の中心地に作られていた城は完成し、今、アルフレードはそちらに住んで魔法の研究に勤しんでいる。
彼を王に、という声も上がっているが、どうやらアルフレードにその気はないらしい。
「一回、城を作ってみたかっただけなのさ」とは彼の弁だ。その城は結局、魔法の研究施設として使われている。
そしてその城の一室、アルフレードの研究室には、彼の元を訪れたヘクトールの姿があった——。
「——ありがとう、アルフレード。『魅惑の魔法』、確かに受け取った」
「ああ。最適化、よろしく頼むよ」
詠唱文が書かれた紙の束を受け取り、ヘクトールは頭を下げる。
アルフレードの作り出す魔法は『超長文詠唱』だ。しかし、研究により最適化の余地があることが判明していた。
なのでヘクトールの管轄している『魔法研究部』でそれらの魔法を簡略化することで、他国への輸出品としての価値を高めているという訳だ。
頭を上げたヘクトールは、無表情でアルフレードに問いかける。
「それで、この前の話、考えてくれたかな?」
「……またその話か……」
アルフレードは深くため息をついた。そして目を閉じ、呆れたようにヘクトールに答える。
「……君の、国を豊かにする、っていう意見には賛同する。けど、何度聞かれても答えは変わらないよ——」
彼は目を開け、ヘクトールをジッと見据えた。
「——ドメーニカを戦争の道具に使うだなんて、ありえない。今のままでもこの国は十分に豊かだし、それにもしそんなことに彼女を巻きこんだら、僕はファウスに一生顔を合わせられない」
無言。ヘクトールはアルフレードのことを目を細め見つめ続ける。やがて——。
「……すまないな、アルフレード。君に野心があるかどうか、確かめただけだ。安心したよ、君になら安心して国を任せられる」
「……僕はそんな器じゃないよ。からかうのもいいが、ほどほどにしてくれ」
アルフレードはゆっくりとかぶりを振る。ヘクトール、この男はいつもこうだ。有能ではあるのだが——たまに冗談か本気か分からないことを言い出す。
息を吐いたアルフレードは、この話を終わらせるために別の話題を持ち出した。
「それでヘクトール。魔道具の評判はどうかな?」
「ああ、好評だよ。なんたって魔法を使えない者にも簡単に扱えるからね。夜の灯りや料理の火が簡単に用意出来ると好評だ。これからこの世界は、大きく発展していくんだろうな」
「そうか、それは何よりだ。魔道具の輸出の方も、よろしく頼んだよ」
「任せておけ、アルフレード。この『魔法国アルフレード』の名、世界中に広めてやるよ」
そう言ってヘクトールはほくそ笑み、部屋を後にした。
アルフレードは冗談か本気か分からない彼の言葉に、肩をすくめるしかなかった。
†
アルフレードが住まいにしていた屋敷。
そのいつもの一室に、ファウスティとドメーニカの姿はあった。
そしていつものように他愛もない会話を交わす二人。その中でファウスティは、常々感じていた疑問を口にする。
「ドメーニカ、やはり君は歳をとらないみたいだな」
「……うん。あーあ。早く大きくなって、ファウスのお嫁さんになりたいのになあ」
「はは。それは諦めろ、って神様が言ってるんじゃないか?」
「もうっ、ファウスの意地悪!」
ドメーニカはブンと手を振る。ファウスティは頬を緩めて避けるフリをする。
彼女は息を吐き出し、膝の上に乗せているルネディ人形に話しかけた。
「ひどいよねー、ルネディ。ファウス、乙女心全然わかってないんだから! ねー?『ソウヨ、ソウヨ!』」
裏声を使って一人二役を演じるドメーニカ。ファウスティはひとしきり笑ったあと、考え込んだ。
確かにドメーニカは、転移してきたあの日以来、肉体的な成長が見られない。
もしかするとアルフレードみたいに、転移者は不老不死になるのか? とも考えたが、鏡に映った自分の姿を見る限り、どうやらファウスティは緩やかに歳をとっているようだ。
何故だ? と考えるが、どんなに思考を重ねたところで答えが出るはずもなかった。
——彼は気づかない。気づきようがない。
ファウスティの望んだ姿。それは『前線に立つ自分』。
その望みは叶い、彼は前線に立っていた当時の自分。つまりは『穴』に飲み込まれる『三年前』の姿になって転移してきていたのだ。
この世界で彼は、六年の歳月を経た。結局『穴』に飲み込まれる直前と比べて、三年分ほど年齢を重ねた計算になる。
そして、ドメーニカの望んだ姿『永久不変の私』。
彼女の肉体は、歳をとることがない。それだけだったら、まだ、良かったのだが——。
「——ドメーニカ。トイレに行ってくる」
「あ、うん。行ってらっしゃーい」
返事をしてファウスティの背中を見送るドメーニカ。彼が部屋を出て行ったの確認して、少女は戸棚に向かった。
そして、引き出しからペーパーナイフを取り出し——勢いをつけ、自分の腕に突き立てた。
「……いたっ……!」
傷口から流れ出す、ドス黒い血。
だが、やがてその血はドメーニカの傷へと吸い込まれるように戻っていき、みるみる内にその傷を塞いだ。
それを諦めにも似た表情で眺めるドメーニカは、うつむきながら元の席へと座り直す。
そして人形を手に取り、悲しそうに語りかけた。
「……ねえ、マルテディ。私ね、こっちに来てから身体が変なの。傷もすぐ治っちゃうし、お腹も空かない。それに、眠くならないんだ。私、どうしちゃったんだろ……」
——人形は何も応えない。
ドメーニカはただただ寂しそうに、人形を見つめ続けるのだった。
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