10 一年後
二人がトロア地方に来てから、一年が経過していた。
ここは二人の住む街の郊外——。
「えいっ!」
ドメーニカが手をかざすと風の刃が吹き荒れ、瞬く間に『巨大蜂の魔物』を切り刻んだ。
魔素に還る魔物。その様子を見守っていたファウスティが、彼女に近づき声をかける。
「お疲れ様、ドメーニカ。だいぶ制御出来るようになってきたな」
「うん、任せて! ファウスは私が守るから!」
嬉しそうに振り返って笑顔を見せるドメーニカ。そんな少女を見返しながら、ファウスティは思い返す。
最初の頃は、制御にかなりムラがあった。
今の『風の力』だってそうだ。上手く制御出来ずに暴走した時には、街を襲う竜巻を発生させていたりもした。
だが、ファウスティの『守る』能力。彼の力は街全体を覆うくらいにまで成長していた。
なので毎回落ち込むドメーニカを「大丈夫だ」と励まし続け、少女もそれに応えようと制御に苦心した。
そして一年も経った今——後に発現した力も含め、ドメーニカに発現した『炎』『氷』『砂』『土』『風』、全ての力を、彼女は思い通りに制御出来るようになっていた。
微笑ましいやり取りをする二人。そんな彼らの元に、付き添いの男性が、魔術師のローブを揺らしながら近づいてきた。
「お見事です、二人とも」
「ああ、ヘクトール。いつも悪いね」
この男は魔導師ヘクトール。アルフレードの研究を手伝っている男性だ。
アルフレードの研究。彼は、魔法の研究に余念がなかった。
魔法の詠唱文を簡略化したり、彼の持つ『作る』能力で魔法そのものを生み出したりして、建築技術と共に大陸に輸出する——その甲斐あってか、このトロア地方は大陸諸国に比べてだいぶ潤っているようだ。
そしていつからか、この地はこう呼ばれるようになったらしい。
——『魔法国アルフレード』と。
ヘクトールは語学習得中のドメーニカに、簡単な言葉で話しかける。
「ドメーニカ、すごいね。君の『——』の力。是非、私に研究させて欲しいものだが」
その言葉を聞き、怯えた様子でファウスティの後ろに隠れるドメーニカ。ファウスティはヘクトールを睨む。
「おい、ヘクトール。あまり怖がらせるな」
「冗談だよ、ファウスティ。さて、アルフレードが待っている。そろそろ帰るか」
そう言ってヘクトールは踵を返し歩き始める。その背中を見るドメーニカは、小声でファウスティに漏らした。
「……ファウス。私、あの人怖い」
「……そう言うな。研究熱心が行き過ぎている所はあるが、彼はアルフの右腕として、かなり貢献しているらしい」
だが、二人は引っかかる。彼の漏らしていた「『——』の力」。あれは何と言っていたのだろう。
二人は首を傾げながら、街へと戻るのだった。
†
二人は街を歩く。ファウスティとドメーニカが来てから一年。その間にも街は発展を続けていた。
特に、街の中心地に建設が始められた大きな建物——それを眺め、ドメーニカはファウスティに尋ねる。
「ねえねえ、ファウス。あれ、なに作ってんの?」
「ああ、あれか。聞いてないか? なんでも城を作っているみたいだ」
「お城! すごい!」
アルフレードの街に対する貢献は、誰もが認めるものだった。
彼は街の者から『転移者様』と呼ばれ崇められている。そしてそれは、街を守っているファウスティとドメーニカも同様だった。
まあ、ファウスティとしては、むず痒くて仕方ないのだか——。
「アルフは頑張っているからな。城が完成したら俺たちにあの屋敷を譲る、と言っているが」
「んー。私、ファウスと一緒ならどこでもいい。あの、イタリアのおうちでも……」
イタリアで二人が暮らしていたのは、決して大きくはない家だ。街の警備兵として派兵されたファウスティが、一人暮らし用として借りた小さな家——。
昔を思い出したのか寂しそうな顔をするドメーニカに、ファウスティは笑いかけた。
「さあ、屋敷に帰ろう、ドメーニカ。いいことがあるかもしれないぞ?」
†
「ただいまー!」
元気よく挨拶をし、ドメーニカは二人の住む部屋の扉を開ける。この世界にやってきてから住まわしてもらっている、いつもの見慣れた部屋。
だが——そのいつもの見慣れた部屋には、あるはずのない、今は大切な記憶の中にしまわれた物があった。
ドメーニカはテーブルの上に置かれた箱を見て、動きを止めた。
「……ファウス……あれって、もしかして……」
「さあ、なんだろうな。開けてみたらどうだ?」
とぼけた表情をするファウスティの顔を見て、ドメーニカは箱に駆け寄る。
そして、震える手で箱を開け——それを見たドメーニカの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「……ルネディ、マルテディ、メルコレディ、ジョヴェディ、ヴェネルディ、サーバト……みんな……!」
そう。箱の中にはイタリアでファウスティがドメーニカにプレゼントした人形、六体の姿があったのだ。
ファウスティは頭をかきながら、ドメーニカに声をかける。
「大変だったぞ、ドメーニカ。なんとか思い出し、アルフに伝えて作ってもらって……だから、その、細部はいろいろと違うと思うが……」
ドメーニカは振り返り、顔をくしゃくしゃにしながら首を横に振る。ファウスティは屈み込み、ドメーニカの目を見て優しく伝えた。
「——俺たちがこの世界に来てから、今日でちょうど一年だ。ありがとう、ドメーニカ。いつも、俺を支えてくれて」
「……ファウス!」
少女は飛び込む。彼の胸の中へと。
「ありがとう、ファウス!……私、私は何も……!」
「はは、気にすることはない。君が元気にいてくれるだけで、俺は十分さ」
——ファウスティに抱かれながらドメーニカは改めて思う。こんなに幸せでいいのかと。
この人に出会えて、本当によかった——。
こうして、違う世界での二人の生活は、幸せに続いていくのだった——。
——そう、五年後、運命のあの日までは。
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