08 力





「……ドメーニカ。君のあの力は、もしかして……」


「……そうなのかな、ファウス」


 二人は思い返す。この街に来る道中で、度々二人を獣から守ってくれた、渦巻く炎のことを。


「あの力って、なんだい?」


「ああ、アルフ。俺たちが獣に襲われた時、このドメーニカが炎で焼き払ってくれたんだ。まるで民話に伝わる魔法使いみたいにね」


「……なるほど、魔法ね」


 話を聞き、アルフレードは考え込む。やがて彼は、二人を見て質問をした。


「ちなみに詠唱した、ってことはないよね?」


「詠唱? なんだそれは」


「いや、失礼。二人とも聞いてくれ。この世界には『魔法』がある」


 魔法、と聞いて二人は目を丸くする。そんな彼らのことを、アルフレードはじっと見据えた。


「元の世界でも神話、民話、童話、伝承、いわゆる物語の中で魔法は存在していた。だが、この世界では現実のものとして存在するんだ」


 アルフレードの話を黙って聞くファウスティとドメーニカ。いきなり魔法だとか言われても、ピンとこない。彼は少女に視線を送り問いかける。


「そしてドメーニカ。君の力は『攻撃魔法』に似た力なんだろう。もしかして君は、魔法使いに憧れてたりしてたのかい?」


「……うーん、それはないかなあ。あの時はただ、ファウスを助けなきゃ、って思ってて」


 ドメーニカは考えるが、魔法使いになんて憧れてはいなかった。


 まだ幼い彼女でも、『魔女』は忌み嫌われる存在だとは聞いたことがある。物語に登場する魔女は別として、『魔女狩り』は過去、本当に行われていたことなのだから。


 それを思い出したのか、ファウスティは真剣な表情でアルフレードに問いただした。


「……まさか、アルフ。ここでも魔女は迫害されているのか?」


「いや、安心してくれ。この世界では、魔法は人々の暮らしに欠かせないものになっている。頑張って覚えれば、誰でも使えるんだ。例えば、この僕にだってね」


 アルフレードはそう言って両手を前に出し、言の葉を紡ぎ始める。


 そして三十秒後。彼が詠唱らしきものを終えると、彼の手の中に光が現れた。明るいのに眩しくない光。


 その光を見つめ感嘆の息をつく二人に向かって、アルフレードは微笑んだ。


「今のは『灯火の魔法』っていってね。おかげでこの世界では火を使った灯りを必要としない。」


「……ここは本当に……違う世界なんだな」


「そうさ、ファウス。ここはテーラとは違う、別の世界だ——」




 アルフレードは説明する。この世界について、自分の知りうることを。


 まずこの地は『トロア地方』と呼ばれ、大陸の最西端に位置するとのことだ。


 トロアと聞き、フランスの一都市にそんな名があったと期待したが——地図を見せてもらう限り、全くの別の場所だ。そもそも、元の世界とは地形からして違う。


 そして、ファウスティたちが襲われたのは獣ではなく『魔物』と呼ばれる存在だとのことだった。


 その命を終える時、『魔素』というものになり空気中へと還る存在。それ以外にも、『魔族』と呼ばれる種族も似たような性質を持っているとのことだ。


 ファウスティは尋ねる。


「魔族だって? 人間以外に、種族がいるのか?」


「ああ。他にもエルフやドワーフといった種族もいるらしい。聞いたことはあるかな?」


「北欧神話だったかな、確か……。名前くらいは聞いたことあるが……ドメーニカはどうだ?」


「うーん、エルフは妖精さんだって聞いたことあるかな」


 首を傾げる二人。アルフレードは指を組み、その上に顎を乗せて微笑んだ。


「まあ、僕もまだ会ったことはない。この街にいるのは、人間の他には魔族だけさ。あとで紹介しよう。さて——」


 そう言ってアルフレードは立ち上がる。


「——中庭に行こうか、二人とも。君たちの持つ力、検証してみよう」







 ファウスティとドメーニカは、アルフレードに誘われ中庭へと出た。


 四方が屋敷に囲まれた中庭。屋敷の規模から想像はしていたが、かなりの広さだ。


「じゃあ、ドメーニカ。見せてくれ、君の力を」


「……うん、やってみるね」


 アルフレードに促され、ドメーニカは庭の中央へと歩いていく。


(……ええと、確か……)


 ドメーニカは考える。魔物に襲われるファウスティを助けようとして発現した力。


 彼女は想像する。魔物が現れ、ファウスティに襲い掛かり、その爪を、牙を、彼の肉体に立て——



「……いやっ!」



 ——突然だった。ドメーニカを中心に、炎の渦が巻き起こったのは。


 広がる炎の渦。吹き荒れる熱波。そしてそれは、ドメーニカを見守るファウスティとアルフレードの元まで広がっていき——。



「——ドメーニカ!」



 ファウスティが叫ぶ。その声に意識を引き戻されたドメーニカは、慌てて力を抑え込む。


「……ファウス!」


 気がつけば、炎は中庭全体まで広がっていた。燃え盛る炎。ドメーニカは震える。まさか、まさか——。


「……お願い、消えて!」


 ドメーニカが必死に炎を消そうと強く願った、その時だ。



 ——今度は突然、中庭が砂に覆われた。



 煙だけを残し、その炎は消え去った。ドメーニカは泣き出しそうな表情でファウスティのいた方向を見る。


 そこには——。



「……はは。すごいな、ドメーニカ。ただ、少しやり過ぎだぞ?」


 

 ——自身の周りに見えない壁を張り、アルフレードを守るように立つファウスティの姿があった。


 円状に砂を避け、焼けていない地面を見て、アルフレードは茫然とした様子でつぶやく。


「……護りの魔法……いや、結界魔法……?」


「ファウス!」


 涙を流しながら、ドメーニカが駆けてくる。ファウスティは手を広げ、少女を受け入れた。


「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」


「大丈夫だ、ドメーニカ。怖かったよな? 安心しろ、俺は大丈夫だ」


「……ファウス!」


 ファウスティの胸で泣きじゃくるドメーニカ。それを優しく包み込むファウス。


 そんな二人の強大な力を見て、アルフレードはただ、茫然とし続けるだけだった——。






 屋敷の二階からその光景を見る男が一人。


 その男は、人知れずつぶやいた。



「……例えるなら『滅び』の力、か……素晴らしい」



 その男——数年ほど前からアルフレードと共に魔法の研究をしている人物、魔族の青年ヘクトールは、静かにほくそ笑みその場をあとにするのだった。




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