07 願い
アルフレードに先導され、ファウスティたちは街中を歩く。
その街並みの様子はというと、なんとも古めかしい建物と、ファウスティたちが見慣れている一般的な造りの建物が混在しており、なんとも奇妙な感じを受ける。
ドメーニカがきょろきょろとしながら、ファウスティに話しかけた。
「ファウス。なんか不思議な街だね」
「ああ。見たことのない造りの建物が、いっぱいあるな」
とはいえ、その古めかしい建物の方はとても住みやすそうには思えなかった。石を積み上げて、補強しただけのような——。
前を行くアルフレードが軽く振り返り、二人の疑問に答える。
「元の世界の建築様式を広めているんだけど、まだ中途半端でね。でも、僕たちの世界の街並みにだいぶ近くなっているとは思わないかい?」
「……どういうことだ?」
ファウスティは眉をしかめて聞き返す。こっちはまだ、何も把握していないというのに——。
「ああ、ごめんごめん。この世界の建築物は全然進歩していなかったからね。僕の知識をお裾分けしている、っていうだけの話だ」
アルフレードは肩をすくめ、前を向いた。
「——僕はイタリアでは、建築家だったのさ」
†
アルフレードに連れられ、二人はここいら辺で一番立派な造りの屋敷に入っていく。
やがて一室に招かれた二人は、アルフレードに促されるままテーブルの席についた。
立派な部屋だ。ファウスティは失礼にならない程度に部屋を観察する。
決して派手ではないが、隅々までこだわりが感じられる造り——ドメーニカなんかは口を開けて部屋を見回していた。
そんな二人の様子を気にすることもなく、アルフレードは席に座り息をついた。
「さて。どこから話そうか」
「……その前に、アルフ。すまない、ドメーニカに水を飲ませてやりたいんだが……」
「ああ、これは失礼……まあ、君たちにならいいか」
そうつぶやいてアルフレードはテーブルに手をかざす。するとそこに、一瞬にして水の入ったグラスが現れた。
目を見張る二人。アルフレードは苦笑しながら、ドメーニカに水を差し出した。
「僕はね、この世界に来てから不思議な力を手に入れたみたいなんだ。安心してくれ、危険なものじゃない」
そう言ってアルフレードは自分の前にも水を作り出し、一気に飲み干した。それを見たファウスティはドメーニカを見て頷き、頷き返した少女は水を口につける。
「……おいしい!」
「はは、ありがとう。君たち、紅茶でいいかな?」
続け様アルフレードはテーブルの上に紅茶を三つ作り出す。それを二人に差し出して、彼は自分の紅茶に口をつけた。
ファウスティは唸る。
「……すごいな。アルフ、これはいったい……」
「僕はね、何かと引き換えに物を『作り』出せるんだ。それ相応のものを差し出せばね」
「……まるで『錬金術』みたいだな」
そちら方面には疎いファウスティでも、『錬金術』の行き着く先、『賢者の石』や『エリクサー』の話は聞いたことがある。
それらを使えば『金の錬成』『不老不死』『万病の完治』などが可能だということも。
ただ、彼らの時代ではもう、錬金術は化学的側面を持つようになっている。人類の発展に貢献した学問だが、先述した到達点は否定的に扱われている。
だが、目の前の男は——アルフレードは嬉しそうに口元を緩ませた。
「そう、まさしくそれだ。僕は錬金術をかじっていてね。不老不死に憧れていたのさ。建築史の行く末を見てみたくってね」
「いや、しかし錬金術とは『何かを何かに変える』といった学問だろう? アルフ。君は今、何もないところから作り出したようにみえたが……」
「いい着眼点だね、ファウス。そしてドメーニカ。これは内緒にしておいて欲しいんだけど——」
アルフレードは声を潜めて、続けた。
「——僕はこの世界にきて、どうやら『不老不死』になったみたいなんだ。僕は無限にある寿命を使って、物を作り出しているのさ」
アルフレードは語る。自身のことを。
彼はファウスティたちが来る、三十年ほど前にこの世界にやってきたらしい。
この街の近くで目覚めた彼は街の者に助けられ、彼らからこの世界の言葉を学びながら生活していった。
『作る』能力にはすぐに気づいたらしい。彼は物を変質させ、さまざまな物を作り上げる。彼の持つ知識も活用し、街は急速に発展していった。
ある時、彼は気づく。自分が歳を取っていないことに。
彼は試しに『寿命』と引き換えにささやかな物を作り出そうとした。そしてそれは、成功した。
無限の寿命、世界の均衡を崩しかねない力——彼、アルフレードは沈黙する。この過ぎたる力は、
ただ、それを差し引いても彼の力は甚大だ。街の者は彼に感謝し、崇め
そしてそんな日々を送る今日という日に、ファウスティたちが街を訪れた、という訳だ——。
そこまで話を聞いたファウスティは呻く。
「……不老不死とは、すごいな……」
「もしかしたら元の世界で強く願っていたことが原因なのかもね。まあ、不老不死と言っても、歳を取らない、病にかからないといったものだ。怪我もするし、失われた肉体は元には戻らないだろうね」
それを聞いたドメーニカが、ピンときたように声を上げた。
「ねえ、ファウス。もしかしてファウスの足が治ったのって……」
「……そうか。確かに俺は、『全盛期の頃』の姿を願っていたな」
ファウスティはごまかす。彼が心から願っていたのは『前線に立つ自分』。だが、それをわざわざ言う必要はあるまい。
彼は話題を変えるために、ドメーニカに話を振った。
「なら、ドメーニカ。君はどんな自分を願っていたんだい?」
「んー……ファウスのお嫁さんになる自分?」
「はは。なら、その推測はハズレだな」
膨れっ面になったドメーニカは、ファウスの肩をぺしっと叩く。
和やかにその様子を眺めていたアルフレードは、目を細めながら質問した。
「まあ、僕もファウスもそうだから、どうやら『望んだ自分』になっていることは間違いないだろうね。それで、次は能力の方だが——」
アルフレードは顎に指を当て、二人を見た。
「——僕の『作る』能力みたいに、君たちにも特別な力があるのかもしれない。何か、心当たりはあるかい?」
——ファウスティとドメーニカは、顔を見合わせた。
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