06 街





「ファウス、重くない? 大丈夫?」


「ああ。ドメーニカは軽いからな、大丈夫だ」



 あれから数時間——ドメーニカを背負ったファウスティは歩き続けていた。


 軍隊で慣らしたファウスティはともかく、少女にとって長時間の移動は厳しいだろう。


 彼らには、水も食料も道具もない。なら、体力のある今の内に動くしかない。


 なので気をつかうドメーニカを無理矢理背負って歩き続けている訳だが——。


(……不思議だな。まるで当時と同じ感覚で動けるとは……)


 そう。いくら前線で活躍していたとはいえ、ファウスティは足を負傷してから二年ほどのブランクがある。


 本来なら、もうへばっていても、おかしくはないのだが。それに足が突然治ったことも気になる。



 

 ——今のファウスティは気づきようがない。


 『前線で戦える自分』


 それが、彼の望んだ姿だった——。




 突然、ドメーニカがギュッと力を入れ抱きしめる。


「どうした、ドメーニカ」


「えへへー、よかったあ。ファウス、本当に足、良くなったんだね」


「みたいだな……っと、ドメーニカ。またお願い出来るか?」


「あっ、うん!」


 見ると、巨大な昆虫の群れが襲いかかってきていた。ドメーニカは目を閉じ、集中を始め——


「えいっ!」


 ——少女が力を込めた声を上げると、瞬く間に炎が渦巻き、昆虫たちは黒い粒子となって消えていった。


「ありがとう、ドメーニカ。助かったよ」


「どういたしまして! でも、なんなんだろうね、この力」


「……さあな。ただ、ドメーニカのおかげで俺たちは生き延びられている」



 最初の狼の襲撃以降も、彼らはたびたび襲われていた。


 例えば猪。例えば牛。例えば虎——。


 だがドメーニカが念じると炎が渦巻き、瞬く間に獣を塵に還してしまうのだ。



 しかし、そのいずれも肉が残らない。それがドメーニカの力によるものなのかどうか分からないが——奴らを狩っての食料到達は難しそうだ。


 それ以前に、水だ。木の生い茂っている山を目指せば、どこかで水の痕跡が見つかるかもしれない。


 ——今日一日が、勝負だ。


 決意を新たにし、ファウスティが行く先を眺めた時——彼の動きが止まった。


「どうしたの、ファウス?」


 不思議そうな顔で尋ねるドメーニカ。その少女に顔を向け、ファウスティは微笑んだ。


「見ろ、ドメーニカ。道だ。あれは人の手で整備された道だ。君は……俺たちは、助かるかもしれないぞ」







 道は途切れず、続いていた。


 経験と直感で、人の生活する気配が近そうな方向を選び進んでいたのだが——どうやら正解だったみたいだ。進むたびに、人の手が入った痕跡が増えてきていた。


 今はドメーニカも背中を降り、二人で並んで歩いている。


 やがて三十分も歩いた頃——彼らの目に、広がる街並みが見えてきた。


「わあ! ファウス、街だよ、街!」


「ああ。ドメーニカ、君のおかげだ」


 ドメーニカの力がなければ、獣に襲われ道半ばで力尽きていたことだろう。


 ファウスティと、相変わらず彼の左側をしがみついているドメーニカは顔を見合わせて頷き、はやる気持ちを抑えつつも、街へと向かう歩みを早めるのであった。





 やがて彼らは、街の入り口に到着した。


 この付近には獣が多いのだろうか。それを防ぐためか、街は全体を取り囲むような外壁に覆われていた。


 ファウスティは街の入り口に立つ兵士らしき人物に話しかける。


「すまない。ここはどこの街かな?」


 だが、ファウスティの問いかけに兵士は、不思議そうな顔をして口を開いた。


「————、————?」


 聞きなれない言葉だ。一気にファウスティに緊張が走る。


(……待て……ここはもしかして、異国なのか……?)


 ドメーニカが心配そうな顔をする。確かに、あの『穴』に飲み込まれ目覚めてからは不可解なことばかりだが——もしかして、別の国に飛ばされてしまったのか?


 実に荒唐無稽な考えだとは思うが、もう何が正解なのか分からない。ファウスティは一縷の望みにかけて、兵士に訴えかけた。


「俺たちは『イタリア王国』という所から来たんだ。ここはどこの国だ? 君、イタリア語かフランス語は分かるか?」


「————、『イタリア』——?」


 兵士が、反応した。その様子を見たドメーニカが、コクコクと頷く。


「うんうん、イタリア王国! 私たち、そこから来たの!」


 兵士は考え込み、別の兵士を呼んで耳打ちをする。何かを告げられた兵士は、街の中へと走っていった。


 応対した兵士は警戒した様子を見せながら、ファウスティたちを見守っている。それ以上の行動を見せないのは、待てということなのだろうか。ファウスティは何気ない素振りを見せながらも、警戒を強めた。


(……戦闘になったら……マズいな……)


 言葉が通じないとはいえ、もうファウスティたちには行く当てがない。なんとかこの街に入り、ドメーニカに水と食事を与えないと——。


 そんなことを考えながら十五分ほど経過した頃だろうか。街の中へ駆けていった兵士が、別の人物を連れ、戻ってきた。



 ——長い緑髪を後ろで束ね、中性的な顔立ちをした人物。



 その男は、イタリア語でファウスティに話しかけてきた。


「君たちかい? イタリアの名を口にする人物というのは」


 安心する。ここは異国だと思っていたが、少なくとも目の前の彼は、ファウスティの知っている言葉を話している。


「ああ、俺はファウスティ。こっちはドメーニカ。ミラノの近郊に住む者だ。俺たちは『穴』みたいなものに飲まれ、気づいたら草原に倒れていたんだが……」


「……まさか、本当に同郷人だとは……驚いた」


 目の前の彼は目を大きく開き、呻き声を上げた。ファウスティは疑問の声を上げる。


「同郷人? ということは、ここはイタリアではないのか?」


「ああ。その前に自己紹介をさせてくれ。僕の名前はアルフレード。アルフと呼んで欲しい。そして——」


 彼、アルフレードは両手を広げ、頬を緩めた。




「——ようこそ、違う世界へ」





 ——これがファウスティ、ドメーニカ、アルフレード、千年にも渡る因果を持つことになる、三人の出会いだった。



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