03 共同生活
——ドメーニカを保護してから、一年が経過していた。
「お帰り、ファウス!」
エプロン姿のドメーニカが、踏み台からピョンと飛び降りて駆け寄ってくる。
「ああ。ただいま、ドメーニカ」
ファウスティは荷物を置き、屈んでドメーニカを迎えた。
「あ、もうファウス、しゃがんじゃダメ! 足、悪いんだから!」
「はは、気にするなドメーニカ。それより……いい匂いがするな」
「ふふーん。楽しみにしててね!」
二人の共同生活は、続いていた。
この一年間、ファウスティはそれなりにドメーニカの母親について調べてはいたが、まあ手掛かりすら掴めなかった。
ドメーニカに住んでいた場所を聞いてみても「わからない」としか言わない。口にこそ出さないが、彼女も母親に捨てられたことを理解しているのだろう。ドメーニカから何か言ってくることは、出会った日以来一度もなかった。
少女はよく働いた。家の掃除や料理、はたまたファウスティが持ち帰った書類の整理まで、彼女の出来ることはなんでも進んでやろうとした。
そこまでしなくても——とファウスティは思うが、足の悪い彼としては助かる部分も非常に多い。
そして夕食——ドメーニカの作った料理が並べられた食卓の席に、ファウスティはついた。
「おお、美味そうだな」
ファウスティは料理を見て、息を漏らす。
食卓に並べられているのはミネストローネにパン、そしてチーズパスタに鶏肉の煮込み料理と、この国の家庭料理としてはメジャーなものだ。最近の彼女は料理の腕前をメキメキと上げている。どれもドメーニカの得意料理だ。
「ささ、ファウス、冷めないうちに食べちゃって!」
「ああ、いただくとするよ」
ファウスティはスープを掬い上げる。心なしか、ドメーニカの視線を感じる。
そして一口——。
「うん、美味いな」
その言葉を聞き、嬉しそうな表情を浮かべるドメーニカ。彼女は得意気にファウスティを見つめる。
「でしょー? 私、大きくなったら、ファウスのお嫁さんになってあげるね!」
「はは。その頃にはもう、俺はお爺ちゃんだな」
二人は軽口を叩き合う。
とはいえ、あと数年もすればドメーニカも結婚できる歳になるし、ファウスティもまだ三十になっていない。可能性だけで言えばなくはないが——そもそもファウスティにそんな気はない。
ひとしきり笑ったあと、ドメーニカはつぶやいた。
「……私は本気なのになあ……」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないよ、早く食べちゃって!」
ドメーニカに急かされ、食事は進む。やがて全てを平らげ終え、空になった食器を片付けているドメーニカは——むくれていた。
その様子を見てファウスティは不思議そうな顔で問いかける。
「どうした、ドメーニカ。可愛い顔が台無しだぞ?」
「……ねえ、ファウス。何か気がつかなかった?」
一応尋ねてはみるものの、食事が終わるまで何も言ってこなかったのだ。気づいていないのだろう。
(……あーあ。頑張ったのになあ……ファウスの、バカ)
ドメーニカは気落ちしながら食器をまとめる。その様子を見ながらファウスティは、肩をすくめた。
「言わなきゃ、駄目か?」
食器を片付ける少女の手が止まる。ドメーニカがポカンとファウスティの方を見ると、彼は荷物の袋を取り出した。
「まったく。せっかく驚かせようとしたのに先にやられてしまったよ。さあ、ドメーニカ。プレゼントだ、開けてくれ」
ドメーニカの顔が、パァッと明るくなった。食器を放り出し袋に飛びつく少女を見て、ファウスティは頬を緩めた。
「……ミネストローネにチーズパスタ、鶏肉の煮込み料理。どれも俺と君が出会った日に、君が注文したものだ。忘れる訳ないだろう?」
少女は袋から箱を取り出す。その箱には、半ダースの人形が入っていた。
ファウスティは微笑む。
「俺と君が出会ってから、今日でちょうど一年だ。ありがとう、ドメーニカ。いつも、俺を支えてくれて」
「……ファウス!」
ドメーニカはたまらずにファウスティの胸に飛び込んだ。そんな彼女の頭を——
——いや、ファウスティは思い直し、手を握りしめ、彼女の背中を優しく包んだ。
「ファウス! ありがとう、ファウス……!」
「ほら、ドメーニカ。先に片付けをしてしまおうか。俺も手伝うよ」
「……うん……うんっ!」
——少女は思う。こんなに幸せでいいのかと。
(……ずっと、このままでいたいなあ)
ドメーニカは心の底から願う。今のまま変わることのない生活を、そして人生を。
——彼女が望むのは無変化。思い描くのはずっと今のままの自分。
『永久不変の私』。
それが少女の、望んだ姿だった。
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