02 街の中、二人






(……それにしても、美味そうに食べるな)



 ドメーニカを連れ街の料理屋を訪れたファウスティは、コーヒーを啜りながら目の前の少女を眺めていた。


 最初はスープだけを頼んだのだが、ドメーニカは瞬く間に完食。皿を舐め出そうとする勢いだったので、チーズパスタにパン、それに鶏肉の煮込み料理を追加で注文してあげたのだが——彼女は目を輝かせ、幸せそうに頬張っている。


 まあ、彼女はこれから孤児として生きていくのだ。これくらいしてあげてもバチは当たらないだろう——。


 ファウスティはすっかりぬるくなったコーヒーを口にしながら、フッと口元を緩めるのだった。




「ごちそうさま!」


 やがて出された料理を全てたいらげたドメーニカは、満足そうにお腹をさする。


 その様子を見たファウスティはコーヒーを飲み干し、立ち上がった。


「では、行くか」


「うん、よろしくね!」



 食事を終え、店を後にする二人。ドメーニカは、店を出るなりファウスティの左側に回り、ぎゅっと抱きついてきた。


 ファウスティは怪訝な表情を浮かべる。


「……離してくれるとありがたいのだが」


「ファウス、足悪いんだよね? 私が杖になってあげるよ!」


 ファウスティを見上げ、笑顔で答える少女。


 いや、そこまでしてもらう必要があるほど、歩くのに難儀している訳ではない。なにより恥ずかしいし、無駄に目立ちたくはない。


「……気持ちだけ受け取っておく。ドメーニカ、離れてくれ」


「だーめ、無理しないの! お母さん探してくれるんでしょ? その間は私に任せて!」


 ファウスティの胸がズキリと痛む。


 母親を探すなんて、無論、方便だ。多少は尋ねてみるつもりではあるが、結局は少女を傷つけないよう適当なことを言って、孤児院に押し込むだけだ。


 だから——ファウスティはドメーニカの顔を見る。


「……分かった。助かる、ドメーニカ」


「どういたしまして! じゃ、いこ!」


 ——駄目だ。この少女の顔を見ると、何も言えない。


 こうしてファウスティは僅かな罪悪感に苛まれたまま、ドメーニカを引きずって街を歩き出すのだった。







 夕暮れの街。その街の公園のベンチには、肩を落とした男と少女の姿があった。


「……何も分からなかったね、ファウス」


「ああ、そうだな」


 ドメーニカが肩を落としているのは、もちろん母の手掛かりが得られなかったからなのだが——ファウスティは違っていた。


(……はあ。この街に、ドメーニカの入れる孤児院はないだと?)


 ドメーニカの手前詳しくは聞けなかったが、どうやらこの街に孤児院は一つしかなく、すでに過密状態だとのことだった。


(……彼女の母親は……本気で娘のことなど、どうでもよかったのだろうな……)


 やむに止まれぬ事情があったのなら、そういった施設の充足している街、いや、そもそも施設の近くで子供を置き去りにしただろう。


 ——それに、『日曜に生まれたからドメーニカ』だって?


 実際のところは分からないが、一度偏った見方をし始めてしまうと、その名付けすら適当に思えてくる。


 駄目だ、考え出すと怒りが沸々とわいてくる。全てはファウスティの勝手な想像だということは分かっているのに——。



「——ファウス、顔、怖いよ?」



 ドメーニカの声で、ファウスティは思考を引き戻される。見ると少女は、ファウスティの顔を不思議そうな表情で覗き込んでいた。


「……ああ、いや、なんでもない」


 ファウスティは息を吐き、立ち上がった。慌ててドメーニカも立ち上がり、彼の左側を支える。


 そんな健気な少女を見ながら、ファウスティは考える。俺はならない。この娘を手放した母親のように、俺はなるまいと。


「……ドメーニカ。とりあえず、うちに来るか? 母親が見つかるまでの間だけど、な」


「……!……いいの、ファウス?」


「ああ。だが、俺は独り身だ。色々と不自由させてしまうかも知れないが——」


「ありがとう、ファウス! 大好き!」


 そう言ってドメーニカはファウスティにぎゅっと抱きついた。彼は苦笑いを浮かべ、少女の頭に手をやろうとしたが——彼は躊躇し、その手を握りしめる。


「ん? どうしたの、ファウス?」


「いや、なんでもない。帰るぞ」


「うん!」



 ——二つの影が、夕暮れの街に消えていく。



 

(……俺の手は、血に塗れた手だ。ドメーニカ、君には、触れない)



 

 戦いに明け暮れていた軍人と、純真無垢な少女。


 決して交わることのなかったであろう二人の共同生活は、こうして始まった。




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