第三話 地下?層

 シルヴァは、ずっと前から『バベル』で彷徨っていたこと、怖いモンスターから逃げ続けていたことを、泣いて疲れ切った顔で語った。

 

「シルヴァちゃんは、なんでバベルに入ったんだよ」

「私は、気づいたらここにいて、いつからかは分からない。ずっといた気もするし、最近来たような気もする」

 記憶が混乱しているのも無理はない。こんな子供には悲惨すぎる境遇だ。

 

「シルヴァちゃん、覚えていたら教えてほしい。その十字架のペンダントはどこで手に入れたの?」


「これは……拾った。ずっと前?だった。どこだったかは、分からない」


 拾ったということは、他に持ち主がいたということだ。それはルナリアと何か関係があるのだろうか。

 ルナリアの『迷子がいたら、助けてやれ』の『迷子』が、シルヴァを指しているようにしか思えないのだ。

 


 これ以上考えるのはいったんよそう。特にペンダントに意味はないのかもしれない。ただ単に、ルナリアのものと偶然一致しただけで、よくある土産物みたいなものなのだろう。ただのよくあるペンダントだ。そういうことにした。



 今はそれどころではない。


 

 まずはここから脱出して、仲間と合流して、シルヴァちゃんを地上に送り届けないと。


 あの冒険者パーティーは幻想ではなく確かに実在した。ダンジョン入り口で手続きをした時の記憶はしっかりとある。彼らも幻惑を見て、どこかに転移させられたのだとしたら、まずいことになった。案内人がいなければ、冒険者なんてものは広大な『バベル』では塵に等しい。

 どこか入り組んだ場所にでも行ってしまったら、それこそ骨も見つからない。


 あんな一層に何がいたというのか。


 幻想に空間転移、モンスターの仕業だろうか。それにしては意図が見えない。


 やはり『バベル』は、ちょっと探索スキルがあるからって、ずけずけと入ることの許されない聖域なのだろうか。

 

 



 周りを見渡すと、やはり状況は絶望的だった。

 気味が悪い。

 白い床と、白い天井だけが永久に続いている。360度何もない。薄暗い。ここは何層なのだろうか。いや、そもそも『バベル』なのだろうか。

 

「シルヴァちゃん。ここ、どこか分かる?」

 とりあえず、シルヴァがどうやってここに迷い込んだのかを聞いてみることにした。


「わかんない」

「それじゃあ、どうやってここに来たか分かる?」

 シルヴァは目をつむって首をかしげるようなしぐさをした。

「えーと、だれかに見られてる気がして、走って逃げたの。だから、ひたすら走ってたら、ここに着いた」


 

「どの方向から来たか分かる?」

「わかんないよそんなの」



 俺もシルヴァちゃんにも、ここがどこだか分からない。

 しかたないので周辺情報を集めることにした。


 俺は、シルヴァちゃんの手を引いて暗闇に向かって歩き出した。

 しかし、いつまでたっても景色が変わらない。

 模様のない床、天井だけが続くだけ。

 

 スポットライトに照らされているように、俺たち二人の周りだけが妙に明るい。

 そこが一番不気味であった。

 



「また……見られている気がする」

 シルヴァが突然発したその言葉に、ぞくっとした。周りのどこまでも続く暗闇が、余計に気味悪く感じた。

「シルヴァちゃん、怖いこと言わないでよ」

「急に頼りなくなったね」

 シルヴァが俺をからかうように言う。

「シルヴァちゃんだってさっき大泣きしてたじゃないか」

「あれは怖くて泣いてたんじゃない。安心して、泣いたんだ」

 シルヴァと繋いだ左手がぎゅっとなった。

 一人でずっと彷徨い続けていた彼女は、久しぶりに人と会って安心したのだろう。

 それは多分、俺でなくても安心したはずだ。


 でも……

 俺は左手をぎゅっと握り返した。

「俺は最強の案内人だ。必ず君を家に届けてやるからな」

 プロとして、自信を持つ。

 

「急に頼れそうになった!」

 シルヴァの目が輝きだして、俺は調子に乗る。


「シルヴァちゃんを見てんのは誰だ! 暗闇からコソコソ見やがって、気持ち悪いんだよ! 俺たちをこっから出せ!」

 手を握ったまま視点を一周させ、暗闇に向かって叫んだ。

 そこにいるかもしれない何かに向かって。


「へへ、急になんですか。タマキさん」

 やっと名前で呼んでくれた。


「でも、そっちじゃないんだ」

「どういうこと?」

「視線は、暗闇からじゃなくて……その……」



 俺はシルヴァがずっとうつむいている理由が分からなかった。

 

 そういえば、決して上を向こうとはしなかった。

 帽子を外そうとはしなかった。



 とたん、背筋が凍る。




 シルヴァのジェスチャーで、その意味がやっと分かった。


 シルヴァはうつむきながら、天井をゆびさした。


 左手がぎゅっとされる。

 反射で俺もぎゅっと握る。

 シルヴァは声を震わせて言った。


「『上』から、みられてる気がする」と。


 

 

 

 

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