第二話 地下一層 

 地下十層を目指す冒険者パーティーと合流した。

 剣士、魔法使い、聖職者、たった三人のパーティーは、案内人の俺を含めて四人になった。


 

 俺たちはさっそく『バベル』入口で手続きを済ませ、第一層に入った。

 第一層はレンガ壁の迷宮である。


 実はこれまで無言が続いていた。最初の自己紹介以降、特に会話がない。こいつら三人はあまり仲が良くないのだろうか、と思いつつ。

 俺は案内人として先頭で正解のルートを切り拓いていく。


 一層目はモンスターも出ないので、コミュニケーションがいらないとでも思っているのか。三人は無言で警戒もせずついてくる。


 本当にこのメンバーで十層を目指せるのだろうか。

 ルナリアは最高のメンバーだといっていたが、今のところ最低のメンバーである。

 騙された、か?


 まあ、まずは何といってもまずはコミュニケーション。これもルナリアの教えである。案内人はパーティーメンバーに命を預け、また預かってもいる。信頼関係を築けなければ、いざというとき見捨てられるかもしれないという。


「道案内は任せてください。皆さんよろしくお願いします」

 俺はもう一度あいさつした。


「よろー」

 やっと返事が返ってきた。

 男剣士グリフ。見た目はニートだ。


「どもっす」

 女魔法使いイザベラ。バイトの女子高生のようにやる気が感じられない。


「しゅわっち」

 女聖職者ミクシィ。名前がミクシィ?返事がしゅわっち?見た目と世代にずれがある。





 探索スキルで壁をスキャンしながら次を右に曲がろうとしたところで、やっと違和感に気が付いた。




 

 あれ?



 ニート?



 バイト?



 女子高生?



 ミクシィ?



 ウルトラマン? って……なんだ?




 聞いたことのない単語が会話に出ていた。


 なのに違和感を感じていなかった。


 

 とたん、後ろにいたはずの三人が渦のようになってぼやけていく。


 頭が、ぼやける。

 

 まずい、これは……


 夢だ。

 

 幻覚だ。


 やられた。


 モンスターか?

 

 いつからだ?


 分からない。


 ねむい、ねむい。


 このままだと、死ぬ。



 






 



 


 目を覚ますと、レンガの迷宮にいたはずが、薄暗い開けた空間にいた。

 

 ここはどこだ?

 今まで潜ってきたダンジョンのどこでもないような、そんな場所だった。


 なんとも不気味な雰囲気だ。


「あ、あの……」

 ビクッとした。急に後ろからささやくような声がした。

 振り向くとそこには少女。


 とんがり帽子をはみ出して、腰のあたりまで伸びたロングの銀髪は、ルナリアのものに似ていた。


 青いローブを羽織っており、魔法使いの衣装である。


「おうち、帰りたい」

 少女は迷子だった。


 


 頭がパンクしそうだ。


 いったん状況を整理しよう。

 幻覚を見て眠ってしまったかと思えば、仲間とはぐれ、知らない場所にいて、目の前に迷子の魔法使い。

 そして、多分俺も迷子だ。この不気味なほど開けた空間がそう物語っている。360度見渡しても壁がなく、床と天井のみ。奥は薄暗くて見えない。


 普段なら探索スキルで建物の構造を大まかにスキャンして把握できるのだが、ここでは波が反響する壁がなく、まったくもって構造がわからない。


 案内人が迷子って、しゃれにならん。


 不安が急に押し寄せてきた。今までこんなことはなかった。もう出られないかもしれない。怖い。

 壁がない、もたれる壁もない。

 俺はがくっと膝から崩れ落ちた。




「おうち、帰りたい。……助けて」

 目の前の少女がそう言った。助けを求めている。


 ふと、師匠ルナリアの言葉を思い出した。


 どんなときでも自信を持て、プロとして。

 迷子の子を安心させるために。


「大丈夫、大丈夫だよ。俺が助けるから」

 勝手に口がしゃべった。しゃがみながらでは格好もつかない。

 俺は怖いけど、パニックで何も分かんなくなっちゃったけど。

 目の前の女の子が泣きそうだったら、助けてやらなくちゃあいけないだろう。


「大丈夫、俺が君を家まで送っていくから」

 少女は少し安心した表情になって、泣き出した。


「もう……誰にも見つけてもらえないかと思った」

 彼女はしばらく泣いていた。

 俺は、突っ伏して泣いている彼女に何もできなかった。


 ようやく泣き止んだので、「名前はなんていうの?」と聞いた。


「シルヴァ」


 シルヴァという名前は彼女を象徴するようだった。

 髪の色だけでなく、目の色までシルバーだ。


 本当に、ルナリアみたいだ。

 ルナリアが子供だったら、こういう感じだろうな。


「あ、それ」

 シルヴァが涙をぬぐいながら指をさしたのは、首元の十字架のペンダント。

 ほしいのだろうか。


「かっこいだろう」

 ちょっとでもシルヴァを元気づけたくて、子供っぽくいってみた。



「私も持ってる」

 と、シルヴァはポケットの中から十字架のペンダントを取り出した。


 それは、ルナリアからもらったものと同じだった。

 銀色だった。


 とても偶然とは思えなくて、身震いがした。

 

 なにか、仕組まれているような気がした。

 




 




 


 


 

 


 


 

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