ダンジョンから連れ出して ~プロの迷宮案内人vs絶対に迷子になる少女~
朝山夜空
第一話 地上
俺、タマキは今日もダンジョンに潜る。
モンスターを狩るためではなく、道案内のためだ。
かつて、地下の巨大迷宮ダンジョン『バベル』に一度入ったものは死んでも出られないと云われていた。強いモンスターのせいではない。ダンジョンの真の恐ろしさはその複雑怪奇な構造にある。
どれだけ強い勇者だろうと、どれだけ権威のある魔法使いだろうと、道に迷ってはなすすべなし。餓死。又はモンスターに弱ったところを食われる。以上。
それでもダンジョンは魅力的だった。無限に続くほど巨大で深いダンジョンは、階層深部に行くほど神秘的な世界が広がっていくらしい。未知であふれた新世界を切り開きたいという知的好奇心に駆られた冒険者たちはダンジョンに消えて行った。
素晴らしい才能たちが、闇に消えて行った。 二度と地上に戻ることなく。
というのも昔の話。当時、探索系のスキルを持つ者がいなかったそうだ。今では何人かの『探索』スキルを持つ者たちが、ダンジョンの道案内をすることで、冒険者パーティーは安全に帰還することができる時代だ。
かくいう俺も、貴重な『探索』スキルを持つプロの案内人の一人である。貴重なというのは、単純に数が少ないということだけ。貴重なだけで、夢がない。 基本皆、剣士や魔法使いになりたがる。
冒険者パーティーに付き添い、ダンジョンに潜り、無事に地上まで送り届けることで報酬を得る。これが案内人という職業である。
「タマキ、今日からこのパーティについてくれ」
師匠ルナリアがまた冒険者パーティーを連れてきた。彼女に探索者として育てられた俺は、彼女から斡旋された依頼で生計を立てている。
「分かりました。何層目まででしょうか」
「十層目だ」
ルナリアから伝えられたのは、前人未到の地下十層目。記録されている最高到達層は九層目までである。無茶だ。
それに、『十層目、立ち入り禁止』とはかつて九層目まで到達したルナリア自身が残した言葉だ。
最高層到達者の一人であるルナリアのその言葉に皆が従ってきたというのに、今になって考えを変えたとでもいうのか。
俺が何か言おうとする前に、ルナリアは続けた。
「彼らはここ数年で最高のパーティーだ。最高のパーティーには、最高の案内人を、と思っただけだ。お前は私が育てたんだ、自信を持て」
ルナリアは俺の肩をポンと叩く。
少し心が動きかけた。ルナリアが俺を認める発言をはっきりとしたのは、これが初めてだったからだ。
「タマキも九層まで行ったことがあるだろう。大丈夫だ」
それは子供のころ、ルナリアにおんぶされていったとき。俺は何もしなかった。ずっと目を閉じて、耳をふさぎながら、ひたすら背中にしがみついていただけだ。
「ルナリアが着いていった方が」
「できるな?」
遮られた。
ルナリアが瞳を銀色に輝かせるとき、俺は逆らえなくなる。
思考がぼやけて、彼女に支配されていく。
美しくて、それなのに儚い。
「分かりました、ルナリア」
そう答えるしかなかった。
「よし、じゃあこれを持っていけ」
俺に手渡したのは、趣味の悪い十字架のペンダントだった。ルナリアはそれを魔除けだと言う。
ルナリアは長い銀髪を耳にかけてささやく。
「迷子がいたら、助けてやれよ」
ダンジョンに潜る前には必ずその言葉があった。
ルナリアは俺への隠し事が多く、時々嘘をついているなと思うことも多々ある。しかし、その言葉にはたしかに信念が感じられた。
だから俺はダンジョンに潜る際、周りをよく見て、迷子の冒険者がいないか探すようにしている。
「はい、もちろん! 俺はプロの案内人ですから」
ルナリアの教えを思い出し、不安を払拭するように胸を張る。
どんなときでも自信を持て、プロとして。
迷子の子を安心させるために。
俺はルナリアを横目に、冒険者パーティーと合流した。
ルナリアが最後に「すまない」と、言った気がしたして振り返ったが、そこに彼女はいなかった。
首にかけた十字架のペンダントが、ギラリと銀色に光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます