第3話「保健室のまどろみとさやかちゃんと告白について」
「ちょっとあんたたちいつまで休んでんの!?」
「ほえ?」
私を呼び起こしたのは愛しい声ではなく、加齢を過ぎた枯れたおばさんの声。
ゆっくりと瞼を開ける前に強い陽が目を指してきて無理矢理意識を戻される。
光源の元を見るとカーテンが開けられたのが分かった。そのカーテンを手にしているのはこの部屋の主……いや、主ではないんだけど、この保健室で主に仕事をしている保険の先生だ。
「全く何時から寝てるの? ここはお昼寝スペースじゃないんだよ。体調悪くないならさっさと教室に戻んな」
もう、折角芹華と至高の時間を過ごしてたのに。でもまさか心地よ過ぎてお昼まで寝てしまうとは。
いや、あの後は本当にただ一緒に寝てただけだからね? いくら私が芹華のことが好きだからってその……エッチなこととかは、しないよ。
「芹華、起きて」
まだまどろみの中にいる芹華を揺り起こす。寝ぼけまなこの芹華は最初の内はボーッと私を見てたけど。
「っ!!! す、すみません! 失礼しました!」
私を見て何をしていたのか思い出したのち、追い打ちをかけるようにそばにいた保険教師に気づき、やかんのように赤面して保健室をシュババっと出ていってしまった。
もう、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。それに皆に見られるの恥ずかしいの? 私は恥ずかしくないよ。ただハグしながら寝てただけなんだから。
「私も戻ります」
芹華が恥ずかしがるのは少し寂しいけど、私に甘えてくれた事実は本物だ。
今日はいつも以上に芹華成分吸収できたな。まだお昼なのに。
前言撤回。やっぱりもう芹華成分が足りない、今すぐ補給したい。
今は放課後、グラウンドにていつも通り陸上部の練習で10kmほど走り終えたところだが、疲れたら急に芹華が恋しくなってきた。どうやら過剰摂取してても消化が早くなるだけみたいだ。
う~ん、芹華のところに行こうかな。でもまだ芹華もバスケ部の練習中だろうしなぁ。まぁ我慢できないほどではないんだけど出来たら補給しに行きたい。そんな風に走り終えたグラウンドをフラフラとさ迷っていると。
「ダメですよ、らんらん」
私の前に腕を大の字に広げて通せんぼしてきたのは。
「さやかちゃん」
「また安藤先輩のところに行く気でしたよね?」
ギク。バレてたか。
部室に戻ってさやかちゃんにマッサージをする私。
また、抜け出そうとしていたのだ。せめて先にマッサージするくらいはしてあげないと。
「はぁ~、やっぱりらんらんのマッサージは……っ! ちょっと痛いけど効きますね」
「あはは、喜んでもらえたならなによりで」
少しさやかちゃんから圧を感じる手前、私は下手に出る。
「よく分かったね、私が芹華のところに行こうとしてたって」
「嫌でも分かりますよ。こうちょくちょく抜け出されてたら」
そりゃそうか。よくフラーっといなくなってるもんな、私。
「マッサージ変わりますね」
「あ、うん、お願い」
私はさやかちゃんと交代して、マットに寝そべる。
さやかちゃんの指圧は心なしかいつもより強く……。
「っ痛!」
「ダメですよ、我慢しなきゃ」
私怨が混ざってない? 確実にいつもより強いよ?
しかし、現在立場が弱い私が逃げられるわけもなく。
「っ~~~!!!」
必要以上に強い刺激を受けても私は逃げることはできない。
「どうですか、痛いですか?」
「!」
気づくとさやかちゃんの年齢に対して少し大人びた顔が私に近づいていた。
シーブリーズの爽やかな香りが鼻腔をくすぐるが、そのくらいでこの痛みは相殺されない。
「ゴメンね、さやかちゃん、反省してるからちょっと弱くしてくれないかな?」
「本当ですか?」
「ホントホント。もうあんまり芹華のところには行かないから」
「あんまり?」
「ひっ!」
的確なところを突いてくる血の通っていないような冷たい声に私は思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
火に油注いじゃった?
再びさやかちゃんの顔が近づいてくる。
ひぃ、また怒られる。
思わず私は目を瞑る。
「そんな嘘を吐けないところ、好きですよ」
「え?」
目を開けると近づいたさやかちゃんの顔は笑みを浮かべていた。
いや、逆に怖いんですけど、何?
「安藤先輩はいいなー。こんなにらんらんに想われて」
あ、もしかして嫉妬?
「いや、でも恋愛的な意味はないからね? 私が懐いてるだけっていうか。芹華といると心地よいっていうか……」
「じゃあ私にもチャンスあるってことですか?」
「チャ、チャンス?」
「らんらん、カワイイんだから、もっと自覚持った方がいいですよ。陸上部の中でも狙ってる
「狙ってるって、それって……」
「付き合いたいってことです」
「ふえっ!?」
思わず変な声が漏れてしまう。そんな、恋愛なんて。誰が好きだとか、そうゆう話をするのすらまだ恥ずかしいのに、自分がだなんて。
「そんな付き合うだなんて、そんな……」
「そうですよね、多分殆どの子はらんらんに好意があるからって「自分は女の子のことが好きなマイノリティ」だと勘違いしてる高二病なだけなんですよ。どうせ」
「高二病?」
「大人ぶりたいってことです。でも……」
さやかちゃんは顔を今度は私の耳に近づけると小さくこう囁いた。
「私は違いますから」
それってつまり……!?
私は驚いて思わず振り返ると、そこにさやかちゃんの顔はなかった。さやかちゃんはすでに立ち上がって帰りの支度をしている。先ほど言った発言などなかったかのようないつも通りの表情をして。
どう受け止めていいのか分からず、呆然としたままの私を横目に、さやかちゃんはすぐに支度を終えると、「また明日」と部室を出ていってしまった。
私の芹華に対する気持ちは恋なんだろうか? 恋って胸がドキドキしたりするものだよね?
でも、芹華と一緒にいる時の気持ちはドキドキではなく、安心が大きくて。やっぱり違うのかな?
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