第2話「教室とハラスメント教師と事件について」

日は明けて、翌日。

朝練を終えて、教室に入った私の目にすぐ入ったのは友達の真央まおと話す芹華の姿だった。

2人がいるのは教室の奥の方だけど、そんなことは関係ない。私は芹華だったら1km先からでも見つけられる自信がある。

芹華が目に入ればもう私の瞳の中には芹華以外映らない。私はわき目もふらず、芹華に近づいていく。すると、私に気づいた芹華は立ち上がってこちらに近づいてくる。

嘘? いつもはむしろ避けるくらいの扱いをしてくるのに今日は向こうから? ついに私の想いが通じたのかな。

気が急いでしまった私は歩を速める。芹華の気持ちに応えないと!

芹華との距離がもう数歩のところまで近づく。あぁ、早くその胸に飛び込ませて!

私はフライングで両腕を広げると、何故か少し曲がってから再び私に向かってくる芹華。そして私に応えるように芹華も片手を差し出して。

「待て」

そう芹華に言われ、私は命令通りその場にピタと止まる。

あれ、何で止められるの?

すると芹華は親指で自分の後ろを指差す。

「後ろ、見えてなかったでしょ」

「後ろ?」

芹華しか見えてなかったからその間に障害物的なものがあっても自動的に脳内から消去されてたかも。

私は言われた通り、芹華の後ろを見てみる。と。

「あ、そうだった」

すっかり忘れてた。文化祭で使う制作途中の看板を教室後方に置いてたんだった。描き途中のイラストが着色を今か今かと待っている看板を、気づかず踏み抜くところだった。

「もっと周り見なっていつも言ってるでしょ……って蘭子に言っても無駄か」

「ゴメンね。でも危なかったら芹華が今みたいに守ってくれるでしょ?」

「もう、都合のいい解釈するんだから」

呆れたように溜息を吐く芹華。

あぁ、流石に調子に乗り過ぎちゃったかな。でも、シュンとして俯いたその先にあったのは私の手を握る芹華の手だった。

「どうせ私が面倒見る羽目になるんでしょ」

芹華は私の手を引いて元座っていた席に連れて行ってくれる。

まだ顔は不貞腐れてるけどやっぱり芹華は私の……。

「おーおー二人は今日も朝からイチャイチャですかー? 見せつけてくれるねー」

席に戻ると、すぐに真央が茶化してくる。真央は中学の頃からの友達でこうして私たちを眺めるのが日課だ。今も猫のような口をして、ムフフと笑いながら私たちの仲睦まじい様を見てくれている。

「イチャイチャって言うより介護でしょ、こんなの」

「そんなこと言ってなんだかんだ何年も面倒見てるんだからー」

このこの。と、芹華の制服をつつく真央。

真央がつつく姿を見てたらなんだか私も芹華をつつきたくなってきちゃった。

ウズウズしてきた私の欲望はすぐに抑えられなくなり、握られた拳から一本だけ飛び出した人差し指は芹華のほっぺたに向かっていく。

も。

「やると思った」

その絹のようにしなやかな肌に到達する前にその指は掴まれてしまった。

「あー、もうちょっとだったのに」

「バカやってないで席に戻ったら? もうホームルーム始まるよ」

そう芹華が告げるとタイミングを見計らっていたかのようにちょうどチャイムがなった。

「えー、まだ芹華成分十分浴びてないのにー」

私が不満の声を上げても、芹華は無視して私を自分の席の範囲から押し出してしまう。

「私はもう過剰供給なほど貰ってるよ」

もう、ちょっとはデレてくれてもいいのに。でもそれが照れ隠しだというのは分かり切っているので私はそのくらいで気にしたりはしない。なんだかんだ言って芹華は私を拒否しないと分かっているから。

私が席に着くと同じタイミングで先生が教室に入ってくる。先生は私の方を見て少し驚いた表情になった。

「お、珍しいな、如月が最初から席についてるなんて。やっと親離れできたのか?」

うげ。先生はもう中年というのもあるのか、こうゆう下卑た発言を息を吐くようにしてくる。私がいつも芹華と一緒に居るのをそんな目で見てたのか、この人は。

「親じゃ――」

「親って私のことを言ってるんですか?」

私が口を開いたところで割り込むように後ろから声を上げたのは他でもない芹華だった。

「お、自覚合ったのか。流石お母――」

「そうゆうのキモいのでやめてもらえますか?」

「キモいって……お前、教師にそんな口……」

わかりやすい挑発に、一気に怒りをにじませた声色になる先生。

ちょ、確かに先生がキモいのは間違えないけどストレートに喰らわせるのは流石にまずいよ芹華。

「なんですか? 教師だからって生徒にモラルを欠いた発言をしても問題ないのですか? 教師とは生徒を導く立場であると私は思うのですが」

「ああ? 安藤、お前ちょっと成績が良くて周りからチヤホヤされてるからって調子乗ってるんじゃないのか?」

 あまりの怒りに顔に浮き上がった血管が見えるほど怒髪天の先生が芹華に近づいていく。

ああ、危ない、私が芹華を守らないと。でも大人の男の人に向かっていくだなんて。と、思うと足がすくんで動けない。でも早く行かないと芹華が!

何かしないと。と、私は手元からスマホを取り出した。

「俺はな、お前の内申点を下げるくらいわけないんだよ!」

もう芹華と先生の距離が1,2歩になったところで芹華は自分のスマホの画面を先生の目の前に突き付けた。

「なんだ? スマホの没収くらいで許してもらおうってか? そんな甘い罰で許すわけが……」

「画面が見えてないんですか? 先生」

「これ、お前……」

後ずさる先生。その表情には明らかに困惑が見て取れる。

何が起きたのかと、私が先生の体に隠れていた芹華のスマホを体をずらして見てみると、そこには録音アプリの画面が映し出されていた、

「こんな脅迫じみた発言、他の先生方に聞かせたらどうなりますかね?」

「お、お前、貸せ!」

先生は叩くような手つきで乱暴に芹華からスマホを取り上げる。

わ、私も、私も何かして芹華を助けないと……!

「もう保存してあるので遅いですよ」

スマホを取られても、芹華は一切臆した様子も見せずそう返す。

「はぁ? そんな見え透いた嘘が通じると思ってるのか? 大体保存してもこっちで消せばいいだけの話だろ」

「そうですね、撮っているのがだったら。ですが」

「何言って……!」

先生が辺りを見回して思わず目を止めたのは私だった。そう、私はさっきスマホを出してからずっと動画を回していたのだ。

「如月?」

流石に怖くなってきたのか。先生はさっきとは打って変わって慎重にこちらに近づいてくる。

「如月、まさか先生を撮ってるわけじゃないよな? ただ単にスマホを出してただけだよな? ほら、見せてみろ。先生怒ってないから」

しかし、それが逆にあだとなった。

先生が持つ芹華のスマホから軽快な着信音が鳴る。

「おわっ!」

突然鳴り出したスマホに大いに動揺した先生は笑っちゃいそうなほどのリアクションをしてスマホを落とした。

「あぁ……」

動揺したままの先生はスマホがどこに落ちたのか分からず視線をさ迷わせる中、先生を横切って歩く芹華はすぐにスマホを見つけて持ち上げる。

芹華は送信元が私のメッセージを開くと、先ほどの先生と芹華のやり取りの動画が再生される。

『俺はな、お前の内申点を下げるくらいわけないんだよ!』

先ほどの怒号が発言者の顔と共に映し出された映像が、同じ顔。しかし、真逆の顔色になっている人物の眼前に映し出される。

「これは動かぬ証拠……いや、動く証拠ですね」

先生に向かって少しほくそ笑んで芹華はそう言い放った。

「く……お、あ……」

ショックが強すぎたのか、言葉を失う先生。というか、言葉を失うってこうゆう状態なんだ。

「もう私と蘭子の関係に口出さなければこの動画も、音声も誰にも出しません。守ってほしいのはそれだけです」

それを聞いた先生は数秒沈黙したかと思うと、やっと口を開き。

「ほ、本当にそれだけか? い、いいんだぞ? 内申点も、ああ勿論如月の分も上げてやる。だから――」

「いいですから、そうゆうの。もうホームルームの時間終わりなのでさっさと出てってもらえます?」

教室の誰もがこの光景に目を奪われ、時間など忘れていたが、時計を見てみれば確かにもう1限目が始まりそうな時間だ。

「わ、わかった、すぐに出ていく。だから早まるなよ。な?」

そう言うと、何度かつまずきながら先生は教室を逃げるように出ていった。

「本当、サイッテー」

突然その場に崩れ落ちそうになる芹華。

「芹華!」

私は反射的に体が動き、倒れる芹華の体を支えた。

近くで顔を見ると、少し顔色が悪くなっているのが見て取れる。

「ちょっと立ち眩みしただけ。心配しないで」

芹華は私から離れて立ち上がろうとするも、明らかに足が震えているのが隠せていない。

「無理しちゃダメだよ。ね?」

私の言葉に一瞬表情が険しくなる芹華だったが、すぐに力が抜けたような表情になり。

「うん、分かった」

私は芹華を連れて保健室に向かった。

その時、私にかけてくれた言葉や態度は私だけの秘密だ。だけど間違えなく、今朝の芹華は世界一カッコよかった。

ありがとう、芹華。

「それじゃ、私教室に戻るから。ゆっくり休んでね」

本当はこのまま芹華と一緒に二人きりで過ごしたいところだけど、体調の悪くない私が授業を休むわけにはいかない。

私は芹華を保健室まで連れてくると、ベッドに芹華を預けて立ち去ろうとする。

「え?」

振り向くと、芹華が私の服の袖を掴んでいるのが見て取れる。いつもの強気な芹華ではなく、まるで子供に戻ったかのようなか弱い女の子ような力で。

「違うから、これは、その……」

それでもどうにかいつものイケメンな体裁を保とうとするも、やってることとちぐはぐになって逆に幼さに拍車をかけてしまっている。

あぁ、もう我慢できない。

「蘭子!? きゃ!」

もう授業なんて知らない。芹華のほうが何万倍も大切だ。私は芹華に飛び掛かり、私たちはベッドにその体を横たえる。

力いっぱいハグする私を表情は嫌がる芹華だが、体は拒まず、受け止めてくれる。いつもはあんなにカッコいいのに私の前ではこんな可憐な姿も見せてくれるなんて。

やっぱり芹華はカッコいいだけじゃない。

世界一カッコよくて、そして世界一……。

「かわいい」


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