君の瞳には私だけ映っていればいい
光 章生
第1話「私と芹華と陸上部について」
秋のグラウンドは気持ちがいい。
春の温かさとは違う、少し冷たさを感じる空気が火照った体に丁度いい心地を与えてくれるから。
「いいよ! そのままペース落とさずあと10週!」
コーチの声がグラウンドにこだまし、先頭を走る私は後ろを走る後輩たちを見て、まだ体力が残っていることを確認する。
うん、皆いい調子だ。これなら次の大会はいい成績になるだろう。
「ゴール!」
気持ちいいランニングだった。と、言ってもすでに今日は10km以上走りこんでる。流石にこれ以上は……。
「
皆はお腹がいっぱいになっても甘いものは別腹だよね? 私にとっての芹華はその「別腹」だ。どれだけ疲れていても、芹華を見たら別腹の元気が湧いてきてまた走れる。
私は200mほど離れたところに見えた芹華に向かい100m走のスピードで駆けていく。
「芹華!」
ついに届いた芹華の体に全身で抱き着く私。
「もう部活終わったの? 今日は早いね」
「いや、荷物取りに行くだけだから。っていうかくっつくなら汗拭いてからにしなよ」
「あっ」
言われて私は走り終わったばかりで汗だくだったことにやっと気づき、芹華から離れる。
「ごめんね? 汗臭かったよね? すぐ拭いてくるから」
「いや、別に臭くはないけど……私以外にはやらないでよ?」
「芹華……」
芹華の優しさにジーンときて少し目が潤むほどに感動してしまう。
「大好――」
「じゃ、私すぐ戻らないといけないから」
再び抱き着こうとするも、ひらりとかわされ、芹華は校舎に消えていってしまった。
「もう……」
私は頬を膨らませるも、芹華のそんなそっけないところも大好きだ。いつも芹華は自然体なのだ。
とは言いつつ、少々落胆しながら私は部員達の集まる部室へと戻っていく。
そうそう、自己紹介がまだだったね。私の名前は
別に長距離をバカにしてるわけじゃないよ? 苦しいことだって沢山あるし、付いていけなくて辞めちゃう子も毎年沢山いる。やっぱり適正ってものがあるんだよね。
そしてさっき抱き着いていたのが私の大好きな幼馴染の
部室に戻ると私が開いたドアのすぐ近くに
「戻ったのか、蘭子。芹華に駆け寄っていったにしては早かったな」
「だって芹華荷物取りに行くってすぐに校舎に行っちゃったんだもん。っていうかよく芹華のところに行ったってわかったね」
「蘭子が犬みたいに尻尾振って駆けていくのは芹華のときだけだろ」
「犬みたいって酷くない?」
と、言いつつ大型犬になった私が芹華に尻尾を振っている姿を想像すると、何故かしっくりきてしまう。
「蘭子の忠犬も向こうで待ってるよ」
透が親指で指差す先には後輩のさやかちゃんが周りの部員と談笑しているのが見える。
何故待っていると分かるのかといえば、他の子達はペアを組んでマッサージをしている中、さやかちゃんのみ一人で座っているからだ。マラソンを走った後は疲労回復のためのマッサージは必須。トレーニング後のマッサージは長距離陸上部部員にとって日常の一コマなのだ。
あ、さっきの透って子は名前も喋り方も男みたいだけど、れっきとした女の子。髪が短くてボーイッシュだけどね。芹華とはタイプが違うけどこっちも顔がいいからよくモテる。特に女の子に。まぁ面倒見もいいからね。憧れる後輩の気持ちも少しは分かる。私は勿論断然芹華の方がいいと思うけど。
さて、そろそろさやかちゃんのところに行ってあげないと。
一年生のさやかちゃんは素直でとってもいい子だ。私はそこまで先輩らしくなく、親近感が湧きやすいのか後輩からも同級生みたいに接させることが多くてたまにバカにもされる。けど、さやかちゃんは決して私をバカにはしない。むしろ私がバカにされたら怒ってくれるし、よく私を気に掛けてくれるしでとてもやさしいのだ。
私がさやかちゃんに近づいていくと、彼女は目を輝かせて私を見た。
「あ、らんらん!」
らんらんというのは私のあだ名だ。蘭子だかららんらん。なんだかパンダみたいだけどけっこー昔からそう呼ばれてるからもう慣れてしまった。というか、芹華と透以外はらんらん呼びだからそっちのほうがしっくりくるほどだ。
なので「らんらん」呼びは別にバカにされてるわけじゃないからね。
「ごめんねさやかちゃん。私が先にマッサージしてあげるから」
「え、本当ですか!? それじゃお言葉に甘えて……と、その前に」
私が「マッサージしてあげる」と言ったのに、何故か立ち上がったさやかちゃんは私のタオルと水筒を持ってくると、私の顔にタオルをあてた。
「まだ汗拭いてないじゃないですか。そのままじゃ風邪引いちゃいますよ。ちゃんと水分もとってください」
「ありがと。あはは、さっきまで気にしてたのにいつの間にか忘れちゃってた」
時間が経って汗が引いてきちゃったからかな。さっきまで汗だくだったなんて記憶の彼方に飛んでしまってた。
さやかちゃんが甲斐甲斐しく私の汗を拭いてくれるのにそのまま甘えて、私は水筒に入れてきたスポーツドリンクを飲むのだった。
「さやか、やっぱりらんらんの世話手慣れてるね~」
「世話って、私の方が先輩なんだけど!」
確かにお世話されてるのは否定できないけど。と思いつつ、素直に受け入れられるわけもないので私は茶々を入れてきた近くでマッサージをしている同級生の部員にツッコミを入れる。
それに、そうやって私を子ども扱いするなら……。
私はその部員に近づいていく。
「大体、ダメでしょそのマッサージの仕方じゃ。いつもふくろはぎは両手を使わないといけないって言ってるでしょ」
部員に近づいた私は片手でマッサージしていた彼女を軽く手でしっしっと退けると、寝ているもう一人の部員のふくろはぎに両手を添えた。
「こうやって両手を使って。で、筋肉をほぐすのも大事だけど、リンパもマッサージしてあげると足のむくみもなくなるから」
「はー、気持ちいいわ。やっぱらんらんのマッサージの腕は最高だねー」
私のマッサージのテクニックに、寝ている部員は顔をとろけさせてそう言った。
私はふふん、と退けた部員に得意げな顔を向ける。
「マッサージ上手いくらいで挽回できないから!」
「ふふ~。そんな負け惜しみを言ってー。もうこの子は私の魅力に陥落してるからねー」
「はー極楽じゃー」
寝ている部員は気持ちよさに顔がツヤツヤしてきたようにも感じられるほどだ。
「もー、らんらん。私のマッサージまだでしょ」
腕に違和感があると思い、横を見ると、さやかちゃんが掴んでいた。
「あ、ゴメンね、つい」
「今は私のらんらんなんですから勝手にフラフラしないでください」
さやかちゃんに引っ張られて、私は元いたマットの上に戻る。
私の世話を焼いてくれるかと思いきや、こうやって焼きもちも焼くなんてやっぱりさやかちゃんはカワイイなぁ。ちょっと大人びた顔つきをしてるのに、今こうやって頬を膨らませてるところなんてギャップが大きい。でも、何故かすごく身近でそんなそんざいがいるような……気のせいか。芹華は凄いしっかりしててクール系だから真逆のタイプだし。
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