第4話「帰宅とウチとイチャイチャについて」

部室を出ると数百メートル先に芹華が歩いているのを確認。この距離だとそこまでハッキリ見えないけど雰囲気で芹華だと分かる。私の感覚は間違えないんだ。

見えた主の元に駆けよるとやはりそれは芹華だった。

「芹華!」

芹華と一緒にバスケ部の仲間が横を歩いているのも気にせず、私は芹華の腕に抱き着く。

自分の芹華に対する気持ちが恋ではないと証明するよういつもより力強く。

「お、芹華の恋人きちゃったね。じゃあ邪魔しちゃあれだからウチらは帰るね」

恋人……!

「別に引っ付いてるだけだからそのままでもいいけど」

そのワードに芹華は全く気にした素振りも見せず、特に私に対しても何も言わない。

「言うて絵になるカップルだから、ウチらがいると邪魔になるし。帰るよ」

「うん、分かった」

バスケ部の仲間は芹華に手を振って先に帰っていった。カップルと言うワードにも芹華は特に何も気にしてなさそうだ。

「ゴメン、悪いことしちゃったかな」

さっきの部室の出来事にちょっとドギマギしていると言っても、流石に自分勝手すぎたかもしれない。

「まぁいいんじゃない? あの子達も自分から帰ってったんだし」

「うん、芹華がそう言うなら……」

同じバスケ部の部員だし、そこまで遠慮するような仲でもないのだろうから、芹華が気にしていないなら私も気にする必要はない。よね?

「なんかあったの?」

「え?」

「だって、朝あんなにベッタリしてたのに夕方にまたここまでするのは。そうゆうことでしょ」

う、流石芹華。すぐに見抜いてくる。いや、私が分かりやすすぎるというのも絶対にあるのだけど。

「うん……」

相談したい。けど、何て言うの? 後輩に好きって言われただなんて、そんな直接言えないし、そんな話聞いたら芹華だって……芹華はどう思うんだろ?

「言えない系?」

言われて私は首を縦にコクンと振る。

「ねぇ、この後ウチに来てくれない?」

例え芹華に話せなくても、ウチで一緒に過ごせれば少しは気持ちも落ち着くかも。そう思い、上目遣いで甘えるように芹華を家に誘ってみる。

「えぇ、蘭子の家? ヤダよ」

「え、ヤなの!?」

そこは快くいいよって言う流れじゃないの? 今イイ感じだったじゃない!

「だって蘭子の家に行くと……」

あ、そうゆうことか。でもだったら。

「いいよ、今日は。何も気にしないでいいから。一緒にいてくれればそれで十分だから」

「いや、蘭子がよくてもさ……」

「気にしないでいいよ! それに今日はまだマシなはず! うん、多分!」

「本当に? 蘭子の言うマシはあてにならないから……」

そこまで拒否らなくてもいいのに。言葉でダメなら。

「じー」

「目で訴えてもダメ」

「じー」

「しつこい」

「じー」

それでも私は諦めない。私は知ってるんだ。

「はぁ、分かった」

ほら、目で訴えると芹華は弱い。これでウチに来てもらえる♪

と、喜んでいると。

「どうしたの、芹華?」

芹華が急に後ろを振り返ったので、不思議に思った私はそう聞いた。

「ううん、なんでもない。気のせいだったみたい」

「? まぁいいや」

なんだかちょっと不安げな表情に見えたけど……芹華が気のせいと言うなら気のせいなのだろう。私も気にしないことにしよう。


「ほら、結局こうなるでしょ」

私の部屋にきた芹華はため息を吐きながらそう言った。

「だから気にしなくていいって言ってるじゃん」

「蘭子が気にしなくても私が気になるから。っていうか殆どの人類は気になるでしょ……こんな部屋」

う、そこまで言わなくても。しかし、否定も出来ないほど物が散らかった部屋の中、芹華は落ちているゴミやら何やらを次々とゴミ袋に放り込んでいく。

「全く、何度言っても掃除するようにならないんだから」

この惨状の前では何も言い返すことも出来ない。私はすぐに部屋を散らかしてしまうため、芹華がウチに来るときは決まってこうして掃除をしてもらうのだ。

これは大げさでも何でもなく、本当に毎回なので、芹華も私の部屋の掃除に完全に慣れてしまって手際よくゴミを拾っていく。余裕があるときは掃除機までかけてくれるので本当にありがたい。いや、自分でやれよっていう話だけど。

「よくこんなに汚く出来るよね」

「いやぁ、なんというか、むしろ散らかってる方が落ち着くというか」

「散らかってるのに適応するな」

「人間は環境に適応する生き物だからね」

「しちゃいけない適応でしょ。この環境は」

呆れた表情で部屋を見渡す芹華。

「えへへ」

「いや、照れるとこじゃないでしょ」

「あれ、照れたら甘やかしてくれるとこじゃなかった?」

「看過できないでしょ、この状況は」

「かんか?」

時々芹華は難しい言葉を使う。

「うん、もう少し国語頑張って」

「はーい」

芹華が言うなら少しは頑張ってみようかな。

「まぁ部屋の外は綺麗にしてるからよしとするか」

「そりゃ私の部屋以外はお母さんが毎日掃除してるもん。当たり前でしょ」

何言ってるんだ芹華は。すると芹華は一瞬不自然な間を取ってからまた話し始める。

「そうだね、蘭子のお母さん綺麗好きだから」

「うん、だけど「私の部屋勝手に入らないで」って、一回喧嘩したらそれからずっと掃除してくれなくなっちゃって」

それは私が悪いと言えば悪いのだけれど、ゴミ部屋になるくらいならタマには掃除してくれてもいいじゃん?

「あー、そうだったね。一応蘭子も年頃だしね」

「一応は余計ですぅ」

全く私をいくつだと思ってるんだか。

そしてこんな話をしながらも、芹華は部屋を着々と片付けていっている。

殆どゴミも片付け終わったし、そろそろいいかな。

「ねぇ、芹華」

私は芹華の背中側から抱き着き、腕を芹華の首から前に回す。

「もう掃除、終わったでしょ?」

芹華の顔は見えないけど溜息をついているだろうことは想像できる。でも、そうやって不服そうな表情をしていても。

「仕様がないな」

芹華は体を回し、私と向かい合うと、私は芹華に体を預ける。そのまま流れるような動きで芹華は私を持ち上げ……抱っこするとベッドまで運んでくれた。

なされるがままの私はベッドに横になると、一緒にベッドに上がってきた芹華の膝に頭を乗せる。

「添い寝するのもいいけど、やっぱりこれが一番落ち着く~」

「私と2人だからいいけど、他の人の前ではやらないでよね」

「うん、できるだけ我慢するから」

「絶対我慢して」

高校生になってこれを見られるのは流石に恥ずかしいのは私にもわかる。でも、2人きりの時はいいってこうして芹華も認めてくれて……あぁ、安心したら眠くなってきた。昼間あれだけ寝たのに。

あぁ、芹華が頭を撫でてくれてるのを感じる。気持ちいい……。


「――きて。起きて、蘭子」

「……うん?」

今目を閉じたところだよ? 何でそんなすぐに起こすの……と、目を開くと窓の外は暗くなり始めていた。

「そろそろ帰るから」

あぁ、私寝ちゃってたのか。芹華の膝枕は気持ちいいけど、起きていればもっと芹華と色々できたのに。

いつもやってるのに、いつも同じ後悔をしてしまう。

でも芹華の膝枕の誘惑には抗えないから。

芹華は立ち上がると床に置いていた鞄を手に取る。もう片方の手は膝枕していた腿を揉んでいる。

うん、そうだよね。多分結構な時間膝枕してもらっちゃってたもんね。

「今度はもっと前もって誘ってよね。何か食べるものも用意してくるから」

「毎回何か持ってきてくれようとするけど大丈夫だよ、そんな気を遣わなくても」

「遣うでしょ。人んちなんだし」

「小さい頃から来てるんだから自分の家だと思っていいよ」

「いや、流石にそれは無理」

変なところで律儀だなぁ。あ、そうだ。

「そういえばこの前マドレーヌ焼いたから持っててよ」

と、伝えると瞬時に芹華の顔色が変わる。

「まさかそれ、自分で食べてないよね?」

「? 味見はしたけど……何? 大丈夫だよ、お母さんと一緒に作ったんだから料理壊滅的な私でも流石に」

「じゃあ貰う」

「正直だね!」

「全部持ってくね」

「欲望に忠実だね!」

全部はちょっとどうかと思うけど、私の焼いたお菓子を味わってもらえるならいっか。

とりあえず一階に降りてリビングにあるマドレーヌを取りに行く。

あぁ、暗くなってきてるのにまた電気ついてない。

「ちょっとお母さん、暗くなってきたら電気点けないと」

笑ってやり過ごそうとする母に溜息を吐きながら冷蔵庫を開ける私。うん、マドレーヌは減ってないからお母さんも食べてないようだ。

「お母さん、芹華が食べたいって言うからマドレーヌ全部あげちゃうね」

芹華に喜んでもらえるのがお母さんも嬉しいのか、笑顔で頷いて肯定してくれる。

うんうん、お母さんも芹華のこと大好きだからね。

お皿の上に載せてあったマドレーヌを全て大きめのタッパーに移して芹華の待つ玄関に向かう。

玄関の芹華はすでに靴を履いていつでも家を出られる状態。私はマドレーヌの入ったタッパーを芹華に渡す。

はい、いっぱいあるけど残さず食べてね。

「うん、努力する」

「いや、そこは「美味しいに決まってるから足りるか分かんない」とか言ってよー!」

「嘘は吐けないし」

「全部欲しいって言ったくせに血も涙もなくない!?」

全く素直なのか素直じゃないのかこの子は。

「全部欲しかったのは本当。美味しくても不味くても食べるよ。蘭子が作ってくれたから」

「なっ……!」

急にキュンな台詞を吐いてきやがる!

いや、でもこうゆうとき普通は「絶対美味しい」とか言ってくれるものじゃない?

うーん、と頭を捻っていると芹華が玄関のドアを開けて出ていくので私も慌てて追いかける。

「じゃあね」

「待って待って!」

玄関のドアを開けると、家の門扉を開けるところだった芹華がこちらに振り向く。

「何? 明日になったらまた学校で会えるでしょ」

「それはそうだけどさ。うん、そうなんだけど……」

そうだけど、なんというか……それだけだと何だか。私が言葉にならない想いをどう伝えようかと思い巡らせていると。

ふっと頭の上が温かくなった。上を見ると芹華の手だと分かる。

「大丈夫、私はいなくならないよ。明日も明後日も」

その言葉に私の心はふっと軽くなる。

そうか、わかれちゃうことで芹華がいなくならないか不安になっちゃってたのか、私。

自分でも分からなかったことまで当ててくるなんて、やっぱり芹華は凄い。

「うん」

そんな感謝の気持ちを込めて私が頷くと、芹華は私の頭から手を放して今度こそ私から離れていった。芹華のくれた言葉のおかげで私の不安な気持ちは芹華が見えなくなってもそれほど大きくなることはなかった。


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